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<Pitchfork Sunday Review和訳>Devin the Dude: Just Tryin’ Ta Live

 

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Rap-A-Lot / 2002

Devin Copelandはラップよりもブレイクダンスに熱中していた。テキサスを渡り歩いていた1980年代中盤、彼は目に入ったダンス・クルーであればどのクルーとでも繋がりを持つことが出来た。ありのままの彼自身でいることは、彼が思いつくようなどんな誇大なペルソナにも勝るものであった。彼は落ち着き払った、愛すべきならず者であったが、ヒューストンの友人たちが知っているところのこのDevinはScarfaceの “Hand of the Dead Body” のミュージック・ビデオによって全米に紹介される人間とは異なっていた。そこに映っているDevinは、ScarfaceとIce Cubeを擁護するプロテストが一帯で起こっている中、卑劣な強盗としてパトカーの横に立っている。これがDevin The Dudeが今後7年間の間で最もシリアスになっている瞬間である。

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Devinは常に「the dude(=やつ)」だった。カラフルなキャラクターが多く在籍したRap-A-Lot Recordsの長い歴史の中で、ヒップホップにおける理想的なスター像に決してフィットすることのない、ただのキャスト・メンバーであった。彼はScarfaceのような謎めいた雰囲気も、Bushwick Billのような爆発的なステージ上の人格も、Big Mikeのようなブラント裁きも持ち合わせていなかった。彼と彼のグループであるOdd SquadーーJugg Mugと盲目のラッパー、DJ Rob Questが参加した、不適合者たちが親友と鳴って結成されたパンピー3人組ーーはRap-A-Lotのすべての伝統的論理を拒み、挑戦した。彼らは面白おかしいクラスのお調子者で、サンプルやインストゥルメンタルをいじくり回して愉快な唯一のアルバム、『Fadanuf Fa Erybody』(1994)を発表した。The Odd Squadのサウンドはヒューストンのざらついた雰囲気に接近することはなく、代わりにMilt JacksonやThe Crusaders、The Five Stairstepsの知る人ぞ知るサンプルを用いていた。東海岸のブーン・バップのようでもあり、セックス(“Your Pussy's Like Dope”)やウィード(“Rev. Puff”)についてのジュヴナイル・ラップでもあった。アルバムは大失敗に終わり、Rap-A-Lotはその後、Scarfaceの『The Diary』に全リソースを注入していくことになる。Odd Squadの2作目の夢がレーベルによって立ち消えさせられると、Devinは自分の力だけで十分だと決心するに至ったのである。

わざとらしく、絶妙に名付けられたDevin the Dudeのセカンド・ソロ・アルバム『Just Tryin' Ta Live』発表への道のりは、まるで彼がスターダムへの準備をしているかのようだった。Scarfaceが1998年に発表し、やがてカルト・クラシックとなっていく『My Homies』に収められたセックス・アンセムである “Fuck Faces” のコーラスに参加し、その一年後にはDr. Dreの弟子であるMel-Manと一緒になったライブでDevinを見かけたDreが、爆発的ヒットを収めたアルバム『2001』の “Fuck You” に参加してくれと声をかけた。ストーナー・コメディのサウンドトラックに引っ張りだこだったヒューストンで人気のウィード・ヘッドは、いきなり街の外側でも知られるようになったのだ。彼は2017年Noiseyの取材に対し、「自分のことをスターだと思ったことはなかった。みんなと一緒だと思ってたし、女をゲットできないときだってあった」と語っている。

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Devinのデビュー作『The Dude』(1998)は『Fadanuf』のひょうきんな雰囲気を、ScarfaceやOdd Squadその他のヴァースでくるんでパッケージしたものだった。作品にな “Fuck Faces” でDevinをスターに仕立て上げたような、粗野でセクシュアルなユーモアをすべて持ち合わせていたが、アルバムが進むにつれて平らにならされてしまっていた。Devinはこの『Just Tryin' Ta Live』でユーモアよりも音楽に重きを置こうと考えていたようで、2002年のMTVとのインタビューの中でアルバムにはもっと「シリアスなリフ」が含まれていることをほのめかせていた。Devinのサウンドの世界観――グリーンで、靄がかっていてファンキーな――には、よりディープな意味を含むスペースも持ち合わせていた。

