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Weekly Music Review #5: Big Sean『Detroit 2』

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音楽の街、デトロイト

デトロイトアメリカの中西部、カナダとの国境に接するミシガン州最大の都市である。フォード、ゼネラル・モーターズクライスラーがかつて本社を置き、「モーター・タウン」として華やいだ。しかしその後人種統合政策の失敗などが重なり、映画にもなった1967年の<デトロイト暴動>が勃発。安価な日本車の輸入も自動車産業に打撃を与え、工業都市としては没落の一途をたどることになる。今も都市の中心部には廃墟が点在するという(映画『ドント・ブリーズ』の舞台がデトロイトであることを考えるとわかりやすいかもしれない)。
 そんなかつての栄光の証、「モーター・タウン」という呼称からつけられたのがデトロイトの伝説的音楽レーベル、「モータウン」である。ジャクソン5ダイアナ・ロススティーヴィー・ワンダーマーヴィン・ゲイなど60〜70年代のチャートを席巻したソウル・ミュージックを次々と世に送り出した。同時期にはガレージ・ロックパンク・ロックの祖=イギー・ポップ、Pファンク帝国を作り上げることになるジョージ・クリントンも活動を開始、後世の音楽に多大な影響を残している。90年代になると「デトロイト・テクノ」がエレクトロニック・ミュージックの勢力地図を塗り替えた。

デトロイトの音楽史:ブルースもソウルもテクノも故郷と呼び、そしてモータウンが生まれた街

このような「音楽の街」デトロイトであるが、ヒップホップへの「参入」は少し遅かった。デトロイトが生んだ、現在の音楽への影響という点では最大の功績を持つプロデューサーと言えばJ・ディラであるが、彼の名盤『ドーナツ』を紐解いたジョーダン・ファーガソンの著作『J・ディラと《ドーナツ》のビート革命』ではデトロイト・テクノからデトロイトのヒップホップシーンの誕生が綴られている。J・ディラを生んだそんなコミュニティからはエミネムやエルザイなど、高度なスキルを持ったラッパーたちも巣立っていくようになる。

それ以降、デトロイトはコンスタントに優れたラッパーをシーンに送り出し、現在に至るまで一目置かれる土地となっている。そんなデトロイトのシーンにとってアイコニックな1曲となったのが、2015年に発表された楽曲 “Detroit Vs. Everybody” である。

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エミネム、ロイス・ダ・5’9”、ダニー・ブラウンというデトロイトのアンダーグランドから成り上がったラッパーたちに混ざってこの曲に参加しているのが、今回取り上げるラッパー=ビッグ・ショーンである。

無味無臭なバランサー

ビッグ・ショーンは2005年、17歳の頃に地元・デトロイトのラジオ局にカニエ・ウェストが来ていることを知り、その場に駆けつけフリースタイルを披露し、デモ・テープを渡した。その2年後にはカニエのレーベル、G.O.O.D. Musicと契約を結ぶ。正直、この時点で「勝ち」が決まったと言える。
 そしてその通り、2011年のデビューアルバム『Finally Famous』以降、彼はG.O.O.D. Musicの人脈や故ナヤ・リヴェラアリアナ・グランデ、ジェネ・アイコと言った華やかな交際歴も手伝ってか、「客演王」と言ってもいいほど多くのアーティストと共作。そのリストを一部抜粋すれば、ジャスティン・ビーバー、ドレイク、アリアナ・グランデ、トラヴィス・スコット、ナズ、ニッキー・ミナージュ、ジェイ・Z、プッシャ・T、ミーゴス、リック・ロス、ケンドリック・ラマー、J・コール、2チェインズ、ミーク・ミル、リル・ウェインカルヴィン・ハリス…などなど、何だかすごいことになっている。
 ゴリゴリのヒップホップ畑のアーティストからチャキチャキの売れ線ポップのアーティストまで幅広くコラボを行う姿勢はドレイクと重なる部分もあるが、残念ながらビッグ・ショーンにはドレイクほどの「トレンド・セット能力」を持ち合わせてはおらず、シングルでビルボードの1位を獲ったことがないという事実が彼のそんな弱点を如実に示している(それに対し、上に挙げたアーティストたちは合計33曲のHot 100首位獲得曲を持っている)。もちろんNo.1ヒットを持たない偉大なアーティストやラッパーは山ほどいるわけだけど、彼のようにポップなフィールドで活動をしていて、これほどのキャリアを持っていながらもNo.1ヒットを成し遂げていないことは一つ象徴的であると言える。
 そしてこの「トレンド・セット能力」というのも難しい話で、誰とも違う、完全に新しいものを作ることが必ずしもこの能力につながるわけではない。ことヒップホップの世界ではなおさら「ゲームのルールに則る」ということが重要視される。その「ルール」の中でどうやってのし上がっていくか、どうやって話題を作っていくか、どうやって少々フレッシュなスパイスを振りかけることができるのか、それが(少なくともメインストリームの)ヒップホップ界における戦略である。
 そんなシーンの中で、ビッグ・ショーンはある意味「無味無臭なバランサー」という役割に徹してきたように思える。ラップのスタイルもなにか一つに秀でているわけではなく、ビート選びも幅広くやりつつ手堅い。歌詞の内容もパンチラインを量産するタイプではないし、壮絶な生い立ちやバックグラウンドがあるわけでもなく、正直何をラップしているのかという興味があまり湧かない。だからこそここまで広い人脈に重宝される存在になったとも言えるのだけれど。そのバランス感覚は貴重なものでさえあって、新作でも「カニエのレーベルと契約してとジェイ・Zにマネジメントされ、プッシャ・Tとドレイクの両方とつるんでる」というリリックが光る(この二組はは長年のビーフ相手)。
 彼の楽曲で一つだけヒップホップ史に刻まれるとしたら ”Control” なのだろうけれど、それも客演で参加しているケンドリック・ラマーによる最高に挑発的なヴァース(西海岸コンプトン出身ながら「King Of New York」であることを宣言しただけでなく、ビッグ・ショーンを含む11人のラッパーを名指しし、「お前らのことは愛しているけど、でもぶっ殺してやるよ」とヒップホップ内の競争精神を復活させようと息巻いた)によるものだというところが皮肉である(正規リリースもされていないし)。
 「無味無臭なバランサー」という言い方をしたが、別に嫌いなわけではない。某評で用いた「記名性の低い音楽」という表現とは違って、決して何らかのムードの中で機能するために作られた音楽でもなければ、記名性を残そうとする格闘の跡はそこらに見られるので。

