海外音楽評論・論文紹介

音楽に関するレビューや学術論文の和訳、紹介をするブログです。

<Bandcamp Album Of The Day>Quelle Chris & Chris Keys, “Innocent Country 2”

Quelle Chrisとプロデューサー・Chirs Keysによるコラボレーション、『Innocent Country』(2015)で、このラッパーはその時まで常套手段としていたストーナー自慢のヴァースからの変化を示した。そのアルバムは内省的で思索的で、Quelleの作詞は人生の薄くらい片隅を思い切って見つめている。そしてそれから5年たった今、そのように鋭く洞察力に富んだアプローチはQuelle Chrisの作品の重要な位置を占めていて、この『Innocent Country 2』―彼のキャリアの今の段階を始動させたアルバムの続編―が同系列のものと言うよりはなにか対になっているようなものであるように感じさせる。

『Innocent Country』が有無を言わさないほどにダウンビートな作品であったとすると、『Innocent Country 2』は人間関係の中での癒やしを見つけるためにそのフラストレーションから抜け出す必要があることを認識している。Keyのプロダクションの中にある上品な緊張感が、アルバムの中の比較的明るい瞬間にも微妙な陰りを加えている―彼の歪んだテープのようなピアノの音色や少し遠くにあるようなドラムはまるで遠い記憶を深く潜って見つめているようである―そして“Ritual”での祖先を思い出させるようなDr. Tennilleの起用、“Black Twitter”のソーシャル・メディアにまつわる雑談などの団結の感覚は、ズラッと並んだゲスト・リストのみならず歌詞の中にも見つけることができる。

しかし作品の推進力となっているのはQuelleのMCとしての強さ―作詞とフロウ両方―である。悪い関係性から抜け出そうとしている時でも(“Outro/Honest”)、嵐のような強靭さについての賛歌をCavalierHomeboy Sandmanと交わしているときも(“Sacred Safe”)、信仰を探しながら誠実さを放射しているときも(“Graphic Bleed Outs”)、プレッシャーに直面しながらも彼は楽観的なのである。彼の存在は共有された不安を通じて仲間意識を芽生えさせる:彼のおどけた冷笑主義人間性に富んでいて、彼の目立たなさにはギミックよりも共感を感じる。そして彼はそれら全てを、ビートに乗せながらもまるで会話のような気楽さでデリヴァリーするのだ。

By Nate Patrin · April 24, 2020

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<Bandcamp Album Of The Day>Various Artists, “Isolation Therapy”

Stamp the Wax Recordsの新作コンピレーション『Isolation Therapy』は新型コロナウイルスパンデミックが全世界的に広がっていく中3日間で編纂されたものである。フィーチャーされている音楽の質、そして出現したスピードに加えて、この『Isolation Therapy』を特徴づけているのはオリジナル曲をこのコレクションに提供した27組のアーティストには、普段よりも高いロイヤルティが普段よりも短い期間で支払われるということだ。アーティストがこの先の見えない状況でもいくらかの収入を得ることができることを確証するのが目的である。

さして驚くべきことではないが、Stamp the Waxのチームは信じられないほど短い予告期間の間に非常に印象的なキャストを集結させることに成功した。このアルバムは主としてエレクトロニック・ミュージック、なめらかでビートレスな奇人からレイヴ風のブレイクを鳴らす無法者、そしてその中間のすべての地点における豪華な一連隊が集結している。The Head(Joseph ShabasonとThom Gill)は隔離によって発生する不安を和らげるために設計されたかのようなソフトなコードと日を浴びたギターが聞こえる“All The Things I Am“を提供している。Manuel Darquartは勝ち誇ったかのようにファンキーな“It’s a Dub”でPatrick AdamsとLeroy Burgessを繋ぎ、Tom Blipはウガンダのフルート奏者・James Ocenと組んで荒々しいシャッフル・ハウス“Pineapple Boosts Your Melatonin”を作り上げた。このアルバムでは幅広いムードやスタイルが行き交っているが、総じてポジティヴなムードが感じられる―音楽そのものの響きであれ、曲のタイトルであれ、これらすべての音楽全体を一気に聞くという総体の効果であれ。『Isolation Therapy』はこの不確実な日々における楽観的なサウンドトラックであり、ときに過去を物悲しげに見つめながらも希望とともに前を向いている、そんな一枚だ。

