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<Bandcamp Album of the Day>Bill Callahan, “Gold Record”

Bill Callahanは飛行機で旅行することについて2つの素晴らしい楽曲を書いているが――2013年の『Dream River』に収録された ”Small Plane” と、2019年の『Shepherd in a Sheepkin Vest』に収録の ”747” がそれである――、ソングライターとしての彼は巡航高度に入ったと考えていいだろう。35000フィートの高度から見ると、人間の行動のジグザグ模様がだんだんと意味を成しているように見えてくるのだろうか、Callahanの洞察は新たな明瞭さを持っている。しかし彼が創造上の「勝ちパターン」に載っているということは彼が挑戦をやめたということは意味しない。孤独、疎外、そして自己破壊についての、心を奪うような暗い楽曲を書いてきた長年のキャリアを経て、いまや結婚して子供もいるCallahanは家庭内の生活の細部にも目を向けている。彼にとってこの題材はかなりのリスクを伴うものである――人が平穏を見出すというストーリーは確かに聞くに心地よいが、そういった平穏のイメージは必ずしも圧倒的な芸術に結び付くわけではない。しかしこのような静かで内省的なモードの中においても、その静謐な水面の下では多くの物事が起こっているのである。

『Shepherd in a Sheepkin Vest』はCallahanのキャリア史上最長のスタジオ・アルバムであり、そこには6年間分の新しい楽曲が詰め込まれていた。それから1年ちょっとで発表されたこの『Gold Record』はその前作の延長であるように感じられる。前作と比べるとこれらの楽曲はより緩やかで暖かみがあり、気張っている感じは感じられない。『Shepherd~』では人生を変えるような悟り(”747”、"What Comes After Certainty”)が紐解かれていたが、『Gold Record』はより観察的になっている。世界が大慌てで駆け抜けていく中、ナレーターはその場所から動かない。しかし彼の眼は見開いている。Callahanは歌う。「さ迷い歩いていると、人々が物事に気が付くのに気が付くのである」。

「気が付く」とはどういった物事に、であろうか?1曲目の ”Pigeoins” では、彼は結婚がどれほど人生を強烈なものにするかについての覚書を書いている。きつく縛られた心酔の束を、人間性全体を抱擁するというリスキーな所業に変えてしまうのだ。この、Callahan史上最も優れた楽曲の中で、彼が演じているのは新婚夫婦をハネムーンに連れていくリムジンの運転手である。一つ一つの詩句が深く吐き出される吐息のようで、彼は後部座席に座る二人を見て、いくつかの忠告を行う。「付き合っているころはお互いのことしか考えられない/残りの人々は地獄に行こうが関係ない、と/しかし結婚してしまうと/それは世界全体との結婚になるのである」。このアルバムには一聴したときに「それって本当?」と自分に問いたくなるような歌詞が多く出てくるが、これはその一つである。そしてその謎を解いて、作者の経験を自分自身のものと照らし合わせることで、その曲はあなたのものとなる。

Callahanはそのような議論をアコースティック・ギターの周りに積み上げていく。時折聞こえる装飾――遠くの方から聞こえるホーン、ブラシを用いたドラム、ペダル・スティールなど――が楽曲を支えるがそれ自体に過剰な注目が集まらないようにしている。Callahanの作曲の実践を仕事――期待ではなく喜びの精神から引き受けるもの――として捉えている "Another Song” では、シンセが不安のさざ波をかき立て、その創造的な行為につきものである恐怖を示唆している。フォーク曲に変装した鋭い短編小説のような ”The Mackenzies” では、ナレーターが近所の家に入り、他人から向けられる親切な動作が喪失の痛みを和らげてくれるということに気づく。そしてスロウなシンバルの音色が物語の最後の一ひねりにドラマを付け足す役割を果たしている。

『Gold Record』には、彼がまだSmogとして活動していた1999年に発表された『Knock Knock』収録の ”Let's Move to the Country” のリメイクも収められている。発表された当時、この曲は純粋なファンタジーであり、地球上をさ迷い歩く、孤独で疎外された男が静かで簡素な人生を願うという内容だった。原曲では“Let’s start a…”、“Let’s have a…”と、それぞれの後半は声に出して言うのが恐ろしいのか、歌詞はそこで途切れていた。それから20年が経ち、この新しいヴァージョンではCallahanはこの行を最後まで歌いきる。が、それも完成ではない。ここまでたどり着いても、愛する人たちに囲まれていても、探求したり考えたりすることはまだまだたくさんある。彼はまだ表面に傷をつけただけであるようにも感じられる。

By Mark Richardson · September 09, 2020

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