海外音楽評論・論文紹介

音楽に関するレビューや学術論文の和訳、紹介をするブログです。

Pitchforkが選ぶテン年代ベスト・アルバム200 Part 12: 90位〜81位

Part 11: 100位〜91位

90. Joyce Manor: Never Hungover Again (2014)

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3枚めとなるこのアルバムで、カリフォルニアのポップ・パンク・バンドJoyce Manorは持ち味のヒリヒリするようでふわふわとしたサウンドを蒸留し、パワーとメロディの極めて自然な一陣の風に仕立て上げた。これはよく整えられた、天井に向かって遠吠えをしたくなるような2分の楽曲を集めたコレクションであり、磨き上げられたプロダクションは年を取ることの屈辱に対する鋭い洞察として機能している。フロントマンのBarry Johnsonは「君の体は言う、『これでも十分じゃないって?』/君の脳は返す、『そんなの知ったことか』と」と歌う。辛辣に捉えられそうな瞬間もあるが、そこからはJohnsonからの共感をも感じることができる。その語り手は自己破壊的な行動を認識している。なぜなら彼もそれを知らないわけではないからだ。これは、その先に堕落が待っていることを知りながら、結果を気にせず自由や気持ちよさを思い切り吸い込む最後の一呼吸である。–Matthew Strauss

89. Caribou: Our Love (2014)

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Dan Snaithは2010年のアルバム『Swim』の成功について深く考え込むことはなかったようだ。少なくとも表向きには彼はその成功を真似ることについて苛立っているわけでも、秘技的て難解な作品作りに耽溺するわけでもなかった。その代わり、彼はあのアルバムへの反応を、人々は自分がやっていることを好いてくれている、と解釈した。その続きとして、かつての数学者は理性的なものからさらに解放され、心を開き、思わず体が動くようなひと組のラブ・ソングを贈ってきた。

歌詞はさして重要でないように見えるが、それらはマントラとして機能している。“Can’t Do Without You”は弛緩剤のようなフレーズである; 曲が終わるころには、「君は僕が考えている唯一のことだ」というSnaithの嘆願が、悲痛なほどの誠実さをもって感じられる。“Our Love“にも同じような効果があり、ベースが沈黙を埋め、複数の心臓が鼓動していることを示唆する。“Back Home“のマイナー調のメロディと歌詞がほのめかすように、それは必ずしも簡単なことではない。しかしそれが簡単なものであったなら、それは沈黙を保ったままだっただろう。『Our Love』は、自分が何を感じているのか伝えることがどれほど価値あることかということについてのアルバムである。–Jonah Bromwich

88. Jenny Hval: Apocalypse, girl (2015)

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 「セルフケア」という言葉がアメリカ人の語彙の中に定着したちょうどその頃、Jenny Hvalは5枚目となるこの作品で「自分自身の面倒を見るとはどういうことだろうか?」という戸惑いを口に出して歌った。静かなエレクトロニック・ビートが不吉なものに変わると、このノルウェーの音楽家は資本主義/家父長制によって定められた美の儀式から自分の汚い手で自分を触りたいという欲求まで、幅広い選択肢に真正面から取り組んでいく。それはこのアルバムをよりスリリングにするための教訓と重要事項の並列であり、『Apocalypse, girl』はこんにちに至るまでの彼女の地位を確立した業績である—フェミニストの大きな疑問と子供の頃熱に浮かされてみる夢を等しく探索し、奇妙なアンビエントサウンド、ラウンジ・リザード・フォーク、そして一人で歌われるグレゴリオ聖歌などのサウンドの間を飛び回る、気前の良い作品だ。Hvalは「望むものなんでも消費することができる」という意味の、ボンゴが印象的な女性の進歩についてにんまりと笑う“That Battle Is Over”は一聴して際立って聴こえる楽曲であるが、キリスト教への献身や早熟な精神的/性的思考について事細かに語っているよりゆるい楽曲ではHvalの魅力的な声をひけらかし、その素晴らしさを段階的に明かしていっている。『Apocalypse, girl』を解釈することは冒頭のHvalの問いに答えるのと同じくらい難しく、常に揺れ動くものなのだ。–Jillian Mapes