By Sean Keating · April 23, 2020

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<Bandcamp Album Of The Day>Dana Jean Phoenix & Powernerd, “Megawave”

トロントのシンセ妖婦・Dana Jean Phoenixとウィーンを拠点とするバンド・Powernerdは『Megawave』で結託し、それぞれの武器庫に格納されていた妙技を全て解き放っている。長いフィルター・スウィープ、図太い方形波のベースライン、中毒性のあるコーラス、そしてめまいがするようなソロ―すべてがここに詰まっている。『Megawave』で、PhoenixとPowernerdはフレンチ・ハウスのアイコニックなサウンドからフューチャー・ファンクの朦朧としたビートに至るまで、シンセが中心となったダンス・ミュージックの歴史から技術をいいとこ取りしている。一つ一つの楽曲にカラフルなシンセのハーモニーがにじみ出ていて、とてつもなく楽しく、高揚感が持続し、ドーパ人がほとばしるような作品に仕上がっている。

Phoenixが同世代のシンセウェイヴ・アーティストと異なるのは彼女のヴォーカルである。捻じ曲げられたサンプルに頼ることが当たり前となっているジャンルの中で、彼女の比較的加工されていない声がまばゆいメロディを舞い上がっていくのを聴くのは新鮮な気分である:ロボティック/ノスタルジックに感じられる音楽を人間的に響かせているのだ。アルバムのタイトル・トラックでは、「私達の愛はメガウェイヴである」という宣言を頂点とし、グルーヴィーなマレットのビートが上昇と加工を優しく繰り返す。作品の後半では、PhoenixとPowernerdはNew ArcadesとStraplockedに“Figure Me Out”とコミカルな“Fight These Robots”のリミックスを依頼している。Straplockedはゆったりとしたミックスとどっしりしたテンポ、不吉な魅力を持つパーカッションで意表を突いてくる。シンセウェイヴのノスタルジックな要素をダイナミックな幅広さと感情の機微で強化することによって、PhoenixとPowernerdはこのサブジャンルが持つネオンがきらびやかなスペクタクルの中に埋め込まれた繊細さを掘り起こし、レベルアップしたサウンドに相応しい強固な基盤を構築している。

By Samuel Tornow · April 22, 2020

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<Bandcamp Album Of The Day>24-Carat Black, “lll”

1973年、オハイオ州シンシナティのファンク・ソウル・アンサンブル、24-Carat Blackがデビュー・アルバム『Ghetto: Misfortune's Wealth』をリリースした。伝説的なStaxレーベルの刻印が刻まれていたにもかかわらず、このアルバムはすぐさま歴史のごみ箱行きが決定してしまった。近年、その作品はディガーやサンプリング好事家の間での暗黙の了解として共有され、再評価の機運が高まっていた。Isaac Hayes、The Staple Singers、Jackie Wilsonらを手がけた野心溢れるプロデューサー・Dale Warrenによるその作品は、ドリーミーかつ社会的・コンシャスなソウルが聞ける一枚である。Warrenが1994年に亡くなってしまった:長年の間、『Ghetto: Misfortune's Wealth』が24-Carat Blackにとって最初で最後の作品であると思われていた。しかしWarrenの80年代のデモの発見がこの24-Carat Blackのセカンド・アルバム『III』のリリースにつながったのである。

Warrenがレコードをカットしていた倉庫で発見された『III』は、24-Carat Blackが歩むはずだった、大変優れていながらも未完成だったチャプターである。ドラマティックなピアノで幕を開ける“I Need A Change”のギャロップのようなパーカッションと繊細に絡み合うヴォーカル・ハーモニーを聴けば、Warrenはこのグループのデビューの際に確立した創造性をさらに高めようとしていたことは明らかである。”Skeleton Coast”は伝統的なアフリカの打楽器と美しいピアノの演奏が組み合わされることにより、Mavin Gayeが70年代初期に探求していた領域に似ているグルーヴと雰囲気を醸し出している。このアルバムを締めくくるグルーヴィーで楽観的な”Someone To Somebody”に差し掛かるころには、『III』の発見はラッキーなアクシデントというよりは、完璧に時機を図った神意のようなものに感じられてくる。

