海外音楽評論・論文紹介

音楽に関するレビューや学術論文の和訳、紹介をするブログです。

Weekly Music Review #17: Juicy J『The Hustle Continues』

見出し画像を拡大表示

ジューシー・Jの「THE HUSTLE CONTINUES」をApple Musicで

THE HUSTLE CONTINUES - Album by Juicy J | Spotify

1973年、ニューヨークはブロンクスで産声を上げたヒップホップはその後現在に至るまで実に多彩なスタイルを生み出しながら成長・変化を遂げてきた。そして2020年の現在、その中心地は?と問われたとき、真っ先に思い浮かぶのは生まれ故郷〜青春を過ごしたニューヨークでもなく、パーティー三昧の反抗期を過ごしたウェッサイでもなく、荒廃と堕落の末に魂を再発見したサウスサイド=アメリカ南部である。ハイフィー、バウンス、チョップド・アンド・スクリュード、クランク、トラップ、そしてドリルといったGファンク以降のヒップホップのサウンド面の進化はアトランタ勢を始めとするサウスサイドが担ってきた。今回取り上げるJuicy Jはアトランタの西に位置するテネシー州・メンフィスでDJ Paul、Lord Infamousと共にThree 6 Mafiaを結成し、ヒップホップの歴史にメンフィスという街を書き足した紛れもないオリジナル・ギャングスタ(OG)である。

ニューヨークの高いビルがそびえ立つ空と水蒸気を吐き出す排水口の蓋がDJ Premierのクールなビートによく合うように、あるいは眩い陽射しと乾いた空気がDr. Dreの放つGファンクによく合うように、音楽というのはその土地の光景を切り取ってみせる。年中曇りがちで雨も多い田舎町のメンフィス。この街を初めてレプリゼントしたヒップホップ・ユニット=Three 6 Mafiaサウンドがとにかく陰鬱としたものであったことは自然な成り行きであった。

www.youtube.com

「メンフィス・ホラーコア」とも呼ばれたその独特なサウンドは、現在に至るまでメンフィスのヒップホップの決定的なイメージを確立した。その人気はローカルなものにとどまらず、“Stay Fly” や “It's Hard Out Here For A Pimp” と言った楽曲は全米でヒットした。特に後者はメンフィスを舞台に、一度は諦めたラッパーになるという夢を再び生き直そうとするドラッグ・ディーラーを描いたヒップホップ・ムービー屈指の傑作映画『ハッスル&フロウ』(宇多丸氏のフェイヴァレット・ムービーでもある)の主題歌であり、アカデミー賞歌曲賞を受賞した。どこからどう見ても田舎のヤンキーでしかない彼らがアカデミー賞の壇上に上る姿はいつ見ても痛快なので見て欲しい。

www.youtube.com

www.youtube.com

www.youtube.com

そして彼らのレガシーが次世代のラッパーたちにも受け継がれていることがよく分かるのが、2018年にシカゴのラッパー=G HerboがラジオでThree 6 Mafiaが2000年に発表した “Who Run It” のビートに乗せてフリースタイルを披露したところDrakeが絶賛するなど話題を呼び、その後もLil Uzi Vert、21 Savage、A$AP Rocky、CupcakKe、Trippe Red、Lil Yachty、Young M.A.などなど多くのラッパーがこぞってリミックスを出すというちょっとしたお祭り騒ぎになったことがあった。日本でもBAD HOPのBenjazzyがこのビートを完全制覇。

www.youtube.com

www.youtube.com

このように現役世代からの支持も熱いThree 6 Mafia。メンバーは流動的だったが常に中心となっていたDJ PaulとJuicy Jは今もガツガツと活動中で、このたびJuicy Jが3年ぶりとなるフル・アルバム『The Hustle Continues』を発表した。

www.youtube.com

First I got married to money, then to the game
I just got married again
You play with my wife and I'll blow out your motherfuckin' brain
Got a few sons in the game
But now I'm a father for real, this shit for my daughter
(俺はまず金と、そしてこのヒップホップ・ゲームと結婚した
そして三度また、本当の結婚をした
このゲームの中にも息子が何人もいるが
俺は今マジで父親、これは娘のためにやってる)

アルバム1曲目 “Best Group” で彼はこうラップしている。現在45歳の彼は2016年に結婚し2年後に娘が生まれているが、注目したいのは「このゲームの中にも息子が何人もいる」というライン。上で述べたとおり現役世代からのリスペクトが熱い彼の作品、そのゲストは今回ほぼすべて後輩ラッパーたちである。文字通り息子でもおかしくないくらいの年齢のラッパーたちとも肩を並べて、それでも全く遜色のないレベルのラップを披露しているのだから素晴らしい(中でもトリッキーなフロウを披露する “Dat What It Iz” はゲストなしの真剣勝負なのもナイス)。

ゲストはWiz Khalifa(33)、Lil Baby(26)、2 Chainz(43)、A$AP Rocky(32)、Conway(38)、Key Glock(23)、Young Dolph(35)、Logic(30)、NLE Choppa(18)、Megan Thee Stallion(25)、Ty Dolla $ign(38)、Jay Rock(35)、Project Pat(47、Juicy Jの実兄)。

歌詞の内容はドラッグに女に暴力と、古き良きギャングスタ・ラップといった感じだが、特にマリファナネタが印象的で、ズバリ直球なタイトル “Gah Damn High” (しかもゲストはWiz Khalifa)もあれば、「マリファナを食べすぎたかもしれない、死んじゃう、助けて」と911番に通報した音声で始まる(マリファナの大量摂取による致死量に必要なのは通常の使用量の1万倍とも言われており、ちょっとしたおもしろニュースである)“I Need That” などとにかくゴキゲンである。2回り以上年下で、現在メンフィスで最も勢いのあるラッパーの一人=NLE Choppaをゲストに迎えた “Load It Up” のMVでも栽培中のマリファナで覆われた部屋が登場。彼は今年8月に自身のマリファナ・ブランド=Asterisk*を立ち上げたこともあり、その宣伝も兼ねているのかもしれない。

www.youtube.com

そして驚くべきは、ラッパーとしてだけではなく彼はプロデューサーとしてもバリバリの現役で、今作も全曲のトラックを手掛けていることだ(一部共作あり)。現在のサウスのサウンドの原型を作り上げた張本人であるから当然といえば当然なのだが、90年代風のドラム・マシーンの音色を中心に、少し懐かしい雰囲気もありながらウワモノの使い方は完全に現行モードで非常に頼もしい。それだけ彼が90年代当時にやっていたことが未来志向でタイムレスなものであったということを約25年後の現在も自分の力で証明し続けている…なんて尊いんだ!

客演ばかりに呼ばれるのではなく自身名義の作品でも常にシーンの最前線とタメを張る…これがラッパーの理想の年の重ね方であるように感じるし、彼のような存在が稀有であることを考えるとそれはとても限られた人にしかできない偉業である。あっぱれ!!!