87. Rae Sremmurd: SremmLife (2015)

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 Rae Sremmurdは、ラップ界にまだDrakeやFutureのムーディな厭世感が漂っていたころに登場し、そのめまいのするような快活さをより強く印象付けた。Swae LeeとSlim Jxmmiの兄弟はラップでの成功を押し付けられた義務ではなく、コミカルでなんだかすごいファンタジーが現実になったものだと捉え、ハウス・パーティーからストリップ・クラブ、スケート・パークといったロケーションに等しく似つかわしい盛り上がるための音楽を、ベッドバングとハイファイヴをしながら作り上げた。プロデューサーのMike WiLL Made-Itが弟子たち(「Rae Sremmurd」という名前は彼のタグ「Ear Drummers」を逆から読んだもの)のためにこの銀河的なからくり屋敷を作り上げたが、それを売ったのはこのデュオの豪遊そして安全なセックスのための情熱であった。–Evan Rytlewski

86. Haim: Days Are Gone (2013)

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 Haimを聴いてどんなアーティストを想起するかによって、その人の世代がだいたい分かる。Fleetwood Mac?Wilson Phillips?Paula Cole?そんな事が起こるのは、彼女たちがまるでそれが神聖なる教会法であるかのように何十年分ものAAAラジオを勉強し、その成果を一枚のアルバムにすべて要約したからだ。『Days Are Gone』はそのソフト・ロック的なモードによって優れている。このアルバムにはコミットメント恐怖症、優しく燃え上がる恋愛関係、そして行儀は良いがそれでも感動的な失恋などについてのシンガロングが満載である。そして決定的なのは、黙殺されてきた怒りとGarage Bandのデモ・ソングのデフォルトのタイトルからパワーを得た“My Song 5”のような軽率で気まぐれな瞬間も収められているということだ。歌詞は的を得ていて編曲にはノスタルジックな靄がかかっていて、その両方がこのHaim姉妹たちの飾らないチョップを際立たせている。彼女たちはまた、Vampire Weekendなどのセッション・ミュージシャンとしての活動も行い、このディケイドのロックを彼女たちのイメージに塗り替えていくことになる。–Katherine St. Asaph

85. Jessica Pratt: On Your Own Love Again (2015)

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この『On Your Own Love Again』はどこか別の、 切実で夢想的な空間から差し込んできたように感じる。ギターや彼女の声よりも、Jessicaは浮遊感のあるメロディを届けてくれる。それは簡素で冷淡であるように聞こえることもあるが、温かく不眠症的に響くこともある。しかしそれは常に全く痛みとともにある。彼女の楽曲は悲しみに対する普遍的なシェルターになってくれる。それはLeoeard Cohenや彼女のレーベルメイト(Drag City)であるJoanna Newsomに通じるものがある。“Jacquelyn in the Background”での突然のテープ・ワープであれ、“Back, Baby”での一人ハモりであれ、Prattの時に気取った声であれ、『On Your Own Love』はそれ自身のための空間を作っていて、それは光の加減によって変化していく。–Jesse Jarnow

84. Chance the Rapper: Acid Rap (2013)

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 ミックステープとアルバムの違いはもうすでに消えかかっていたが―少なくともラップのリスナーから見れば、だが―2010年代になるとそれは完全に消滅し、Chance The Rapperほど熱狂的にそれを活用したものはいなかった。厳密に言えば2枚目のミックステープとなるこの『Acid Rap』を出したときこのシカゴ出身のMCはたったの20歳だったが、この作品はすぐさまクラシック“アルバム”と感じられるようになった。彼は2012年の入り組んだ作品『10 Day』においてその有望さを示していたが『Acid Rap』によってその掛け金はめまいがするほどの高さになった。Chanceのマンガ的な鳴き声はタバコを燃やしてしまうようなシンガロングから「タバコを持ち歩くアクロバット」をラップする曲までを自由自在に飛び回る。彼は同じシカゴのドリル勢と同じような銃暴力と接しながらも、このプロジェクトを奇妙で豊かなものにすることに成功した。さらに彼は、地元の早口ラッパー・Twistaやジャンルの境界を取っ払う同志・Childish Gambino、そして当時まだ無名の新人だったNonameなど、意外ながらも充足感のあるゲストたちにも助けられた。『Acid Rap』によって彼はスターとなったのだ。–Marc Hogan

