海外音楽評論・論文紹介

音楽に関するレビューや学術論文の和訳、紹介をするブログです。

ヒップホップ/ラップ

Weekly Music Review #69: Russ『CHOMP 2』

ラッパーのRussを一言で表すならば、「努力の人」と言うことに尽きるだろう。キャリアの始まりは2011年。思っていたほどの注目を集められなかった彼は、約3年間もの間、SoundCloudで毎週新曲を発表し続けた。そのように、地道に地道にファンベースを広げ続け…

Weekly Music Review #61: BLACKSTARKIDS "Puppies Forever"

BLACKSTARKIDSの「Puppies Forever」をApple Musicで Puppies Forever - Album by BLACKSTARKIDS | Spotify BLACKSTARKIDS "Puppies Forever"(2021) Remi Wolf "Juno"(2021) なんだかこの2作は同日にリリースされたということや、"Juno"というタイトル(前者…

Weekly Music Review #60: Don Toliver "Life of a DON"

ドン・トリヴァーの「Life of a DON」をApple Musicで Life of a DON - Album by Don Toliver | Spotify Don Toliverの名前を初めてきちんと認識したのは、2019年の暮れにリリースされた、Travis Scottが主宰するレーベル=Cactus Jackのローンチ・コンピレ…

<Bandcamp Album of the Day>Jimmy Edgar, “Cheetah Bend”

CHEETAH BEND by JIMMY EDGAR Jimmy Edgarは常に予測不可能なアーティストである。このデトロイト出身の天才児は、多くのエレクトロニック・ミュージックのサブジャンルや多様なコラボレーターの間を行ったり来たりしながら、自身の創作の行く先が向くままに…

<Bandcamp Album of the Day>Slowthai, “TYRON”

TYRON by slowthai 自身のデビュー作『Nothing Great About Britain』において、ノーサンプトンのラッパー=Slowthaiはネグレクトされてきた世代の怒りを無秩序でパンクに影響されたヒップホップへと昇華させた。このアルバムはSlowthaiの貧しい労働階級の出…

<Bandcamp Album of the Day>Madlib, “Sound Ancestors”

Sound Ancestors by Madlib 理論上、MadlibとFour Tetの組み合わせは奇妙であるように思える:前者はジャズ、ファンク、ヒップホップに根差した、サンプルを主体にしたビートを作るのに対し、後者は電子音をきしませ、そこにテクノ、アンビエント、難解なダ…

<Bandcamp Album of the Day>Pink Siifu & Fly Anakin, “FlySiifu’s”

FlySiifu's by Pink Siifu & Fly Anakin ラッパー=Pink SiifuとFly Anakinのコラボレーション・プロジェクトの最初のスキットは、二人の人気上昇中のMCがFlySiifu'sという架空のレコード・ショップを経営していて、それに続くこの22曲入りのアルバムは昔な…

Weekly Music Review #15: 2 Chainz『So Help Me God!』

2チェインズの「So Help Me God!」をApple Musicで So Help Me God! - Album by 2 Chainz | Spotify 今回のレビューを書くまで、2 Chainzというラッパーについて深く考えたことはなかった。…と似たようなことをBig Sean『Detroit 2』評でも書いたが、2 Chain…

<Bandcamp Album of the Day>Quakers, “Quakers II: The Next Wave”

II - The Next Wave by Quakers 1988年のMarley Marl『In Control Vol. 1』のリリース以来、プロデューサー主導のコンピレーションはラップ・ミュージックの風景に欠かせないものとなった。プロデューサーが自身のシグネイチャー・サウンドを披露し、才能あ…

<Bandcamp Album of the Day>Small Bills (ELUCID & The Lasso), “Don’t Play It Straight”

Don't Play It Straight by Small Bills (E L U C I D & The Lasso) 「先人たちを褒め称えよ/それはスコアシートの上に飛び散った本物の血/本物の労働/彼らの名前を叫べ」とELUCIDは1曲目 “Safehouse” でラップする。ブルックリンのMC=ELUCIDがミシガン…