「音楽への情熱を取り戻した」――健康な精神状態

と、ここまでビッグ・ショーンのキャリアとシーンでの立ち位置をつらつらと書いてきた。やっと新作『Detroit 2』の話に入ろうと思う。2017年の『I Decided.』から3年以上ぶりとなる作品である。
 相変わらずゲストが多く参加しているが、今回はその豪華っぷりが半端じゃない。以下に列記する。

ニプシー・ハッスル、ポスト・マローン、タイ・ダラ・サイン、ジェネ・アイコ、ドゥウェレ、アンダーソン・パーク、アーリー・マック、ワーレイ、ヤング・サグ、トラヴィス・スコット、キー・ウェイン、ディディ、リル・ウェインティー・グリズリー、キャッシュ・ドール、キャッシュ・キッド、ペイロール、42ダグ、ボールディ・ジェイムズ、ドレゴ、サダ・ベイビー、ロイス・ダ・5’9”、エミネム、ドム・ケネディ、デイヴ・シャペル(コメディアン)、エリカ・バドゥスティーヴィー・ワンダー(最後の3人は楽曲への参加ではなく語りでの参加)

ものすごい数だ。21曲入りで71分というのもボリューミーな部類である。
 ここまでの豪華ゲスト陣に長めのボリューム、と聞くと駄作の匂いがプンプンするのが「ヒップホップあるある」の一つだと思うのだけれど、これがなかなかどうして、いいアルバムだった。言ってしまえば、ビッグ・ショーンのディスコグラフィーの中でも最高傑作と言っていい出来なのでは?とすら思った。
 その成功の要因の一つとして、エグゼクティブ・プロデューサーを努め、何曲かのプロデュースも務めたヒット・ボーイの存在が挙げられるのではないかと思う。作品全体に散漫な印象が感じられないのはサウンド面での彼の交通整理能力が高いことを示している。全体的によく出来た今風のトラックが並ぶが、 ”Lucky Me” や ”Friday Night Cypher” では耳がピクッとなるようなちょっと変わったトラックを聞くことができる。
 しかし最大の要因は、ビッグ・ショーンのラップそのものである。

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この最新インタヴューの中で彼は「引退も考えた」と語っている。10年以上の中で疲弊し、燃え尽きてしまったように感じた瞬間もあった、と。しかしそこで彼の場合自分の時間をたっぷり取って、「自分自身を大切にする(=taking care of myself)」ことによってその情熱を「再び発見した」という。人生の暗闇を抜けて、ポジティヴさに満ちた人生を歩み始めているのが、このインタヴューの表情からも見て取れる。
 それが冒頭4曲でバシッと提示されているとともに、このアルバムのハイライトとなっている。特に2曲目 ”Lucky Me” は彼にしては珍しく自分の人生について赤裸々にラップしていて、元カノ=アリアナ・グランデとの破局についてもラップしている中、19歳の時に心臓の病気であると診断された経験をラップしている箇所が印象的である。そこで彼はホリスティック医学によって完全に治ったといい、「こうして西洋医学が弱いことを知った」とラップしている。このことに象徴されるように、ポジティヴィティが結構スピリチュアルな方向に向かっているのが特徴的である(9曲目の ”ZTFO” も ”Zen The Fuck Out” の略であり、彼が10代の頃から続けている習慣である瞑想について歌われている)。ホリスティック医学は反ワクチン的な感じの似非医学感がプンプンするし、スピリチュアルなものに少し抵抗感を感じる部分もあるものの(しかもそれを何百万人が聞く作品で堂々と勧めるかね)、彼自身の精神状態が非常に良い状態にあるのは喜ばしいことである。
 3曲目の ”Deep Reverence” は昨年3月に銃撃によって命を落としたニプシー・ハッスルとの共演。ニプシーは「俺はストリート・レジェンドだ、奴らがそう呼ぶんだ、深い敬意を持って」という誇りを歌う。それに続くビッグ・ショーンは、彼の死によって受けた精神的トラウマをこれまた赤裸々にラップしている。

