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<Pitchfork和訳>Sen Morimoto: Sen Morimoto

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得点:7.7
筆者:Steven Arrovo

Sen Morimotoの音楽は開かれた本である。私小説的で断片的な歌詞と、幾重にも重ねられたハーモニーが積み重なっていって彼の動的なジャズ・ラップが出来上がる。しかもそれは重たい本だーーもしかしたら、百科事典くらいに。子供の頃からジャズ・サックス奏者だったMorimotoは、出生地である京都からマサチューセッツの小さな町ーーそこで彼はヒップホップと出会うわけだがーー、そして現在のホームであるシカゴに至るまでの道中で様々な楽器や音楽理論をぺろりと平らげてしまった。もしくはそれは電話帳かもしれない。ここ数年だけに限ってみても、Morimotoは実に幅広い分野のアーティストとコラボレートしてきた。ジャズ・アンサンブルのResavoir、ポップ・シンガーのKAINAから、Ric WilsonJoseph Chilliamsと言ったラッパーたち、そしてLala LalaVagabonといったインディー・バンドまで。

この7月、Morimotoはその率直さを新たなレベルまで引き上げた。シカゴ市が彼を「Millennium Park at Home」というヴァーチャル・シリーズに招いた際、Morimotoはそのチャンスを使って市長を糾弾したのだーーそして即座に出演を取り消されてしまった。「私は、100000人以上による、警察予算の削減とCPAC(市民警察説明責任会議)の制定を求める抗議に対して、Lightfoot市長と選挙で選ばれた職員たちが何の行動も起こさなかったことに非常に失望していることを付け加えたいと思います」と彼は投稿された映像の中で語っている。氏は彼にその生命を取り消すチャンスを与えた:しかし彼は拒否し、同胞のTashaと共に不参加を決めた。

Morimotoのセルフ・タイトル作である2枚めのアルバムの歌詞の中にも失望が染み渡っている。彼は皆が木星を目指して旅立つ未来を想像している:幸せを装うことに疲れて、飼っている犬を驚かせてしまうほど大声で泣いてしまうことについてラップしている。しかし聴いていてもそのことには気がつかないかもしれない。なぜならば音楽的に作品の支配的なムードは至福で執拗に活発なものなのであるーー悪いニュースが立て続く、今年の退屈で灰色な苦しい日々なんかよりも、幸せな白日夢を思わせるようなものである。このアルバムのサウンドは徹底的に楽観的である:彼のことを全く知らずに聴けば、彼は数カ月間木星に実際に住んだことがあるのだろうとすら思うかもしれない。

Morimotoはその自由な想像力を駆使して、鮮やかな色彩と節くれだったコード構造で爆発するダブル・アルバムを埋め尽くしている。そこに多くのゲストも参加している:そのうちのいくつかは楽曲そのもののクオリティというよりは友人たちと作業をすることに対する愛を実現するために機能しているのだが。彼のデビューアルバム『Cannonball!』は引き算(込み入った楽曲の部分部分を作ってからそれを一つずつ削ぎ落としていった、と彼は語っている)によって作られているのに対し、『Sen Morimoto』ではすべてを詰め込んだ、といった感じだ。より大きなドラム・サウンドと豊かなビートが前作の無骨なブーム・バップの推進力に取って代わっている。楽曲は鍵盤や機械音の雨粒によって溺れることはなく、洗い流されているといった印象だ。

ここでの一番の驚きの一つは、アルバムの最初と最後を除いてはMorimotoがサックスを自宅に置いていっていることだーー彼は一曲めで車のアラームを鳴らしてしまうほどのヴォリュームでそれを鳴り響かせ、最後の曲では上昇していくようなフレーズをスピンさせているが、ほぼそれだけである。その代わり彼は他のツールに枝葉を広げ、様々なギターやシンセ、プロダクション技術など、生ドラム以外の全てを手懐けている。しかしアルバムの中で最も危険で、そして最も優れた瞬間は彼が歌っている時に訪れる。彼は “Wrecked” では全力でクルーナー歌唱法を、そして涼やかなハイライト曲 “Symbols, Tokens” では砕けた調子で、2、3余計なステップを登りきって荘厳で報いのある音色にたどり着くまでハーモニーの塔を上がっていくなど様々なトライをしている。“Everything reminds me of you(=すべてが君を思い出させる)” と彼は歌う。この曲はオープンカーで歌われる、異世界でデジタル化された “God Only Knows” のように聞こえる。

彼が鋭いひねりを加えるたびに、Morimotoはオリジナリティ・ポイントを獲得していくーーそれが着地するかどうかに関わらず、それらは間違いなく、確固たる態度で「そこにある」感覚をもたらしている。そして彼の楽曲の進行やアレンジは息を呑むほどの万華鏡的きらびやかさを持っているが、それは時にあまりにも多くのことが同時に起こっていると思わせるような効果を持っている。すると彼がインストゥルメンタル・アルバムを造ったとき、彼の歌声が涼しさを捨て去ったとき、あるいは歌詞に一点集中した時にどのようなものができるのだろうかと思わずにはいられないのだ。『Sen Morimoto』の弱点は、他の作品とはっきり異なる特徴と同じとこから湧き上がってくる:それは無限の可能性を感じさせる雰囲気である。