Weekly Music Review #14: Lyric Jones『Closer Than They Appear』

Lyric Jonesの「Closer Than They Appear」をApple Musicで Closer Than They Appear - Album by Lyric Jones | Spotify 今年はメインストリームのみならず、アンダーグラウンドで硬派なヒップホップ界隈でも女性ラッパー(非男性ラッパーと言ったほうがいい…

Weekly Music Review #11: Black Thought『Streams of Thought Vol. 3: Cane and Abel』

Black Thoughtは1987年に結成されたヒップホップ・バンド=The Rootsのフロントマン。ドラマーのQuestloveが繰り出す極上のグルーヴに乗っかる彼のラップはそのたぐいまれなライミングのスキルや高度な比喩表現によるボースティングによって「ヒップホップ・…

<Bandcamp Album of the Day>Pan Amsterdam, “HA Chu”

HA Chu by Pan Amsterdam 2000年にニューヨークのジャズ・シーンにおける「期待の新人」と言われながらも、トランペッターのLeron Thomasはそれに反して悪評を刻み続けた。彼自身の考案である “other music” というスタイルーージャンルやコラボレーションの…

<Pitchfork和訳>Black Thought: Streams of Thought, Vol. 3: Cane & Able EP

点数:6.9評者:Stephen Kearse The Rootsの長いキャリアの中でも最も鳥肌ものの瞬間の一つが、Black Thoughtのラップの筋肉をこれでもかと見せつける “75 Bars (Black's reconstruction)” である。彼の熱のある長いヴァースはあるで不時着のような衝撃で、…

<Pitchfork和訳>Jay Electronica: Act II: The Patents of Nobility (The Turn)

点数:8.7 [Best New Music] 筆者:Matthew Ismael Ruiz Jeff “Chairman” Maoによって行われた2010年のインタビューの中で、Jay Electronicaは自身にまつわる神秘的な雰囲気は混乱のもとであると認めた。「みんながなんでそんな事を言うのかわからない。俺は…

<Pitchfork和訳>Linkin Park: Hybrid Theory (20th Anniversary Edition)

得点:7.6 筆者:Gabriel Szatan 聴いている人たちに打ち勝つよう語りかけ続けた、その闘いに遂にチェスター・ベニントン自身が負けてしまったのは、彼が41歳の時だった。Linkin Parkの音楽を形作る特徴とは、トラウマと向き合っていくための手段をリスナー…

<Bandcamp Album of the Day>Vritra, “SONAR”

SONAR by Vritra イングルウッドを拠点として活動するラッパー=Vritraは10年代のはじめ、不作法で、荒々しいほどに成功を収めたOdd Futureコレクティヴの創設メンバーとして知られていた。今では10年以上のソロ・キャリアを持つ彼の最新作『SONAR』では、そ…

Weekly Music Review #7: SPARTA『Count Your Blessings』

今年『フリースタイル・ダンジョン』が終了したことに象徴されるように、日本のヒップホップは爆発的なブーム期を終え、若年層にしっかりと浸透した定着期に突入したように感じる。 日々若くてフレッシュなラッパーが世に羽ばたいているが、いかんせんシング…

Weekly Music Review #6: Bobby Sessions『RVLTN (Chapter 3): The Price of Freedom』

ダラスの ”Young Legend”、Bobby Sessions Bobby Sessionsはテキサス州ダラス出身のラッパー。2010年代から活動を開始し、決して楽ではない下積み時代を経て2015年に名門レーベルであるDef Jamと契約。そして2018年、今回取り上げる作品がその3作目となる連…

Weekly Music Review #5: Big Sean『Detroit 2』

音楽の街、デトロイト デトロイトはアメリカの中西部、カナダとの国境に接するミシガン州最大の都市である。フォード、ゼネラル・モーターズ、クライスラーがかつて本社を置き、「モーター・タウン」として華やいだ。しかしその後人種統合政策の失敗などが重…

