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Weekly Music Review #69: Russ『CHOMP 2』

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ラッパーのRussを一言で表すならば、「努力の人」と言うことに尽きるだろう。キャリアの始まりは2011年。思っていたほどの注目を集められなかった彼は、約3年間もの間、SoundCloudで毎週新曲を発表し続けた。そのように、地道に地道にファンベースを広げ続けた努力の上に現在の彼は成り立っている。

その努力の甲斐あって、彼は2017年から3年間の間、メジャー・レーベル=Columbiaと契約し、アルバムも3枚リリースした。しかしその後彼は再びインディペンデントに戻ることを決断する。メジャーから降りてすぐ発表したのが『CHOMP』と題されたEPで、本作はその続編である。メジャー期にはかなりポップな路線の楽曲を発表していた(今もその路線の曲もあったりするが)彼だが、この『CHOMP』シリーズでは一貫してハードコアなブーンバップ的サウンドを志向している。ゲストもDJ Premier、Statik Selektah、Harry Fraud、The Alchemist、Ghostface Killah、Joey Bada$$、Ransom、Westside Gunnなどなど、その路線の錚々たるメンツが参加している。

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ただ、その割にワクワクしないなあ、と言うのが率直な感想である。有り体に言ってしまえば、つまらない。このつまらなさと、彼の「努力の人」と言うイメージが僕の中ではなんとなく繋がっている。

学生の頃クラスにいた、「めちゃくちゃ勉強してるのにあんま勉強できないやつ」みたいな気まずさがあるんだよなあ。その人のことを聞くと真っ先に努力している姿は思い浮かぶのだけれど、何故か成功しているところは思い浮かばない、みたいな。これは僕がそこまで死に物狂いで努力しなくても何となかった人間だからこそ言えることなのかもしれないが、やっぱりそう言う人を見ると何だか「気まずい」んだよなあ。

このRussの場合は成功自体はしているわけだから、また少し違うのだけれど、それでもこの作品を聞くと同じような「気まずさ」を感じてしまう。こんなに豪華なゲスト集めて(どうやって集めたのだろう?これらのメンツから熱いリスペクトを集めているという感じでもないし…)、それで曲によってはトラックも自分で作って、録音やミックスも自分でやって、「これぞインディペンデント!」みたいな雰囲気があって、それはまるでJ. Coleみたいなのだけど、聴いても「J. Coleの下位互換」だなとしか思えないというのが辛い。全てが想像の範囲内。それでも、彼のように努力一発で食えるようになれる、というのも「ヒップホップ・ドリーム」の一つの形なのかもしれないけれど、果たしてその先に何があるの?と思ってしまう。

もっと残酷なことを言ってしまえば、あんまり楽しそうじゃないんだよな。「やべー曲できたああああ」みたいな喜びとか、「これで金を稼いでフッドに還元したる!」みたいな心意気とか野心とかが、あまり伝わってこないというか。

ここまで書いていて、日本のラッパーだとKEN THE 390とかこれに近い症状を持っているかもしれない。結構長いことキャリアを積んできて、ちゃんとファンベースもあるし、豪華ゲストも呼べるんだけど、肝心の作品が全然面白くない、みたいな。

こうなってくると、ファンベースを築くことは金銭的な成功には結びつくけども、そこから生まれるものの質には直結してないよなあ、なんてことも考えてしまう。そういう「閉じた」ファンすらも飛び越えてバカ売れすれば、またいろんな声とかが聞こえてきて風通しが良くなるだろうし、それかその真逆でまだ売れきってない人もまた失うものを持たない強みがあるけれど、こういう風に閉じたところで中途半端に売れてしまうと結果的に質の低下につながってくるのかもしれない。特にそれがラッパーみたいなソロ・アーティストで、自分一人で完結するような活動形態だと尚更だ。