海外音楽評論・論文紹介

音楽に関するレビューや学術論文の和訳、紹介をするブログです。

<Bandcamp Album of the Day>Cultures of Soul, “Saturday Night: South African Disco Pop Hits 1981-1987”

1980年代のダンス・ミュージックの震源地を考えた時、最初に思い浮かべるのはニューヨーク、デトロイト、シカゴといったあたりだろう。しかし、ボストンのレーベル=Cultures Of Soulは最新のコンピレーション『Saturday Night: South African Disco Pop Hits 1981-1987』において、ダンス・ミュージック・カルチャーン対する南アフリカの貢献に光を当てている。

このアルバムはVarikweruによるグルーヴィーなジャズ・ダンス・アンセム ”Saturday Night Special” で幕を開ける。パーティー使いに向いたボーカルとしなやかなシンセが聴きもののこの曲はThe BlackbyrdsやThe Brothers Johnsonといったアメリカ勢のヒット曲とも完璧にマッチするだろう。Supa Frikaの ”Love Satisfaction” や ”Let's Get It On” は本格的なエレクトロ・ブギーで、Marginoの ”You And Me” はニューヨークの伝説的クラブ=Danceteriaでかかっているところが容易に想像できる。80年代のサウンドを幅広く捉えた10曲を収録したこの『Saturday Night』は、ダンス・ミュージックが最も影響力を持っていた時代に、南アフリカが予期せぬホットスポットになっていたことを示す強力な手がかりである。

By John Morrison · January 22, 2021

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<Bandcamp Album of the Day>Nervosa, “Perpetual Chaos”

ブラジルのスラッシュ・メタル・バンド=Nervosaの4作目『Perpetual Chaos』は昨年はじめのメンバー編成の変更によってギタリストのPrika Amaralが唯一の創設メンバーとなってから初となる作品である。しかしそれは不幸中の幸いとでもいうべきか、この変動によってAmaralは世界中から3人の手練の支援を受け、今日の社会情勢と妙にマッチした、このジャンルの最盛期を思い起こさせるような凶悪でキャッチーなNervosa史上最も強力な作品を制作することに成功した。

このラインナップはすべて女性で構成されているーーNervosaは長年の間自分たちを「全員女性のスラッシュ・メタル・バンド」と呼称してきたが、それにはいつも物議がつきものだった。メタル・バンドたるもの、ジェンダーを全面に押し出すべきではないという根強い意見がある:「女性がフロントに立っている」というのはセクシスト的なセールスポイントであり、ジェンターを新奇性に作り変えてしまっている、というものだ。しかしブラジルの文化には未だに強力な盲目的愛国心が根付いていて、この国はSepultura、そしてVulcanoSarcófagoといったオブスキュアなバンドを始めとして多くの影響力のあるメタル・バンドを送り出してきたにもかかわらず、そのいずれのバンドにも女性メンバーは在籍していなかった。そういう文脈で見てみると、Nervosaは自分たちが属している音楽の伝統を転覆させようとしているのである。

AmaralはインタビューでもNervosaが直面してきたセクシストによる偏見による苦しみを包み隠さず語ってきたが、その闘争は彼女の作曲をより研ぎ澄ます一方であった:『Perpetual Chaos』にはパーム・ミュートのリフ、卓越したフレットワーク、そして怒りに満ちていながらも明瞭なボーカルがすべての楽曲に詰まっている。”Pursued by Judgment” では「偏見の持ち主と偽善者たち」を非難し、他の楽曲では政治的腐敗と格差の広がりを訴えている。これらは昔からスラッシュ・メタルで取り上げられてきた題材であり、『Perpetual Chaos』はこのジャンルのエリート・サークルへの仲間入りを果たしているように感じられる。大御所バンド=Destruction、Flotsam and JetsamのヴォーカルであるMarcel SchirmerとEric Knudsenが ”Rebel Soul” にゲスト参加していることからもそれは伺える。これは激しい戦いの末にもたらされた勝利であり、Nervosaが直面し乗り越えてきた戦いは無駄ではなかったのである。

By Joseph Schafer · January 21, 2021

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<Bandcamp Album of the Day>Lande Hekt, “Going to Hell”

「私はこれまで他人のために生きてきた/それはいい意味でではなく、本当にクソみたいな意味で」Lande Hektはこの『Going to Hell』のタイトル曲でこう歌っている。この曲はカトリック教会がLGBTQの人々の受け入れを拒否したことに対する抗議の歌である。2021年において、(クィアであることを)公表して誇りに思うことは陳腐なことのようにすら思えるが、それでもクィアのコミュニティは後退を――もしくはそれ以上のことを――強いられることがある。それも、教会や政府、権力者や社会的慣習によって。ダイナミックなポップ・パンク・バンド=Muncie Girlsの一員でもあるHektは、デビュー・ソロ・アルバムである本作において、そういった苦難をはじめとする様々な事柄について歌っている。