<Bandcamp Album of the Day>Black Soprano Family, “Benny the Butcher & DJ Drama Present: Black Soprano Family”

Benny the Butcher & DJ Drama Present: The Respected Sopranos by BLACK SOPRANO FAMILY Black Soprano FamilyのBenny the ButcherとDJ Dramaという組み合わせは、一聴すると興味深い提案のように聞こえる。Griseldaの一員であるBennyは、90年代イースト・…

<Bandcamp Album of the Day>Oddisee, “ODD CURE”

ODD CURE by Oddisee 『ODD CURE』はアルバムと言うよりは、COVID-19の世界的パンデミックの初期段階に際して、それに人生を適応させようとするさまを描いた人間研究記事の、ヒップホップ版である。このプロジェクトはOddiseeが自身の住むブルックリンのスタ…

<Bandcamp Album of the Day>MIKE, “weight of the world”

weight of the world by MIKE ニューヨークのラッパー、MIKEが自身のアルバムに『Weight of the World』というタイトルをつけるのにこれだけの時間がかかったことは、ある意味では驚きである。2017年の出世作『May God Bless Your Hustle』以来、彼の音楽を…

<Bandcamp Album of the Day>Armand Hammer, “Shrines”

Shrines by Armand Hammer Armand Hammerの音楽を通して世界を見るというのは、1988年のジョン・カーペンター作SF映画『ゼイ・リヴ』に登場するサングラスを装着するのと似ている。この二人組みの4作目『Shrines』の、Elucidとbilly woodsによる自由な連想に…

<Bandcamp Album of the Day>Ric Wilson and Terrace Martin, “They Call Me Disco”

They Call Me Disco by Ric Wilson, Terrace Martin シカゴのラッパー=Ric Wilsonとロサンゼルスのプロデューサー=Terrace Martinはこの共作EP『They Call Me Disco』に最大限の勢いと信じられないほどの温かさをもって取り組んでいる。作品の冒頭から即時…

<Bandcamp Album of the Day>Bishop Nehru, “Nehruvia: My Disregarded Thoughts”

Nehruvia: My Disregarded Thoughts by Bishop Nehru 2012年、Bishop Nehruはデビュー・ミックステープ『Nehruvia』を自主制作でリリースした。物憂げな雰囲気のその16歳は人生についての大人びた考え方と、酩酊感のあるループと愉快で朦朧としているドラム…

<Bandcamp Album Of The Day>KinKai, “A Pennies Worth”

A Pennies Worth by KinKai イングランドのマンチェスターで生まれ育ったラッパーのKinKaiの最新フル・アルバム『A Pennies Worth』は、涼し気なフックとゴージャスでジャズ風のプロダクションを持つチル・ヒップホップ・チューンを集めた印象的なコレクショ…

<Bandcamp Album Of The Day>Quelle Chris & Chris Keys, “Innocent Country 2”

Innocent Country 2 by Quelle Chris & Chris Keys Quelle Chrisとプロデューサー・Chirs Keysによるコラボレーション、『Innocent Country』(2015)で、このラッパーはその時まで常套手段としていたストーナー自慢のヴァースからの変化を示した。そのアルバ…

<Bandcamp Album Of The Day>Shabazz Palaces, “The Don Of Diamond Dreams”

The Don Of Diamond Dreams by Shabazz Palaces Shabazz Palacesは長年、より良い世界というのは100%政治的なヒップホップでも、100%物質主義的なヒップホップでもカヴァーしきれないような、そんなルートで可能になるものであるという立場で活動してきた…

<Bandcamp Album Of The Day>Statik Selektah & Termanology, “The Quarantine”

The Quarantine by Statik Selektah & Termanology 世界保健機関がCOVID-19ウイルスの全世界的流行(パンデミック)を宣言し、国中の都市がその感染拡大を抑え込もうと必要な策を講じ始めてから3日が経過したあと、Statik SelektahとTermanology―1982という…