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Weekly Music Review #20: スカート『アナザー・ストーリー』

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スカートの「アナザー・ストーリー」をApple Musicで

アナザー・ストーリー - Album by スカート | Spotify

今年で活動開始10周年を迎えた澤部渡ソロ・プロジェクト=スカートが、現在所属しているカクバリズムに加入前に発表していた自主制作の音源『オー・エスエス』(2010年)、『ストーリー』(2011年)、『ひみつ』(2013年)、『サイダーの庭』(2014年)から人気曲を再録音した作品。

スカートといえば澤部によるとにかくウェルメイドな楽曲を武器に、「新世代シティ・ポップの旗手」として絶大な人気を博してきた。しかし、ぼくが彼の音楽に触れるようになったのはここ数年の話で、この再録音を聴いて「オリジナルと比べてここのアレンジは〜」みたいな話はできない。だから、純粋に「新作」として聴いて(そのような旨の発言もインタビューではしている)、その感想を述べるしかない。

それにしても、ものすごいクオリティの作品である。考えてみればそれはそうで、だって10年という活動の中で長い間ファンたちや本人たちから愛され続けられてきた曲ばかりが収められているのだから。本人も

このアルバムが曲で批判されることはないと思ってます。そういう意味で、クオリティに対して気楽でいられたのは助かったなー。とにかく全部いい曲ですからね(笑)
ー特設サイトのインタビューより

 

と語っている。

ベスト盤であり、再録盤であり、そして新作でもある。この作品の持つ多面性は、逆説的にここに収められた楽曲たちの普遍性を浮き立たせている。10年前の曲でありながら、時代の刻印は見当たらず、ファンの間で有名な楽曲もぼくのような新規リスナーには「発見」たりえる。

それを可能にしているのは、やはり澤部の書く楽曲のポップ・ソングとしての強度によるところが大きい。別に変わった楽器やリズムが用いられているわけでもなく、歌詞がぶっ飛んでいるわけでもなく。かといって凡庸ではなく、一度聞いただけでも、その日の夕方にはその曲を口ずさんでいる自分がいる。この普遍性を捉えようとしても、書き残そうとしても、するりと手の中をすり抜けてしまう。それは、目の前に置かれた「この」リンゴの美味しさではなく、「リンゴ一般」の美味しさを説明するのが難しいのと似ている。この音楽は「the」の音楽ではなく、「a / an」の音楽だ。

ここで「普遍性」を「絶対性」と置き換えて、表現することの難しさを「1+1=2という事実の正しさを説明すること」に例えてしまうと、途端にピンとこなくなる。ぼくの中の勝手なイメージだが、こういう数字や「論理的で絶対的な正しさ」という例えが浮かぶ音楽もあるにはある。しかしスカートの音楽はそうではない。なぜならばそこにはポップ・ミュージックならではの遊び心や猥雑さ、粗野な感覚が確かに息づいているからだ。「セブンスター」の衝動に任せたようなエネルギーを聞けばそれがロジックで作られている音楽ではないことがすぐにわかるだろう。最短距離をパチっと繋いでいる音楽ではなく、回り道もしながら、いろんなものを巻き込みながらなっている音楽だ。

だからこそ、このストーリーは続いていくのだ。