By John Morrison · April 21, 2020

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<Bandcamp Album Of The Day>Angel-Ho, “Woman Call”

Angel-Hoの2作目『Woman Call』は彼女のこれまでで最も強力なポップ・ステートメントであり、そのサウンドは彼女の特徴である行き過ぎた実験的要素を保ちながら、推進力のあるビートまで削ぎ落とされている。彼女はハウス、ダンス、エレクトロニック・ミュージックのクィア・ヒストリーからインスピレーションを得て、カメラ(実在のか想像上のかに関わらず)が一挙手一投足を追いかけている間に「リネンとレースを着た面々」のための楽曲を作り上げた。

これは彼女のNON Recordsの作品からの進化である:これらの粗削りで断片的な食のリリースは、割れたガラス、弾丸、工業機械などの階層ごとにズタ切りにされていて、南アフリカケープタウンで生まれ育った若い黒人アーティストとして見てきたり経験してきたりした人種差別について語っている。その背景に対して、アルバムがもつ自信とトランスフェミニンのエンパワーメントというテーマは意欲的なだけでなく、政治的であった。「私は贅沢を富としてみていない」と彼女は2019年のインタヴューで語っている。そうではなく、「自分自身や自分の中にある表現の感覚によって作られたもの」が富であるーまるで写真撮影のために黒いゴミ袋を体に巻き付け、インスタグラムのフォロワーたちに「スターになるのにお金は必要ない」と思い出させたときのように。

エネルギーたっぷりの1曲目“Fame”は“Muse to You”の歌詞をリミックスしファッションの未来的な世界に我々をいざなう。Valerioはロボットのようにチャントしたかと思うとラップし、そして我々をおだてて「カメラのために働いて、ダーリン」と誘惑する調子の猫なで声で訴える。“Spell On You”では彼女の声は「パイのように甘く」、ブルースマン・Screamin ' Jay Hawkinsの有名なセリフをファンキーなベースとアナログなサックスの上で組み直している。セルフ・プロデュースによるトラックの幅は彼女の才能の幅広さを示している。“Rewind”ではスネアとベース・ドラムが背景で響いている中彼女の堂々とした声がセンター・ステージに立ち、構造よりもテクスチャを優先している。それに対して、“Golden”は泡立つようなビッグ・バンド・ファンタジーであり、ホーンのシンセサイズされたひと刺しとうっとりさせるようなアナウンスメントで始まる:「Angel-Hoバンドへようこそ!この贅沢な演奏をお届けできることを嬉しく思います」

Valerioの言葉の選び方は、彼女の作品全体に見られるボールルーム文化への目配せの一つとして、ニューヨークが拠点のHouse of Xtravaganzaを参照している。Hyperdubからリリースされたデビュー作『Death Becomes Her』の楽曲“Pose”のヴィデオの中で、メイクアップ・ブラシのタップによってデジタル・ヘッド・ディスプレイが起動される。それは彼女が体現することを選んだ美しさは単なるパフォーマンスだけではないということのリマインダーである:それは彼女が世界を見るときに用いるレンズなのである。

By Lorena Cupcake · April 20, 2020

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<Bandcamp Album Of The Day>Malena Zavala, “La Yarará”

ロンドン在住、アルゼンチン出身のMalena Zavalaは2018年の崇高なデビュー・アルバム『Aliso』で自身の生々しい感情をさらけ出した。そして彼女は『La Yarará』において更に深く掘り下げる術を見つけている。クンビア、レゲトン、アフロファンク、アルゼンチン・フォーク、ボレロ・ソン、そして英国・米国の音楽からの引用が見られる、濃密に層をなしている音楽によって、『La Yarará』はスリリングでカラフルで多文化的なポップの未来を示すとともに、英語とスペイン語の両方で歌うZavalaをこのジャンルにおける最も洗練された実践者の一人であると決定づけている。