『Going to Hell』においてHektのパンク的ルーツは明白に表れているが、より抑制されたやり方によってである。楽曲は簡素でわかりやすく、ボーカルはミックスの中でも上の方に配置されている――それはまるでHektがリスナーたちに一語一句聞き逃してほしくないと願っているかのようである。音楽的に、このアルバムはフォーキーなパンクの範疇に収まるものである。Billy Braggの作品に入っていてもおかしくないような民主主義賛歌 ”In the Darkness”、『Ivy Tripp』期のWaxahatcheeを想起させるような、よりポップな ”Stranded in Berlin” などはその路線である。Hektは親密さやロマンス(”December” で彼女は得体のしれない感情に恐れおののいている)、政治(フックのある ”80 Days of Rain” は気候変動が野生動物たちに与える影響を詳細に伝えている)といったトピックに真正面から取り組んでいる。本作でHektはパーカッション以外のすべての楽器を演奏し、ストーリーテラーであると同時に熟達したミュージシャンであることを示している。このアルバムがまじめな、クィアに焦点を合わせたレーベルであるGet Better Recordsからリリースされるのはまさにうってつけである。そのことによってHektがこれらの楽曲に優しく接するためのスペースや力が生まれているように感じる。彼女には「自分を立て直したい、だって一度だめになってしまったから」と認める勇気がある。

By Kerry Cardoza · January 20, 2021

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<Bandcamp Album of the Day>Nahawa Doumbia, “Kanawa”

Nahawa Doumbiaの音楽家としてのキャリアをこの10年の間2度のリイシューで祝福してきたAwesome Tapes from Africaから、マリのワスールー音楽をけん引する彼女の新譜が登場する。この『Kawana』はDoumbiaの40年間に及ぶ音楽の旅の最新のステージである。この40年の間、生々しい歌声と繊細なアコースティック・ギターが聞ける『La Grande Cantatrice Malienne Vol 1』から、オーケストレーションを総動員し電子化したサウンドの『La Grande Cantatrice Malienne Vol 3』までの大きな振れ幅の中を歩んできた。アンサンブルを従えバマコで録音され、長年の共同作業者であるN'gou Bagayokoの手によってプロデュースされたこの『Kanawa』には、Doumbiaがマリで最も優れたシンガーの一人にまで上り詰めたすべての要素が含まれている:彼女の力強く生々しい声は感情と温かさを伝え、彼が生まれ育ったブグニのディダディのリズムが鳴り響き、彼女はジェンダーの平等、平和、そして社会的正義を情熱的に訴えかける。

このアルバムはDoumbiaの静かながら切迫したボーカルがアコースティック・ギターとカリニャン(マリの伝統楽器)の通常のビートの上で漂っている場面から始まる。やがて敏捷なンゴニ・ギター、ベース、そしてバッキング・ボーカルがなだれ込んできてペースが上がっていく。”Didadi” はとにかく元気いっぱいでパーカッシヴなディダディのリズム――マリの南西でよくみられる両面張りの太鼓=ディダディドゥンドゥンで演奏される――をを聴かせる一方、”Hine” や ”Kanawa” のような楽曲ではそういったサウンドがマリの現代のポップと統合されていく。

ダンスフロア向けのリズムとは裏腹に、”Kanawa” は命の危険を顧みずヨーロッパへ渡ろうとする何千ものマリの若者たちについて歌っている。「多くの子供たちが海で命を落とし、中にはサハラ砂漠を横断している途中に亡くなってしまうものもいる」とDoumbiaはライナーノーツの中で語っている。「彼らには自分たちの国にとどまって働いてほしい。そうすればお互いを助け合いながらこの問題に対する解決策を見つけることができる。これはメッセージ。だからこそこの曲をアルバムのタイトルに選んだし、みんなにはそこから何かを感じ取ってほしい」

By Megan Iacobini de Fazio · January 19, 2021

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<Bandcamp Album of the Day>Patricia Brennan, “Maquishti”

マレット打楽器奏者/即興演奏者/作曲家のPatricia Brennanはこの『Maquishti』において、彼女が受けてきたクラシック音楽の訓練の厳格な規律の外側に広がっている芸術的な自由を追い求めている。このタイトルはナワトル語で「自由化する」という意味がある ”mawuixtia” という単語からとられている。それは彼女の中のメキシコ系の血統への目配せであり、ヴィブラフォンマリンバで、お決まりのルールには縛られない音楽を生み出そうという彼女の戦いの宣言でもある。

