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Weekly Music Review #7: SPARTA『Count Your Blessings』

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今年『フリースタイル・ダンジョン』が終了したことに象徴されるように、日本のヒップホップは爆発的なブーム期を終え、若年層にしっかりと浸透した定着期に突入したように感じる。
 日々若くてフレッシュなラッパーが世に羽ばたいているが、いかんせんシングルやEP単位でのリリースが多く、このコーナーでも候補10作品の中に1〜2枚入るか入らないかという状態が続いている。そん中、今回コーナー初のジャパニーズ・ヒップホップ作として取り上げることになったのはSPARTAの2ndアルバム『Count Your Blessings』だ。

昨今の最大潮流「ネオ文化系」

ではそんな今、一番聞かれている日本のヒップホップがなんなのか、と問われれば、おそらく一番広く聞かれているという意味では「ネオ文化系」であるだろう。
 「ネオ文化系」というのは今回ぼくが勝手に名付けただけで、世間的にこう呼ばれているわけではない。どういったアーティスト群を指すかと言うと、「ストリート感をスタイリッシュに取り入れた、少しナードな部分のあるクールなヒップホップ」とでも言えるだろうか。『POPEYE』に乗ってるタイプ。PUNPEEやBIM、VaVa、KANDYTOWNなど具体的なアーティストの名前を挙げればわかりやすいだろうか。サウンド的にはメロディアスで聴き心地がよく、(ぼくがあまり好ましく思っていない)「エモくて」「チルい」音楽として消費される傾向もある。
 これはおそらく(リアルタイムで聞いてはいなかったのでなんとも言えないが)BIMも所属するTHE OTOGIBANASHI'SやPSGのPUNPEEやs.l.a.c.k.などが登場したゼロ年代の終盤から10年代初期にかけて土台が作られていったものではないかと思う。そこに現在までつながる「シティ・ポップ・ブーム」が到来して「チルい」音楽に火が付き始めた。そんなタイミングで発表され、一種アイコニックなアルバムになったのが唾奇とsweet williamによるクラシック・アルバム『Jasmine』(2017年)だったのではないだろうか。

 

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爽快感のある完成度

本作にゲスト参加しているラッパー/プロデューサーの布陣を見るだけで、彼がこの「界隈」であることがすぐに分かる。KID FRESINO、BIM、VaVa、KM。
 もともとスケーターを志していたものの怪我で断念、その後映像制作を志し上京。「ラップのMVを撮りたかったが周りにラッパーの知り合いがいなかったから自分で作った」のがキャリアの始まりだという。その一方で映像制作も続けているようで、先日も映像作家/漫画家のGhetto Hollywoodのインタビューの中でアシスタントとしてSPARTAの名前が挙がっていた。


もちろん日本のナード的なヒップホップを遡ればスチャダラパー的なものにも行き着くわけだが、スチャダラパー的なものが「カッコつけること」に対してひねくれたアプローチ(避けたり、カッコつける自分を俯瞰で見たり)をしていたのに対し、「ネオ文化系」は積極的にカッコつける、あるいは自然体(風のスタンス)でカッコついちゃっているという点でそことは断絶していると思う。むしろ海外のオッド・フューチャー勢と共振するようにファッション、スケーター文化、映像制作など総合的なクリエイティヴィティを発揮していくことになる(CreativeDrugStoreがそのいい例だ)。
 しかしこのシーンも一時のような熱狂も一段落し、「定着期」に入ってきた。似たようなサウンドを志すラッパーやグループも増えてきて、目新しさはあまりない。正直、SPARTAのこともアルバムを聞くまで「またこの一派ね」と思って舐めていたところもある。

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昨年に1st『3』をリリース後、10月には今回のアルバムにも収録されているKID FRESINOを招いた ”ALIEN” を発表し、12月には復活した雑誌『Ollie』の表紙を飾る。

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こんな勢いで注目を集めたにもかかわらず意外とそこまで知られていないのが不思議で、”ALIEN” はKID FRESINO効果もあってかYouTube36万回再生だが、今回の『Count Your Blessings』の先行曲である ”Fresh” は2.2万回にとどまっている。

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Jackson 5の ”I Want You Back” を彷彿とさせるピアノのイントロにホーンがかぶさってくる展開は典型的な「グッドミュージック」的で、一瞬好きになれないかもしれないかもと思ったが、彼の妙に力の抜けた声とシンプルで飾らないリリックとフロウの圧倒的な「自然体感」に「おっ、これは」と思ったのだった。
 この曲ではKOHHを思わせるような2文字のシンプルな押韻を繰り返すスタイルでラップしているが、アルバムを通して聞くとそこにKEIJU、SALU風のメロディのきかせ方をする折衷的なスタイルの持ち主であることがわかる。

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ひらひら落ちる人生は嫌
家族の舵取る俺リーダー
ちっちゃい船今乗り込んだ
小さいお前仲間入りだ

1児の父である彼のリリックには彼の子供の姿がよく登場する。中でも印象的なのが ”Die” の中のこの1節。

お前のあくびうつった
生まれなかったらうつらなかった

こういうリリックをさらっとかけてしまうあたりは才能。
 アコギからはじまるダンスホール風の爽やかなビートに乗せて「見ない/見ない なんも/意味ない/意味ない 願望」と伸びやかに歌い上げるサビが印象的な ”Ganbo” はアルバム後半のハイライトだ。<KOHH以降>的とも言える歌詞のミニマリズムの極地は、下手するとただ単に「あまり何も言っていない曲」になってしまいがちだがそこも難なくクリア。
 KM、VaVaなどが手掛けるトラックも全体的に彼の素直さを殺さないようなフラットな味付けながらも、1stからクオリティがぐんと上がったように聞こえるのはこの部分大きな働きをしているように思う。

まとめ

特にドラマチックな瞬間こそないものの聴いた後に爽快感の残るこのアルバムは、くり返し聴くごとに耳に馴染んでいく。今年の日本のヒップホップはアルバム単位ではくり返し聞くことのできるような良作にあまり恵まれていないので(今の所)貴重。