1曲目“What If I”は花開くような可能性についての賛歌であり、Zavalaは自分が知っていること、あるいは自分が周りからどう見られているのかということから逃れるために払わなければいけない犠牲について振り返っている。「もし私が一夜にして逃げ出したら?他の人達がそうしたようにあなたも私のことを忘れてしまう?」彼女は尋ねる。「彼らは見られるためのチャンスを求めて何もないところからやってくる」曲が進んでいくと、その止めどない不安は輝かしい幸福感へと変わっていく。彼女は正しい選択をしたのだという肯定。自信たっぷりに歌われるタイトル曲では色鮮やかなトランペットと鋭く対位法的なパーカッションを歪んだキターと濃密で渦巻くような雰囲気が組み合わされている。もっと希薄な瞬間もある:軽快で繊細なヴォーカルのメロディとそれでいて耳から離れないエネルギーを持つ“I'm Leaving Home”はウェールズのアーティスト、Cate le Bonのダークなポップを想起させる。

彼女と同世代のアーティストなら感情が迷子になってしまいそうなところでも、Zavalaはこの『La Yarará』の中で、一貫して新しいアップビートなスタイルを持ち込むことによって作品全体を軽い雰囲気にしている。彼女が「故郷を去る」ことについてくよくよと考えているときでも、ムードは至ってほがらかで楽観的で、前向きなのである。

By Sarah Gooding · April 17, 2020

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<Bandcamp Album Of The Day>Oranssi Pazuzu, “Mestarin Kynsi”

フィンランドブラック・メタル・バンドOranssi Pazuzuの5枚目となるアルバム『Mestarin Kynsi(Master's Nail)』は表面上潔癖の人や戦争神経症の人におすすめできるものではない。アニメのように聞こえるほどシューシューと叫ぶヴォーカルがサイケ〜インダストリアルの狂気を切り裂き、ウォー・ドラムの一斉射撃と極悪非道なノイズの殺到が交差している。しかし、公正に、そして楽しげにトチ狂っている『Mestarin Kynsi』は、世の中は見かけほどまだ終わってないー人類が現在直面しているパニック状態の中でもーということを思い出させてくれる作品である。

Oranssi Pazuzuはその始まりからずっとブラック・メタルという音楽を書き換えてきた:2016年の驚くべき『Värähtelijä』はアストラル・ジャズを向こう見ずに突っ込みNeu!を投影し、風変わりな口ひげがソリッドなメタルコアの周りをゆっくりと渦巻いていた。あのアルバムが1時間を超えるものであったのに対し、『Mestarin Kynsi』は同じ情報を無慈悲な50分間の音楽に凝縮している。“Oikeamielisten”は脅すようなギターとストリングスの小曲で幕を開け、そのあとFenrizも悲鳴を上げるような先祖返り的で好戦的な姿勢で突き進んでいく。“Uusi Teknokratia”は唸り声を上げながらさまよい歩き、ガムランミニマル・テクノ的解釈へと昇華される。“Kuulen ääniä maan alta”を縁取っているキーボードはまるで作り物の悪魔の角をかぶったRuskoがバンドの後ろに隠れてくすくす笑っているかのようである。

これらのミスディレクションを経て、Oranssi Pazuzuはフィナーレである“Taivaan Portti”の土台へと落ち着いていき、ブラック・メタルの基礎へと突き進んでいく。しかし彼らは繰り返される同じパターンのブラスト・ビートとトレロモ・ギターの周りに凍てつくようなシンセサイザーを渦巻かせている。それはまるでメタルのために再設計されFaustによって補強された、Rhys Chatham's Guitar Trioのような快楽的なミニマリズムである。作品が終わると、Oranssi Pazuzuはーもしかしたらあなたもそうかも知れないがー、息も絶え絶えに倒れ込む。これは端から端まで、美しい狂気である。

By Grayson Haver Currin · April 16, 2020

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