海外音楽評論・論文紹介

音楽に関するレビューや学術論文の和訳、紹介をするブログです。

<Bandcamp Album Of The Day>Siti Muharam, “Siti of Unguja”

ザンジバルのシンガー・Siti Muharamはタアラブ音楽のレジェンド、Siti Binti Saadのひ孫娘である。「タアラブの母」として知られるSaadは、当時女性が公の場で演奏することが不適切だとされていたことから音楽業界に参入できなかったタアラブ共同体の女性たちを妨げていた文化的カーテンを取り払った。アラブ、インド、そして東アフリカの先住民たちの音楽的伝統の要素をかけ合わせて生まれたジャンルであるタアラブはそのサウンドも演奏も極めて独特である。彼女の新作『Siti of Unguja』で、Muharamはその伝統的なルーツに根ざしながらも現代性にも足を踏み入れた、半ばトランスへの導入のような高揚感のあるアルバムを作り上げた。

心に焼き付いて離れないインスト“Machozi ya Huba(恋の涙)”は海に浮かぶダウ船のように浮いたり沈んだりするベースとビートで催眠へと誘い、ウードの鋭い音は波のように表面に浮き出てくる。“Sikitiko(悲しみ)”ではMuharamはくつろいだゆっくりとした調子で歌い、嫌々ながら感と後悔をほのめかしている。この曲は「あなたに悲しみを置いて行く。私は遠くへ、遠くへ行きますから」と繰り返す、物悲しい集団の合唱によって強調される眠たげな音で始まる。“Alaminadura(因果応報)”には警告のようなトーンがある。「夜の雨は痕跡を残さない;月が昇り太陽が沈み、この行ったり来たりの愛はいつか私達を傷つけるだろう」曲の中盤で歌唱が止み、その語りはめまいがするほどのインストゥルメンテーションの列によって進められる。『Siti of Unguja』で、Muharamは自身をSaadから脈々と続く血統にガッチリと固定し、国外では殆ど聞かれることのないザンジバル音楽様式を守っていくと決意している。

By Sylvia Ilahuka · April 15, 2020

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<Bandcamp Album Of The Day>Yumiko Morioka, “Resonance”

ピアニスト・盛岡夕美子が1987年に発表したデビュー・アルバム『Resonance』にまつわるすべてのものから大気を滲み出ている。このアルバムはGreen & Waterというレーベルから。「環境音楽」として知られる日本の音楽的ムーヴメントの中で発表された。1970年代にサンフランシスコ音楽学校で学んだ盛岡は、1980年代後期にはBrian Enoの『Ambient』シリーズの魔法に魅せられ、刺激されていた。「空中に漂う音を探し、それを空間と時間に混ぜ合わせていくの」と彼女は最近語っている

『Resonance』は盛岡の目標を実現している。ほぼ全編彼女の静謐でなめらかなピアノの演奏によって構成されているこのアルバムの中で辛抱強い音色が優しく柔らかなメロディに降り注いでいき、まるでゆっくりと落ちる瀑布のように輝いている。“Ever Green”では盛岡の晴れやかなコードが日の出を想起させ、“Round and Round”の明るい弾みは小さな町での幸せな生活のサウンドトラックのようにも聞こえる。『Resonance』はサッカリンにしてはあまりに思慮深く、ときにも逃しさをも感じさせる。“Moon Road”や“Moon Ring”のヘヴィな旋律は、Angelo Badalamentiによる『Twin Peaks』のピアノ主題歌と同じくらいメロドラマ的である。

それでも、『Resonance』は主に落ち着きとリラクゼーションにまつわる作品であり、サウンドを通じてストレスを軽減するものである。このアルバムは商業的な成功こそ収められなかったものの、ニュー・エイジ系のショップや病室内のBGMとして使われることが多かった。聞けばその理由がわかるだろう:一度聞けば、盛岡の音楽は我々の心配を、まるで川に溶け落ちていく氷のように溶かしてしまうのだ。

By Marc Masters · April 14, 2020

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<Bandcamp Album Of The Day>Shabazz Palaces, “The Don Of Diamond Dreams”

