海外音楽評論・論文紹介

音楽に関するレビューや学術論文の和訳、紹介をするブログです。

Pitchforkが選ぶテン年代ベスト・アルバム200 Part 2: 190位〜181位

Part 1: 200位〜191位

190. Huerco S.: For Those of You Who Have Never (and Also Those Who Have) (2016)

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Huerco S.はダンス・ミュージックの特徴(ビート、ベースライン、前に進んでいく駆動性)を消し去ったテクノを作り始めた。その引き算のプロセスはこのほぼ無色透明のアンビエント音楽のアルバム、『For Those of You Who Have Never (and Also Those Who Have)』に結実している。シンセサイザーの荒い質感の断片が空虚な核を中心に回転し、腐食した磁気テープに記録されたウィンド・チャイムくらい存在感は希薄である。しかしそれによってより一層人の心をとらえるのだ。撹拌するようなループがテープヒスのファズになり、まるでベルリン・アンビエント・テクノのパイオニア・Pasic Channelのローファイなカセット・ダブを聴いているような感覚になる。ベルの音とブリキのようなシンセのリフが、ディレイ・ペダルの鏡の間をよろめき歩いていく。これらの空気のような断片を記憶の中に留めるのはほとんど不可能だが、このディスクが回っている限りそれは代えがたい、包み込むような聴取体験なのである。–Philip Sherburne

189. Miranda Lambert: The Weight of These Wings (2016)

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この年代の前半、Miranda Lambertは一連のラジオ・ヒットを持つカントリー界のスーパースターであり、「The Voice」にも出演し、同胞・Blake Sheltonとの絵に描いたような完璧な結婚も果たした。しかし二人は2015年に離婚し、その別れによって彼女はよりダークで、より実存主義的な道を選ぶことになる。野心的なダブル・アルバム『The Weight of These Wings』はめちゃくちゃになった人間関係についての偉大な伝統を受け継いでいる。Tom Petty『Wildflowers』のような気概があり、Bruce Springsteen『Tunnel of Love』のような不安定さがある。それらの要素がLambertの焼け付くような、素朴な魅力に包まれているのだ。松明のようなバラードやハイウェイ・アンセムが深夜のジャムセッションのような生々しく、実直なライヴ・バンドと共に演奏される。Lambertにとって救済は安いサングラスを買うこと、深夜一人でバーで過ごすこと、自分で自分の運命をコントロールできると知っていることによって達成される。言い伝えられていることによれば、彼女はこの作品についての最初のインタヴューでSheltonの新しいパートナー・Gwen Stefaniについて訊かれ、電話を切ったのちこの作品についての取材は一切受け付けないと決めたという。「この作品を聴けばわかる」と彼女は言った。この音楽が全て物語っているのだ。–Sam Sodomsky

188. Pusha-T: Daytona (2018)

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兄と組んでいたデュオ・Clipseの解散後、Pusha-Tはこの10年をソロ・ラッパーとしての足場を築こうと努力を続けてきた。“Mercy”や“Numbers on the Board”のヴァースなど、彼はいくつかの成功を経験したが、自分自身が設定した基準に達していないリリースもあった。『Daytona』こそが、スターとしてのPushaが完全に実現された作品である。Clipseの『Hell Hath No Fury』でファンたちが恋に落ちたドラッグ・ディール・ラップは健在で、さらに彼はこの作品で新たにヴィランの人格を得た。Kanye Westによって全面プロデュースされたこの『Daytona』は、Drakeを標的にし、今世紀最大のラップ・ビーフへと展開していったことで有名な、隅から隅までスリル満点の“Infrared”で幕を閉じる。しかし、『Daytona』を覆う様々なドラマや物語がある中でも、浮き上がってくるのは音楽そのものである。–Alphonse Pierre

