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<Bandcamp Album of the Day>Kathleen Edwards, “Total Freedom”

いつまで続くかわからない封鎖状態に世界全体が陥ったまさにその年に、このカナダ人カントリー・ソングライターが活動を再開したことに、Kathleen Edwardsの長年のファンであればダーク・ユーモアを見出すことができるだろう。彼女のこれまでのキャリアはーー楽曲の中に登場するキャラクターたちに至るまでーー運が悪いということで特徴づけられる。2002年のデビュー作『Failer』、それに続く2004年の『Back to Me』によって、Edwardsは社会の周縁に押しやられた人たちを、同情と正確さを持って描くことのできるソングライターとして現れた。『Failer』の1曲目の “Six O’Clock News” は、2階建てのアパートに銃を持って立て篭る男と警察の間の膠着状態を描いた楽曲だが、彼女が描きこむディテールによってそこから汗と火薬の匂いが立ち上ってくるほどだ。自分自身について書くときの彼女は、その運命論はひねくれた、控えめなエッジを持っている: 想像上のロックスターの彼氏には「ヒット曲を書けばあなたに媚を売れる」「酔いが冷めない女なんて誰も好きになってくれない」と歌う。抜け目のないこの曲のタイトルはEdwardsのキャリアの縮図である。“One More Song the Radio Won’t Like(ラジオが好まない曲をもう一つ)”。

痛烈なウィット、感覚描写の鋭さ、そしてブラック・ユーモア。彼女はこれまでの3枚の作品の中でこういったものを組み合わせ、そのクオリティを保ち、Miranda LambertやAshley Monroe といった、似た精神を持ったアーティストたちの躍進の土壌を整えた。しかし、Edwardsのアルバムは商業的には無視され続けた。そこで、敏感なアーティストらしく、彼女は作戦を変えることにした。2011年に彼女は『Voyageur』をリリースする。この作品は当時の恋人であったJustin Vernonによってプロデュースされ、トゲのあるユーモアとカントリー風のリフの代わりに、ソフトなポップ・ソングと心象風景に焦点を当てたものだった。リスナーは肩をすくめ、アルバムはまたしても空振りだった。それから7年後、『Golden Hour』という名前のアルバムが全く同じ手法で作られ、そのアルバムはあらゆる年間ベストアルバムで上位にランクインし、グラミーの最優秀アルバムに選ばれた。熱心なEdwardsのファンにしてみれば、この世界で最も優れたソングライターの一人に光を当てないままにしておくような、不条理な宇宙規模の陰謀があるのではないかと感じずにはいられなかった。だからこそ、彼女が2014年にすべてを諦めて地元オタワにコーヒー・ショップ――皮肉にもその名前は「Quitter(=仕事をすぐ辞める人)」だった――を開いたとき、彼女を責められる人がいただろうか?のちのインタヴューの中で、彼女は音楽界に復帰することなど考えられなかったと語っている。

そして今回、そのインタヴューから5年が経った今、彼女のカムバック作『Total Freedom』はこれまでの作品の中で最も内省的な内容となっている。ミュートがぴしっと決まった、水彩画のようなポップなサウンドは家の中で長い時間を過ごすこの時期にぴったりである。『Total Freedom』で、Edwardsは自分の人生を吟味し、その繊細さと時に自己非難的な感覚で持って、その中で見つけたものを表現している。冒頭の ”Glenfern” デコの作品のトーンが設定される。この中で彼女は元夫であり以前のバンドメンバーであるColin Crippsに対して、共に過ごした時間に対する感謝を表明しながらも、音楽業界にチクリとトゲを刺す。“Now when I find myself looking back, I think of all the cool shit that happened/ Like, we had a tour bus with a bed in the back/ We bought a rock and roll dream—and it was total crap(こうして過去を振り返って見えると、これまで経験したクールなことが思い出される/ベッドが付いたツアー・バスにも乗った/私達はロックンロール・ドリームを手にした――そしてそれはゴミみたいなものだった)” と。一生続く友情に捧げられた優しい賛歌 ”Simple Math” では、彼女は世代間に流れる時間の経過を歌っている:“Building forts in cedar trees/ Ice cream, banana seats/ Everything and nothing changes/ And now we are our mothers’ age(杉の森の中に秘密基地を作って/アイスクリームや自転車なんかがあったりして/すべて変わっていくし、何も変わらない/そして今私達は母親になる年になった)”。“Who Rescued Who” はEdwardsの飼う救助犬に捧げられたラヴ・ソングで、“Options Open” では輝くスライド・ギターのフックに乗せて、Edwardsが自身の未婚のステータスを誇らしげに歌う(“For 39 years, I’ve been keeping my options open”)。

過去のEdwardsのような辛辣なウィットもときおり現れる。しかし全体的に見て、『Total Freedom』でのEdwardsは思慮深い。楽器のサウンドは楽曲の背景でに緩やかに行き渡るような一束の音になるように扱われていて、初期の作品での砂利道のようなアメリカーナというよりはきちんと織り込まれたものになっている。静かに崩れていくような “Ashes to Ashes” にはアコースティック・ギターの囁きと綿のような空気感だけで構成されていて、“Hard on Everyone” はWar on Drugs風の豪快さを持ち、ギターはまるで窓ガラスについた雨粒のように流体的で形を持っていない。『Total Freedom』で何よりも際立っているのは満足感のあるサウンドである。Edwardsの初期の作品には、これから目立っていうこうとするアーティストにありがちな性急さがあった。『Total Freedom』では挫折と苦い思い出は不思議に思う気持ちと知恵へと移り変わっている。この作品は注意深く演奏され、どっぷりと浸かり、静かに考え込むための作品である。その意味で、Edwardsにようやく時代が追いついたと言えるかもしれない。

By J. Edward Keyes · August 19, 2020

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