Shabazz Palacesは長年、より良い世界というのは100%政治的なヒップホップでも、100%物質主義的なヒップホップでもカヴァーしきれないような、そんなルートで可能になるものであるという立場で活動してきた。そこでは“Divine mathematic(=神秘数学)”と“Designer fabric(=デザイナー仕立ての衣服)”が矛盾したものではなく、お互いを補完し合う表現として現れる場所である。「スワッグ」とは人それぞれが生まれ持った性質のことであって、お金を出して買えるものではない。Digable Planetsとしての活動ははるか昔の思い出となり、ShabazzのフロントマンであるIshmael Butlerはここ数年彼の中のPharoahe MonchとPharoah Sandersを足して2で割ったような存在に磨きをかけ、力強く、大地に根ざしたスピリチュアリティを注入してきた。

『The Don of Diamond Dreams』はShabazz Palacesがこれまでで最も「やりきった」作品となっている。Butlerは自身の詩的権威に新たな自信を持つようになり、彼とマルチ奏者のTendai “Baba” Maraireは実験を決して止めることのないヒップホップ・チューンを作り上げた。元・THEESatisfactionのシンガー、Stas Thee Bossをフィーチャーした“Bad Bitch Waiting”はまるで、Junior M.A.F.I.A.の“Get Money”のブギー・ダブ・テイクのようである。もしサイバーパンクが実際に起ったら、の話ではあるが。アルバムの最後の曲“Reg Walks By the Looking Glass”は豪華でサイケデリックソウル・ジャズである。Carlos Overallによる、深くリヴァーヴのかけられたソロが楽曲を支えている。

アルバム全体を通して、Shabazz Palacesは多くの音楽的領域に深いインスピレーションを見出している。“Fast Learner”では澄み切った青空に驚嘆するためにダウンビートなオートチューン・ラップが目を覚まし、Purple Tape Nateのゲスト・ヴァースがが超越を謳歌している。“Wet”では以外にもMigos/Thundercatの軸の上で回転し、弾むようなキラキラしたコードから煮え立つベースの演奏へと変化していく。そして“Thanking the Girls”の内省的なスローモーション・ニュー・エイジ・ブーン・クラップは、彼が人生で出会った女性たちを励まし、地球の湾曲が見えるくらい頭を高く掲げようと鼓舞している。「瞑想的な激しさ」というのが矛盾したフレーズではないとしたら、それは『Diamond Dreams』にぴったりのフレーズである。

By Nate Patrin · April 13, 2020

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<Bandcamp Album Of The Day>Midwife, “Forever”

 デンバーの音楽家・Madeline Johnstonは、自信がMidwife名義で制作している音楽を「ヘヴン・メタル」と呼んでいる。彼女の楽曲の中では、ドリーム・ポップ、アンビエント、ローファイ・ギターが結び付けられて並んで提示されることで、「ヘヴン・メタル」なる用語が暗示するような何かを感じさせている:軽さと重さ、うららかさと暗闇、神性と世俗性。『Forever』はJohnsonが二つの不吉なカプレットをささやくところから始まる。「これは本当に私に起こっていること」「まじでどこかに失せてくれ、2018年よ」それはJohnstonの親友であり、元ルームメイトであり、デンバーの自給自足生活者だったColin Wardが27歳でなくなった年である。それのさらに2年前、JohnstonとWardはデンバーでも主要なDIYキャンプでありアーティストの養成所でもあった・Rhinoceropolisから追い出されてしまった。『Forever』はこれら二つの悲劇から生まれた。そしてこの二つの悲劇の中には更にいくつかの小さな悲劇も含まれる:家を失うこと、方向性を失ってしまうこと、そして決して終わることのないであろう悲しみの感覚。

同じくFlenserに所属するレーベルメイトであるPlanning For Burialのように、Johnstonは特定の感情を想起させるためにはインストゥルメンテーションやエフェクトをどのように使えばいいのか熟知している。作品を通じて、彼女は日焼けで膨れ上がった腕でブンブンとギターを掻き鳴らしたかと思えば、殆ど果てしないように感じられる悲しみの感覚を作り出す、しめやかなリヴァーヴで自分の声を覆ったりする。“Anyone Can Play Guitar”では20代そこそこの恋愛の陳腐さが喪失といきなり相対することになる。“C.R.F.W.”にはWardが自作の詩を朗読する録音が使用されていて、その後をJohnstonの鮮やかでアンビエントなパッセージが続いていく。そのインタールードが、このアルバムで最も絶望的な楽曲“S.W.I.M”に続いていく。この曲の中でJohnstonはー彼女の声はディストーションの中で凝固しているーは苦悩の遠吠えを解き放ち、それはギターをも上回る力と音量で光り輝く。Johnstonの悲しみにほとんど手で触れることができたのかのような、美しい瞬間である。彼女は愛する人の喪失と闘っているのではなく、彼がいない人生を受け入れることと闘っていたのである。デジタル・エフェクトと注意深く操作されたテクスチャを用いた作品でありながら、『Forever』の中心にあるのは傷ついた人間の心なのである。