187. Iceage: Beyondless (2018)

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四肢を振り乱し、髪を汗ばませながら、IceageのフロントマンElias Bender Rønnenfeltは我々の眼前で成長した。彼はこの10年が始まる時(「the Next Great Punk Band」と囃し立てられた頃)にはたったの18歳で、4枚のアルバムと数え切れないほどのショウを経て、その要求に応えられるほどの作品を作り上げた。この四人組の最新作である『Beyondless』で、彼らはとどまることを知らない野心で再びサウンドを拡張し、とち狂ったバイオリン、安酒場のピアノ、そして初めての試みとしてゲスト・ヴォーカリストSky Ferreiraを迎え入れた。永遠に苦悶し続けているRønnenfeltはキャバレー・キラー、“Showtime”で自身の暗い哲学の一例を提示する。これはハンサムな若いシンガーがステージ上で自殺する物語である。酔っ払ったようなドラムがバンドを綱で引っ張っていくこの曲で、彼はマイクに向かって唸り、彼をインディー界の隠れた憧れの的に引っ張り上げた、この極めて公な稼業に真正面から向き合っている。これは最新にして最良のIceageである。少しロマンティックだけれど、これまで通り猛烈におどけてみせる。–Noah Yoo

186. Various Artists: Mono No Aware (2017)

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PANの代表Bill Kouligasによって編纂されたこのコンピレーション『Mono No Aware』は、ストリーミングの時代において「アンビエント音楽」が何を意味するのかの国民投票であり、このジャンル における期待の新人たちを紹介する入門書である。一度聴いてすぐに目立つのはYves Tumor “Limerance” の繊細なシンセと真実のおしゃべりである。しかし合計80分近いこの16曲が収められたこのコンピは、曲がり角ごとに仕掛け扉がおいてあるびっくりハウスのようなものだ。ある扉を開ければMalibu “Held” の吐息混じりの囁きと氷のような漂流に出会い。また違う扉を開けるとKouligas “VXOMEG” が激しいスコールからぼんやりとしたドローンに変形するのを聴く。謎めいていて、じっくりとその謎が明らかになっていく。『Mono No Aware』は、何でも大胆に言い切ってしまいがちなこの時代において、日々の機微を大事にしようという主張として存在する。–Marc Hogan

185. Hailu Mergia: Lala Belu (2018)

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殆ど知られていなかったような作品のリイシューが目立ったこの10年だったが、それはリスナーを本来知り得なかったような音楽に導いてくれるYouTubeアルゴリズム機能をレーベルがフォローしていたことによるところが大きい。しかしMP3ブログからレーベルになったAwesome Tapes From Africaはその流行の逆を行き、真の宝石を探し出すためにフィジカル作品をコツコツと掘り漁った。鍵盤奏者/作曲家であるHailu Mergiaは母国エチオピアでは70年代のスターだったが、ワシントンDCに移り住み、タクシードライバーになった。2013年にエチオピア北部にある観光客に人気のスポット、バハルダールで古いテープが見つかったことがきっかけで、Mergiaは西側の世界で評価を受け、何十年ぶりかになるこの新作『Lala Belu』でそのキャリアは完成した。Mergiaは今でもピアノ、アコーディオンシンセサイザーの間を忙しく動き回り、彼のメロディー・センスは鋭く、魅惑的である。熱気を帯びた、Mergiaが舵をとるジャズ・トリオは焦げ付くように熱く、一心同体な実態である。そんな彼らが鳴らす『Lalu Belu』は郷愁を誘うトリップによってではなく、誇らしげに現在の音を鳴らすことによって我々を驚かせたのである。–Andy Beta

184. Soccer Mommy: Clean (2018)

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 『Clean』はきれいな空気をひと吸いすることであり、同時にそれはあなたを息切れさせてしまう。ナッシュヴィルシンガー・ソングライター、Sophie Allisonは2018年にあって、宅録からキャリアをスタートしほろ苦いインディー・ポップを作っていた唯一のアーティストではないが、それでも彼女は自分のやり方で、びっくりさせるような技術でそれをやってのけた。Allisonが二十歳のときにリリースされたこれらの繰り返し聴きたくなるような楽曲群は、90年代インディー・ロックのトゲのある暗さを持っているが、アイロニックな距離感の代わりに素朴な脆弱性と明るいメロディーが顔を覗かせる。鋭い目つきと会話のような歌い方は昔のTaylor Swiftのようだが、そこにはもっと実生活の混乱が描かれている。最初の3曲に夢中になるのは簡単だ。ドリーミーなバラード“Still Clean”で描かれる人間関係の機能障害、渦を巻くようなアンセム“Cool”で登場人物が持つ不動の心、そして何より「こいつやりやがったな」と舌を巻くようなStoogeオマージュ“Your Dog”。しかし残りの楽曲も同様に驚異的だ。Allisonが「日曜の朝に神を見つけた、君の横に寝転がっていた」と歌い上げる、抑制されたフィナーレ“Wildflowers”は安堵のため息であり、それでもなおあなたは空気を求めてあえぐだろう。–Marc Hogan

