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Weekly Music Review #15: 2 Chainz『So Help Me God!』

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2チェインズの「So Help Me God!」をApple Musicで

So Help Me God! - Album by 2 Chainz | Spotify

今回のレビューを書くまで、2 Chainzというラッパーについて深く考えたことはなかった。…と似たようなことをBig Sean『Detroit 2』評でも書いたが、2 ChainzとBig Seanは似ているところがある。両者ともにKanye Westとの親交が深く、数多くの有名ラッパーと共演していて、かなりの超人気ラッパーノブ類に入る存在でありながら、そしてシングルでビルボードの首位をとったことがなかったりする。

1977年生まれの43歳の彼は、2010年代に入ってから人気が爆発したためなんとなく実感がわかないが、活動開始は97年だからもう20年以上のキャリアを持つベテランなのである。Lil Wayne(38歳)よりも年上。同い年はKanye Westで、日本でいうと松たか子安室奈美恵なんかと同じ。こう書くとなんとなく実感が湧いてくる。97年デビュー組ということでいえばKinki KidsGLAYあたりと同期。

とはいえブレイクのきっかけは上にも書いたとおり、2011年に発表したミックステープ『T.R.U. REALigion』であり、翌年リリースされたデビュー・アルバム『Based on a T.R.U. Story』にはLil Wayne、Drake、Kanye West、Nicki Minajなどそうそうたる面々が参加、見事ビルボードのアルバム・チャート首位を獲得。30代なかばでBETの新人賞も獲得。一気にスターダムへと躍り出た。

2 Chainzが客演で参加した有名曲をざっと貼ると、

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という感じ。Big Seanと比べると、ちゃんと売れた曲というか、ヒップホップの歴史上重要な曲にも数曲参加してる。

彼の特徴はまずそのユーモアたっぷりの歌詞だろう。

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My girl got a big purse with a purse in it
And her pussy so clean, I can go to church in it!
(俺の女はバカでかい財布を持っていて、その中にも財布が入るくらいデカい
そんでアソコの中とくればそれはそれはキレイで、教会が建ってるんじゃね―かってくらい)

こんな歌詞、本物のバカじゃないとかけないんじゃないか。

音楽的な面でいうと、『Pretty Girls Like Trap Music』というアルバムを出しているほどで、割とトラップ寄りのダークなビートを使うことが多いのだけれど、ここぞというときにはソウルのサンプリングなんかを用いたムーディーでメロウなトラックも乗りこなす。要はかなり器用なラッパーで、思いっきりブーンバップ系のプロデューサー=Statik Selektahとやった曲もなかなか渋くて良い。

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でもこれまたBig Seanと同じように、これまでの2 Chainzはアルバムとしてのクラシックを作ってきたのかと問われると甚だ疑問ではある。そしてBig Seanは『Detroit 2』でアルバムというパッケージを通して<デトロイト>とう一つの物語を語り、アルバム・アーティストへの第一歩を踏み出したように思える一方、2 Chainzの6枚目となる最新作、この『So Help Me God!』はそうはなっていない、と言わざるを得ない(もちろんアルバム・アーティストの方が優れているとは言わないが、アルバムを評価するというこのコーナーの趣旨に則れば、ということ)。

このアルバム、ビートも別に悪くない、ラップも別に悪くない。別に地味な作品でもない(目立つ曲については後述)。でもインパクトという点においてはもう、からっきし皆無と言ってしまいたくなるほどなにも残らない。このあたりの世代のラッパーはその点苦しい戦いを強いられていて、毎日のようにフレッシュな才能が世間を驚かせている中で、自分たちもそういう若手に客演で呼ばれたりもしながら、自分名義の作品ではなかなかアッと言わせることができない。今年出たYGやT.I.、Futureのアルバムなんかもそんな感じだった。でもそんな中でもBig SeanやBusta Rhymesなど、中堅〜ベテランでも聴きごたえのある作品を出せる人もいる。ほんと、このゲームで生き残るのは難しいことなのだ。

そんな中でも印象に残った楽曲をいくつか紹介する。まずはLil Wayneをゲストに迎えた “Money Maker”。

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サザン・ユニバーシティのマーチング・バンドをサンプリングし、HBCU(=Historically Black Colleges and Universities。主に南部に多い、南北戦争以後に設立され、アフリカ系の学生に門戸を開いてきた大学)へのシャウトアウトとなっているこの曲は、何よりも金管楽器と打楽器のグルーヴが心地よくて、勝手に体が動き出す。ちなみに2 Chainzは196cmと長身なこともあって、HBCUの一つであるアラバマ州立大学にバスケットボールの奨学生として入学、卒業もしている。

そしてその次に収録されている “Can't Go For That”。

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Daryl Hall & John Oatesのヒット曲 “I Can't Go For That (No Can Do)” を引用したフックとビートが、彼のソフトな面を引き出している良曲。個人的にはこういう路線のほうが好みだったりするので、まるまる一枚これでやってくれないかな、とか思ってしまう。

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Rick RossとSkoolyをゲストに迎えた “YRB” は、彼のファーストの時期、そしてそれよりちょっと前のゼロ年代の匂いがちょっとノスタルジックに響く佳曲。こころなしか2 Chainzのラップも元気な気がする。

「みんなお前が死ぬのを待っているんだ」というリリックがショッキングな “Wait for You to Die”、そして死んでしまった仲間や売人時代のことを振り返りながら「今は正しいことをしているから神よ、われを祝福したまえ」と歌う “55 Times” と、最後の2曲には死や痛みについての言及が増えていて、厚みがギュッと増している。インタビューの中で「キャッチーな2 Chainzとしての面と、こういうダークで物語を語るような2 Chainzの面の両面がある」と語っていたが、そういう二面性は好意的に受け止めたい。でも、それをアルバムの中でもっとうまく聞かせる工夫とかないの?と少し不満も残る。そういうことをしない軽さが魅力の一分になっているのかもしれないし、難しいところだけど。

というわけで、あまりいいことは書けなかったけれど、それでもやっぱこういうビッグ・ネームのアルバムはチェックしてしまうし、チェックして損はないと思う。うん。