By Andy O’Connor · April 10, 2020

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<Bandcamp Album Of The Day>Various Artists, “Doom Mix, Vol. IV”

2017年に『Doom Mix』シリーズの第一弾がリリースされた時、それは美的な目的もそうだが実用的な目的を果たしているように思われた。TarkamtJeremy BibleHOTT MTといったまだ好事家たちに補足される前のアヴァン・エレクトロニック・アーティストによる楽曲を収録したこの作品は当時まだ発足後間もなく、まだ7つのリリースしかなかったDoom Tripレーベルへのイントロダクションであった。そのシリーズの発足作から今月の4篇目に至るまで、多くのことが変化した。Doom Tripは物好きが好む奇抜な存在から、Pale SpringDiamondsteinSangamらのアルバムをリリースし、Tiny Mix Tapes、Dazed Digital、Resident Advisorといったシーンのご意見番たちから好評を得るような、カルト的な尊敬を集める存在となった。『Doom Mix』シリーズもまた、無名レーベルによる挨拶代わりの握手から、成長するエクリぺリメンタル・エレクトロニック・シーンを注意深く切り取ったドキュメントへと成長したのである。この4篇目にはFire-ToolzNmeshMukqsDntelといった高名な冒険家たちのトラックが収録され、これまでで最も強力なものとなっている。

音楽的には、この作品は最も本能的で即時的でもある。リズムに対してのアプローチが革新的であるということによって特徴づけられるアーティストを集められているという点で、『Doom Mix IV』は以前よりもより身体的に感じられる。Nmeshの“Cimcool 15KV Distribution”では忙しないドラム・トラックの上にSF映画から取られたヴォーカルの断片が重ねられているー2分30秒過ぎでは、Bomb Squadが昔のPublic Enemyの作品でやっていたようなヘヴィなベースの一撃にアプローチしていく。Hausu MountainのMax Allisonの別名義であるMukqsは得意とする狂った楽曲(頭蓋骨すら割ってしまうようなベース・ドラムの上でピッチの高いシンセが跳ね回る)を提供している。漂うようなアンビエンスが特徴のDiamondsteinとSangamでさえ、ほとんどドラムンベースのような、激烈なパーカッションの曲を提出している。

心が休まる一瞬もある。昨年の『CYGNUS』がひっそりとした喜びだったPale Springが提供しているのはエレガントなトーチ・ソング“Dripping”であり、Pauline Layによるアルバムの締めくくり“Mornings By the Sea”ではからっぽの空にさざなみのような鍵盤が浮かんでいき、最後の祈りのような静けさを持っている。しかし『Doom Mix IV』全体に広がっているムードはめまいがするほどの高揚感とすさまじい運動のそれであるー永遠に続く「おうち時間」の期間にはうってつけの、あなたの鼓動を速めてくれる一枚だ。

By J. Edward Keyes · April 09, 2020

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<Bandcamp Album Of The Day>Clarice Jensen, ”The Experience of Repetition is Death”

チェロ奏者/作曲家のClarice Jensenの音楽は没入感が強烈で、その中で迷子になってしまうことも簡単である。彼女の根気強い「チェロの星座(“Chello Constellations”)」―彼女の初期の楽曲タイトルがそう描写している―は弓で弾かれた弦の波の上を漂っていく。しかしJensenの作品はその他にも多くのレベルを持ち、知的だったり、テーマ的であったり、感情的であったりする。それがよく分かるのが彼女の最新リリース『The Experience of Retetition as Death』である。タイトルがこの作品の深遠なコンセプト的土台を映し出している。ここではJensenは反復されるモチーフを用いずに、我々が持つ死という運命の根源的なサイクルと向き合っている。

アルバムタイトルの中の“death”という言葉はただのメタファーではない。Jensenがこのアルバムの多くを作曲したのは彼女の母親が白血病でなくなる直前のことだった―繰り返されるお見舞い、医師の訪問、病院設備のたてる機械音。特に最後のものは催眠をかけるような“Metastable”に影響を与えていて、Jensenのチェロが高音と低音の間を優しく揺れ動き、その安定した脈拍から離れることなく徐々に激しさを増していく。その激しさは次の曲“Holy Mother”のドラマの中で徐々に増していく。この壮大な曲のタイトルは、同じく壮大であるエベレストのチベット語での呼称から取られたものであるが、この曲のオルガンに似た音色の中にJensen自身の両親への哀歌を感じ取らないでいることは難しい。