183. Elysia Crampton: American Drift (2015)

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 Elysia Cramptonの実験的なエレクトロニック・ミュージックは、思いがけない場所にある個人的な真実を掘り起こす。E+E名義での初期の作品は、Justin Bieberなどのポップ・ヒットをエディットすることによってその中にある崇高で異質なものを見つけ出すことで注目を集めた。Cramptonが自身の名前で初めてリリースしたこの『American Drift』は4曲入り30分の中にクランク、トラップ、クンビア、スポークンワード、クリケット、そして鳴り響くラジオ局のサウンドロゴを一緒くたにしたセットである。この作品を形作ったアイデアを学ぶと、この『American Drift』は深く染み渡る。このボリヴィア系アメリカ人のプロデューサーはこのアルバムを「養子にとられた故郷であるヴァージニア州の歴史、黒人であること、そして植民地主義に関する調査である」と説明している。万人に受けるエレクトロニック・ダンス・ミュージック(EDM)のバブルが弾けようとしていたこの時、この極めて個人主義的であるアプローチによってCramptonは次世代の背教者として知られるようになるのである。–Marc Hogan

182. G.L.O.S.S.: Trans Day of Revenge (2016)

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 “T.D.O.R.”とは通常“Trans Day of Remembrance(トランスジェンダー追悼の日)”、コミュニティ内の暴力の犠牲者に敬意を払う日を表す。ワシントンを拠点とするハードコア・バンド、G.L.O.S.S.は2016年の解散前にリリースした唯一のEPにおいて、そのRを“revenge”に反転させた(そもそもG.L.O.S.S.というのも“Girls Living Outside Society's Shit(社会のクソの外で暮らす女の子たち)”という意味で、同じくらい大胆である)。この『Trans Day of Revenge』で、G.L.O.S.S.はトランスジェンダーの女性の人生を「控えめの悲劇の物語」に閉じ込めてしまう文化的な言葉の綾を罵倒する。リード・シンガー・Sadie Switchbladeの興奮して光り輝く悲痛な叫び声は彼女に「黙れ」「おとなしくしろ」「自分の番を待て」と命じる者たちを徹底的に攻撃する。冒頭、ドラムのタイフーンが到来する寸前、ギターの歪んだ雄たけびに向かって「平和が死と置き換え可能な言葉である時/我々は暴力にチャンスを与える」と彼女は叫ぶ。家父長制の暴力に対し光るほどに牙を尖らせるというライオット・ガールの伝統を引き継ぎながら、G.L.O.S.S.はその短い時間の間にまばゆいほどの炎を放ち、純粋で正しい怒りを残して去っていった。–Sasha Geffen

181. Jamila Woods: LEGACY! LEGACY! (2019)

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このセカンドアルバムで、R&BシンガーのJamila Woodsは過去を覗き込むことで現在と向き合っている。一曲一曲が彼女のインスピレーションの源となった人物に捧げられていて、その多くが有色人種の女性である。彼女が直接それらの人物の目線から言葉を紡いでいるものもあるが、それよりもWoods自身の人生に当てはめて作られているものが多い。彼女はEartha Kittの確固たる自信、Frida Kahloのロマンティックな関係性におけるバランス感覚を憑依させる。Zora Neale Hurston は彼女に、「いろんな自分があっていい」ということを思い出させる。様々なテクストや思想家からの引用して作り上げたこの『LEGACY! LEGACY!』はそれを聞くとなんだか難解そうだが、実際はハチミツのようにとろとろである。Woodsの声はリッチで柔らかく、感情に関する真実に根ざしたこと作品はそれに親しみやすさと即時性を持たせている。–Vrinda Jagota

Part 3: 180位〜171位