このBrennanのソロ・デビュー作はノスタルジックなメロディとこちらの気を惑わすような不協和音の中をらせんを描きながら進んでいく。彼女の楽器が作り出す複雑なパターンと重ねられたリズムは、そのトーン、カラー、メロディの違いにかかわらず互いのピースと結びついていく。1曲目の ”Blame It” は荘厳でエコーのかかったピッチの間を冷淡なペースで滑空していくことによって不気味な不思議を作り上げている。その一方、作中で最もわくわくさせる楽曲の一つである ”Magic Square” は、その断片化されたアップビートなメロディーをファンキーなグルーヴによって一つにまとめ上げている。強力なハーモニーと静寂の暖かな感覚がどこからともなく出現する ”Derrumbe de Turquesas” が非現実的な辛辣さの音色でアルバムを締めくくる。『Mawuishti』に収められた楽曲は一つ一つが小さな宇宙であり、曲を追うたびに我々を驚かせてくれる。

By Vanessa Ague · January 15, 2021

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<Bandcamp Album of the Day>Pearl Charles, “Magic Mirror”

Pearl Charlesの2018年リリースのデビュー作『Sleepless Dreamer』は彼女の70年代カリフォルニア・カントリー・サウンドを自信たっぷりに確立したが、それに続くこの『Magic Mirror』において彼女ははっきりとポップな領域に足を延ばしている。収録された10曲の中で、このL.A.のシンガー・ソングライターはパーソナルな成長を認識することから得られる満足感について歌い、自身の人生の中の楽しかった――そしてつらかった――経験を振り返っている。ここでCharlesの歌詞は荒涼とした響きを湛えているが、平坦なボーカルと喜びに満ちたメロディーが希望こそその下に通底する主題であることを確証してくれている。

 レトロなサウンドが『Magic Mirror』の屋台骨となっていることは間違いないが、このアルバムはなにか形を変え続けているようなものであるように感じる。まばゆい1曲目の ”Only For Tonight” ではABBA風のディスコを楽しみ、その後 ”What I Need” ではギアを変え軽やかで神秘的な領域へと歩みを進めていく。荘厳なハープシコードとペダル・スティール・ギターがカントリー寄りの ”Don't Feel Like Myself” を駆動させる一方で、淡い色合いのタイトル曲はCharlesのボーカルとピアノだけで構成されている。

アルバムはロマンティックな ”As Long as You're Mine” で幕を閉じる。そこでCharlesは歌う。「知らせは明白/終わりは近い/涙を拭いて/泣いていたってしょうがないから」。それは新年を祝うにふさわしい、前向きな感傷である。

By Rachel Davies · January 14, 2021

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<Bandcamp Album of the Day>Gerry Weil, “The Message”

1971年、ベネズエラのピアニスト/作曲家=Gerry Weilはジャズ・フュージョンのムーヴメントの最盛期に現れた野望に満ちていて強烈な作品『The Message』を発表した。当時、Soft MachineやMahavishnu Orchestra、Weather Reportといったバンドたちが爆発的なジャズの即興演奏とロックの若いエネルギーの混合物を掘り当てていた。『The Message』はフュージョン界のより人気のある代表者たちのような商業的な成功を収めることはなかったが、この作品は今回ロンドンのレーベル=Olindo Recordsから愛に満ちた再発を受けることとなり、現代のリスナーたちにこの見過ごされてきた名作を発見する機会を与えてくれている。

アルバムの1曲目 ”The Joy Within Yourself” はブルースを基調にしたジャムで、大胆なブラスのアレンジメントがまばゆい。狂気じみた、ビーフハート風のリード・ヴォーカルでセンターに立つのはWeilである。「空を見上げ、一生懸命星を数えたことはあるかい?」Vinicio Ludovicがワイルドでディストーションのかかったギター・ソロで登場すると、全体のサウンドはまるで地獄からやってきたラス・ヴェガスのショウ・バンドのようだ。”The Bull's Problem” はドライヴしていてエネルギーに満ちた楽曲で、より大きなブラスのアレンジメントとWeilのうねるような電子ピアノのソロによって増大していく。

コルトレーンに影響されたモーダル・ジャズ ”Johnny's Bag” やタイトルトラックのサイケデリックな陶酔に頭から飛び込んでいくこのアルバムは、Weilのユニークな音楽的精神を見せつけてくれる。現代の音楽ヘッズにも魅力的な作品ではあるが、かたくなに「その当時」の空気をまとったこの『The Message』は、ジャズとロックの組み合わせが開けた未知の音楽的可能性だった、爆発的な時代を思い起こさせてくれる。

By John Morrison · January 13, 2021

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