このような重層なテーマはJensenが『The Experience of Retetition as Death』を通じて特定の音楽的図案に立ち返ることで強度を増している。それはアルバムの最初と最後が持つ円環構造に顕著である。1曲目の“Daily”は絶えず上昇していくシンプルなコード進行を持ち、最後の“Final”はJensenがスタジオで作ったテープのループからのフレーズが繰り返される―が、その前に彼女はそのテープをわざとしわくちゃにしたり、足で踏んづけたりして音質を下げている。この曲の暗い感じが、Jensenのテーマの純粋で荘厳なヴァージョンをゆっくりと明らかにしていく。彼女が始まりを迎えるこのアルバムの結末の地点でJensenは解決と希望を提示し、死というものが繰り返される運命であるならば、生きることもまたしかりであるとほのめかしている。

By Marc Masters · April 08, 2020

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<Bandcamp Album Of The Day>Jackie Lynn, “Jacqueline”

Jackie Lynnという名前に馴染みながないのであれば、彼女がすでにスターであると思いこんでしまっても仕方がない。彼女の最新作『Jacqueline』で見せてくれる、彼女の自信たっぷりでこの世のすべてを見てきたかのようなトーチ・シンガーとしての振る舞いは、彼女が歌で語る愛と衰退の物語を実際に生き抜いてきた、消耗した歴戦の戦士のような印象を与える。しかしJackie Lynnというのはスターでもなければ、実在する人物ですらない。彼女はアーティスト・Haley Fohr(Circuit Des Yeuxとしても知られる)が作り出したオルター・エゴであり、元々はソロ・プロジェクトだった(2016年のEP『Jackie Lynn』を参照のこと)だったが、Cooper Crain、Rob Fyre、Dan Quinlivan(またの名をBitchin' Bajas)からなるバック・バンドを引っさげて再び形を与えられたものである。

演奏者のキャストが拡大した結果、『Jacqueline』はFohrがEP『Jackie Lynn』で探求していたテーマを単に延長したものではなく、コンセプト面でも音響面でもそれを増幅させたものとなっている。ギミックが効いたストーリーライン(女性の長距離トラックドライバー、大衆酒場を訪れること、人生を生きること、など)はさておき、『Jacqueline』で最も特筆すべきはその音楽的深度である。ここでは異種のサウンドが無理なく、それでいて細かく配置されている。ギラギラ光るようなディスコの薄皮をすくい上げていても、ドリーミーなストリグスの上を漂っていても、鼻にかかるようなメランコリーの中を泳いでいても、もしくは予期しない音調のモダリティに足を突っ込んでいても、だ。ときにこれらは全て一つの楽曲の中で繰り広げられる(“Little Black Dress”)。『Jacqueline』にはパーティーにピッタリのわかりやすいシンセ・スイング・チューンもたくさんあるが(ファンキーな“Diamond Glue”やグラム風の“Sugar Water”を試してみると良い)、楽曲に注入されている多くのアレンジのレイヤーを感じるとるためにはヘッドフォンでの聴取が必須となるような、耳の保養となるような「ステレオ録音」の魔術も十分に収録されている。Fohrの王者のようなヴォーカルは相変わらず光り輝いているが、彼女が詩的で想像力を動員した歌詞を発音すると、スポットライトを一身に浴びて大げさな演技をするカントリー風のセリーヌ・ディオンのように彼女はJackie Lynnの人生の旅路を、ライオンのよな輝きを持つ落ち着いた気品をもって導いてくれる。Pentangle風の“Traveler's Code of Conduct”で彼女は「月が私の生命維持装置」と朗読する。彼女の声は感情で溢れそうになり、ミックスとまさしく溶け合うようだ。あまりにも多くの影響源がこの『Jacqueline』には渦巻いていて、このアルバムを特徴づける何かを厳密に決め打ちするのは難しい。ポップ?アメリカーナ?ネオ・フォーク?シンセウェイヴ?ある意味ではこれら全てであるし、そして我々が生きるメタ・ポスト・モダンの時代に完璧に調和したアメリカ音楽の表現なのである。

By Mariana Timony · April 07, 2020

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