そしてよりシリアスになろうとする試みの中で、Devin the Dudeは彼の隠された力をアンロックした:ヒューストンの同期たちのだれよりもリアリスティックな瞬間を作り上げる力だ。『Just Tryin' Ta Live』は聞いているあなたがDevinのようになりたいと切望する必要すらない種類のラップ・アルバムである――だって彼はハイになっていて、魅力的な存在ではないからだ。これは穀つぶしによる60分間に及ぶ音楽作品で、ナレーターは日がわりでだれが務めたっていい。チャーミングさと自信によって、Devinはくそみたいな車を持つことですら肯定してくれるのだ――車を持っていさえいれば、その時点で勝ちだ。ほかのヒューストンのラッパーたちはマフィオーソのファンタジーに耽溺し、資本主義的なフレックスに終始していた。Devinが生きる世界は過酷なものだったが、それでも彼はそれをのんきにやり過ごしていたのだ。

アルバムの最初では、『Just Tryin' Ta Live』はDevinの将来のすーたースターというステータスと、彼の親しみやすい怠け者という性格のバランスを取ろうと試みている。そこでは世界で一番、ましてや近所で一番のラッパーになることよりも「ハッパとビール」で頭がいっぱいな男、というDevinの平平凡凡な青年というペルソナが磨き上げられ、拡張されていた。そのことを作品にしたり、そういうアプローチをとることのできるアーティストは限られていた中で、Devinはアルバムを丸々一枚使ってそれに取り組んだのである。1曲目の “Zeldar” は空間と時間を超えて旅をするエイリアンが、ウィードを吸って不安を解消しながら浮浪人であり続けるさまを想像している。「フッドに入れば/歓迎はされるが全然平気じゃいられない/いろんな肌の色が様々、俺のことを変人のように見てくるんだ」。Devinが楽しみを振りまく中、その周りをプロデューサー=Domoのピアノとカートゥーンサウンドエフェクトが飛び交う。「俺の名前はZeldar、買い物はWalmartに行く」。

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彼は名声の持つ高みに憧れているかも知れないが、平凡な生活にも楽しみを見出している。ゆったりとしたテンポのファンク・オデッセイ “Lacville '79” は、Devinが近所のゴシップを小耳に挟みつつ、彼の愛らしいオンボロ車のせいで疎まれるという展開を見せる。1979年式キャデラック・セヴィルという彼にとっての外世界への出入り口がある限り、彼は頑張ることができるーーたとえ汚い警官が彼のダッシュの下の隠し場所をしっていたとしても、通行人がそのボロボロの車をジロジロと見てきたとしても。“Go Somewhere” で、彼は自分がDr. Dreのアルバムに参加している人間であるにも関わらずクラブのエントランスで止められて中に入れさせてもらえなかった夜のことを酔っ払いながら愚痴る。「ドアのバウンサーは俺が入るために嘘をついていると思ったのさ」とラップし、やがて「お前がラッパーなわけない、だってゴールド・チェーンやダイアモンドはどこなのさ?」と詰め寄られる。

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『Just Tryin' Ta Live』が外部の視点を取り入れようとする瞬間は、中途半端で自虐的なラップと比べてより耳障りなものだ。“Some of 'Em” では、Xzibitが特定の名前を挙げずに敵を攻撃し、Nasは3人の有名なMikeーーJordan、Jackson、そしてTyosnーーに対するメディアの詮索やレイシズムを糾弾する。そのような野心がDevinには欠けている。彼の世界観は自分の生存を中心に形成されている。彼の世界の主人公は、ただそれが楽しい仕事だからラップが好きなのである:吸って、ヤッて、飲むこと。ときに彼はその3つすべてを遂行することに成功した。