83. Burial: Rival Dealer EP (2013)

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William Bevan(a.k.a. Burial)はかつてこの「Rival Dealer』を「誰かにとって、自分を信じる手助けになるような、反イジメの楽曲」のコレクションであると解説した。ジメジメした、曇天のような彼の音楽性を鑑みると、このアイデアはいささか直感に反するが、この音楽がどんなことについてのものであれ、ここに収録された3曲はどれもこのロンドンのプロデューサーの旅立ちを飾るものとなっている。『Rival Dealer』は『Kindred』、『Turant/Rough Sleeper』に続く、3つのEPによる連作の最終作となっている。タイトル曲は叫び声を模したメロディーで幕を開け、やがてより柔らかなヴォーカルとビートにクールダウンし、そしてゴージャスなメジャー・キーの光のプールへと開かれていく。“Hiders”はほとんど過度な感傷主義ような幸福感へと舵を切るが、最後の曲“Come Down to Us”はLana Wachowskiによる「かつては想像不可能だった異なる世界」についての感動的なスピーチをサンプルしている。Burialの音楽はそれまでムーディーさが取り沙汰されることが多かったが、この『Rival Dealer』は彼の音楽はより高尚な目的をも供するものであることを証明した。–Jo Livingstone

82. Girls: Father, Son, Holy Ghost (2011)

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インディー・ポップなデビュー作で将来を約束されてから2年後、Girlsは2枚目にして最後のアルバム『Father, Son, Holy Ghost』によって自分たちを完全に定義し直した。今やChristopher OwensとJR Whiteによる素朴なプロジェクトは豊潤で、レーザー・ショウがよく似合う70年代風のクラシック・ロックを入れる容器になっている。しかしこの作品はOwenの愛すべき「やらかしてしまう」ペルソナの中に埋め込まれた傷ついた感情により光を当てる作品にもなっている。このアルバムの痛烈な中心的楽曲“Forgiveness”は8分間の懺悔室とでも言うべき形式をとっていて、これまでに彼が悪事を働いてきたもの、そして彼に悪事を働いたものを互いに免罪しあわせてほしいと嘆願する―そしてこの静かでアコースティックな聖歌が叫ぶようなギター・ソロに盛り上がっていくとき、それは無根拠な技術のひけらかしではなく、過去のトラウマを克服するのに必要な莫大な努力と痛みの身体的な表出のように感じられる。この作品をリリースした1年後Girlsは解散し、その突然のニュースは多くのファンにショックとともに受け止められた。しかし後知恵で考えれば、我々は驚くべきではなかったのかもしれない:『Father, Son, Holy Ghost』はやりたいことをやりつくし言いたいことを言い尽くしたバンドの純朴なポートレイトのような作品だからだ。–Stuart Berman

81. Solange: When I Get Home (2019)

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この『When I Get Home』のインタールード“Cain I Hold the Mic”の中で、Solangeは自分の中のいろいろな異なる部分を讃えることについて主張している:「私は一つの表現では表しきれない。色んな部分やいろんな空間があって…」彼女の思考は薄れていきながら、子のリストは永遠に続くように思われる。単一の存在の中に無限の存在があるということがこのアルバムを通じた主題となっている―特に彼女が多様性の街、故郷・ヒューストンについて歌う時に。Solangeはこの街の眠たげな感じに浸したチョップド&スクリュードされたヒップホップにニュー・エイジ風の光り輝くシンセをまぶした、大味でアレンジされたソウル・ミュージックでその広がりを体現した。“Almeda”では彼女は“brown”という言葉をまるで呪文のように用い、その繰り返しは最後にはブラック・カルチャー―黒い蜜、黒い波、黒い液体、黒いその他のもの―の神聖なるシニフィアンを解き明かす。 –Michelle Kim

Part 13: 80位〜71位