In high school, I learned chemistry, biology
But not how to cope with anxiety
Or how I could feel like I'm by myself on an island
With depression on all sides of me (Damn)
With a Glock seventeen right on the side of me (Hol' up)
Look, I ain't think I had the thought of suicide in me
Until life showed me all these different sides of me
(高校では化学や生物学を教えてくれたが
どうやって不安と向き合うか、いかに孤独を感じることがあるのかということを教えてくれなかった
自分の中にあらゆる憂鬱を抱え
グロック17[銃の名前]をすぐ側に置いているのさ
自分の中に自殺願望があるなんて知らなかった
人生の中で自分の中のいろんな側面が顔を出すまでは)

しかしその後「自分の人生の目的はインスピレーションを与えることだ」と力強く前向きにラップすることも忘れない。

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そして4曲目の ”Wolves” ではおそらく最もヒットのポテンシャルがある1曲ではなかろうか。ポスト・マローンをゲストに迎え、シンプルなフックとちょっと早めのテンポはライブやクラブで盛り上がること間違いなしだ(今年のような状況でなければ)。上のインタビューでも「ハングリーさを取り戻した」と語っているように、「腹が満ちるまで食い尽くしてやる」とガツガツラップしているのは爽快である。
 この後もドレイクの ”Nice For What” を思わせるトラックにこれまたポジティブな内容の歌詞を載せた ”Harder Than My Demons” や、アンダーソン・パークの素晴らしいボーカルが聞き物の ”Guard Your Heart” など、中盤まで充実した内容が続く。

デトロイトという街への愛

後半はトラヴィス・スコットやリル・ウェインなどの豪華ゲストを擁した楽曲もあるが正直、序盤〜中盤のような興奮はない。「ゴジラモスラ」をサンプリングした ”The Baddest”、マイケル・ジャクソンの ”Human Nature” を使った ”Don Life” も正直ここまで来ると辟易してしまう。金かけてんなーとは思うけど。
 その中最後から3番めに収録されている ”Friday Night Cypher” は大きな話題となった。ティー・グリズリー、キャッシュ・ドール、キャッシュ・キッド、ペイロール・ジョバンニ、42ダグ、ボールディ・ジェイムズ、ドレゴ、ビッグ・ショーン、サダ・ベイビー、ロイス・ダ・5’9”、エミネムと11人のラッパーが矢継ぎ早に登場し、9分間のサイファーを繰り広げる。

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正直楽曲の出来には感心しないが、これこそ彼の「バランサー」としての役割がいい方向に働いた結果であるように感じて、嫌いにはなれない。というのも、ここに集まったラッパーたちは全員デトロイト出身という共通点こそあれ、スタイルも年齢もバラバラで、中には小さな諍いを起こしているラッパーたちも含まれている(例えば、今破竹の勢いで乗りに乗っているサダ・ベイビーはとあるインタビューの中でエミネムについて「デトロイトのトップ5に入らない」と発言していたりする)。そんな人達をまとめようなんて普通は思わないわけで、そんな役目をわざわざ買って出るほどに彼はデトロイトという街を愛しているのだな、とホッコリさせられる。スキット的に挟み込まれるデイヴ・シャペル、エリカ・バドゥスティーヴィー・ワンダーによる語りも「デトロイト愛」で溢れている。こういうふうにコミュニティ全体を気にかけてポジティヴに盛り上げていこうよ、というエネルギーもニプシー・ハッスルから教わったのかな、とか想像すると胸が熱くなる。

まとめ

正直、このアルバムを今週取り上げるということになる前は、ビッグ・ショーンがどんなキャリアを送ってきたとか、どういうことを歌っているかとか、考えたこともなかった。ぼくにとっては「なんかよく見る名前」の一つであって、ことさら彼の重要性についても考えたことはなかった。
 でも今回、後追いで彼のディスコグラフィを振り返ってみても、今回の作品が彼のキャリアの中で転機となるような、第二の段階に踏み込んだような「成熟」を聞かせてくれる作品であることは間違いない。そこではコミュニティの中でみんなが前向きに生きることが志されていて、それは元気づけられる姿勢だなと感じた。
 Keep The Marathon Going!