Devinは自身を、何にも繋がれていないフリー・セックスを愛する罪人、一つのものにずっとコミットすることのない放浪者として描いている。しかしそれがパーティー・アンセムのように聞こえないのは、その直ぐそばにリッチであることと貧乏であること、そして幸せの媒介物を探し求める彼のリアルタイムな苦しみがあるからだ。これらのすべてが表現されているのがアルバムの象徴的な瞬間、DJ Premierがプロデュースした “Doobie Ashtray” だ。彼のトレードマークであるスクラッチ、眠たいギターの音色、そして深海のようなベースラインの中で、Preemoは子供時代を過ごしたテキサスのルーツを使って、Devinと一緒にモダン・ブルースを奏でている。「リッチなやつは一気に全てを失って、どこにも行き場がないように感じることがある」Devinは2002年、MTVにそう語っている。「でもそれほど多くを持っていないやつは、一本のジョイントを失っただけで自分が取り残されたかのように感じるかも知れない。この曲はその事跡どう向き合うかということを問うているんだ。お前の次のステップはなんだ?って」紛うことなきストーナー・クラシックである “Doobie Ashtray” は、Devinの哲学の中心にある問いを投げかけている:Are you more with less or less with more?

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平凡な人間としてのラップスターになりたいというDevinの欲求はScarfaceに由来する。Odd Squadの唯一のアルバム『Fadanuf Fa Erybdody』をオールタイム・フェイヴァレットに挙げてくれる彼の存在なくしては、Devin the Dudeのソロ作は生まれなかった。それこそがこの二人の男の物語ーー一人はこの世界に引力と裏切りを見て、もうひとりはそれによってだめになった者を見て、その消耗を望まなかったーーが絡み合っている理由である。それがヒューストン・ラップの<道>である:社会の闇を歌い、それが自分にどう影響しているかを語りたがる頑固なラッパーもいれば、ただその社会の内部で生きて満足したいと思う者もいるのである。

ウィードの霧の中で一匹狼として生きる諦められた日々の楽観主義はタイトル曲と最後の曲で急に終りを迎える。膨れ上がったギターとドラムの上で、Devinはその安全地帯から飛び出してたいという欲求をラップし、最後になってまた態度を和らげる。「俺はただ、ヒットを飛ばして生活ができればいいと思って書いていたんだ/でもそれを嫌がるやつもいた」と彼は振り返る。「でも…そんなことはマジで関係ねえ」。これは映画のクライマックスであり、誰にも邪魔されず悪癖の中で人生を楽しむことを心情としていたDevinはそのプレッシャーに潰されることを拒むのだ。彼は決心する。自分自身でいることで、誰かになろうとするよりももっとクリアな状態になれるのだと。

『Just Tryin' Ta Live』はDevin the Dudeが自分の信じることを信じぬく物語である。運命は彼の友達でありファンであるDr. Dreや彼のアイドルの一人、Too $hortを見つけたのと同じようにはDevinのことを見つけてはくれなかった。このアルバムの作者は名声のことを、昼の仕事の副産物に過ぎないと捉えている。彼はキャリアの中でその明確なアウトラインを持ち続けていく:ラップを謎めいたペルソナとしてではなく、職業と考えることの簡潔さ。そのスタイルは、Larry June、Curren$y、Le$といった、ラップして、吸って、クールなシットを楽しむだけの自立した男たちという弟子たちを巻き込んでいった。『Just Tryin' Ta Live』でのDevin the Dudeは誰しもの手が届くところにいる:人民による人民のための男であることこそがお金では買えない名声であることを彼は知っていたのだ。

BY: BRANDON CALDWELL
JANUARY 31 2021

pitchfork.com