海外音楽評論・論文紹介

音楽に関するレビューや学術論文の和訳、紹介をするブログです。

Pitchforkが選ぶテン年代ベスト・ソング200 Part 25: 80位〜76位

Part 24: 85位〜81位

80. Blood Orange: “You’re Not Good Enough” (2013)

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アーティストが音楽を自分のセラピーであると語るのはクリシェであるが、Dev Hynesは我々なら患者と医者の間の秘密にしておくようなことを本当に音楽の中でシェアしてしまう。Blood Orangeとしての出世作となった『Cupid Deluxe』に収録されている“You're Not Good Enough”は誰かとの関係性を終える際に我々が話したり、歌ったり、考えることすらしたくないような事柄についての曲である―しかしなぜ、これほどまでに残酷でありながら良く聞こえるのだろう? それはおそらくHynesによるPrinceを薄めたようなファンク風のオーケストレーションと彼と当時のガールフレンド・Samantha Urbaniとの間の会話劇である。それはおそらく我々が自分を失望させる人たちについて抱いているある考え方なのかもしれない。しかしそれ以上に、それはその最も暗い考えすら自分のものに感じられるくらいにオープンであるアーティストを楽しんでいることに対する全くな不思議さなのかもしれない。それがある世代にとってのHynesの存在である:感情の矛盾を描く繊細で、脆く、ときに気難しい詩人であり、我々の思考を歌うシンガーであり、クリーンでありながらクリーンでない、そんな存在である。–Alex Frank

79. Lana Del Rey: “The greatest” (2019)

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“The Greatest”において、Lana Del Reyの見る世界は燃え盛っている。のんびりと過ごすはずだった夜は絶え間ない核戦争の脅威によって汚染され、彼女が愛してやまないマリブは恐ろしい野火によって破壊され、何もかもが前のようには感じられなかったし、希望にしがみつくことももはや現実的ではないように思える。「カルチャーがアツくて、もしこれこそが求めていたとしたら、私はそれを楽しんだわ/でも今や私は燃え尽きてしまったみたい」ストリングスや鍵盤が最後にノワール的な膨張を見せる中、彼女はこの歌をこう締めくくる。“The greatest”は皮肉めいた終末論を綴った歌だが、消して冷笑主義ではない。これはDel Reyが常に持ち合わせているノスタルジアの理論的最高到達地点であるように感じられる。物憂げな70年代風ギターの波に乗って、彼女の無感情なボソボソ語りは心地よい暖かさのガーゼの中の不穏なイメージを包み込んでいる。世界の終わりがこれほどまでに実感を伴って聴こえたことはこれまでになかった。–Quinn Moreland

78. Jeremih: “Oui” (2015)

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Jeremihよりも私心のないコンテンポラリーR&Bシンガーがいるだろうか?彼の気まぐれなソロ・プロジェクトをリリースする間に、このシカゴ出身のセレナーデ歌手は業界内で最もオーバースペックなセッション・ミュージシャンの一人としての地位を揺るぎないものとした。というのも彼はそのしなやかなファルセットを数多くのラップ/R&Bのビッグ・ネームたちに提供し、更には多くの無名のアーティストにも見返りとしてのフィーチャリング・クレジットなしで提供してきたからだ。このような声を持って生まれたからには、それを広めないでいるのは冷酷というものだ。

2009年の出世作“Birthday Sex”のあと、Jeremihのシングルにはたいてい大したことのないラップがフィーチャーされていたが、“Oui”によって我々はトラックが彼一人のものになった時に彼の声がどれほど超越的に響くかということを思い出させてくれた。至福の4分間の間、彼の浮遊感あふれる声とプロダクションによってこの曲は重力を一時的に停止してしまう。ポロポロと爪弾かれるピアノ、柔らかなシューという音、そしてヘリウムガスを吸わされたトラップ・ドラムがまるでハート型の風船のブーケのように青空へと浮上していくさま。Jeremihはこれ以上ない喜びについて歌うだけではなく、それ自体を作り出している。–Evan Rytlewski

77. Kanye West: “Ultralight Beam” (2016)

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Kanye Westの世界を形成している、巨大なエゴとわがままな不平不満の万華鏡を考えると、この“Ultralight Beam”においてまず驚くべきなのは彼がほとんど登場していないことだ。確かに、オートチューンに足を取られながら山を登るボロを着た巡礼者として彼はそこにいる。しかしこの『Life of Pablo』の幕開けの一曲は集団で作り上げた産物である。危ういくらいの気迫のKelly Price、有頂天なChance The Rapper、敬虔なKirk Franklin、合唱の強風を吹かすクワイア。「だろ?」とKanyeは言っているようだ。「俺はいつ自分が黙るべきなのか知ってるんだ」

前向きなこの楽曲のメッセージとは裏腹に、音楽は鈍重である。ドラムの足取りは重く、沈黙が広大で、その不活発さにクワイアは苦しんでいるようだ。しかしそれこそがこの曲の力である:勝利や刑の執行の免除を捉えるのではなく、その代わりにこの曲は背負わされた苦しみに執着している。そしてそれでもKanyeや彼の友達がそこにいて、彼はしくじってまた許しを請うて、そうやって季節は回っていく。それでもWestが同情的に思えるのなら、それは一つには彼はどんなに何かを成し遂げようとも、自分はまだ登っている最中であるように見せることができるからである―着実に、痛みを伴いながら、人は曲がってしまうほど弱くなることも、続けることができるほど強くなることもできるという可能性の化身として。彼が望む救済に果たしてふさわしいのかということに関してだが、あなたがもし神を信じているのなら、たとえ大馬鹿者であるとしても彼の御加護を受ける資格はあることを知っているはずだ。–Mike Powell

76. The National: “Bloodbuzz Ohio” (2010)

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 The Nationalは疲労や失望にまつわる内気な音楽を作るのが得意で、そのような意気消沈した気分を完成させるためにかけた時間がこの爆発的なパンチ力を生んでいるのだ。彼らの2010年作『High Violet』に収録されている“Bloodbuzz Ohio”は彼らによる最も優れたアンセムの一つであり、小節ごとに勢いを増すゆっくりと盛り上がる唸り声である。Bryan Devendorfのドラムはバックビートとフィルインのちょうど中間にあり、この楽曲に容赦ない推進力を与えているが、そのリズムはまるでそのほかの楽器をそれぞれの場所に突き刺し、まごうことなき意志の力で送り出しているようだ。シンガーのMatt Berningerは「金に金を借りている」ことやハチの大群にオハイオまで運ばれることについての典型的な謎めいたラインを歌っているが、その言葉の本当の意味はその歌われ方に表れているー諦めと少しの当惑、そしてそれでもまだ希望がそこにはあるのだ。–Mark Richardson

Part 26: 75位〜71位