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Weekly Music Review #4: Kelly Lee Owens『Inner Song』

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ウェールズ出身のプロデューサーのKelly Lee Owens。2017年のデビュー作『Kelly Lee Owens』に続く2作目。もともとXL Recordingsでインターンしていて、そこにデビュー前のThe Xxがいたとか、その後看護師になったのちにミュージシャンに転向したとか、そんなエピソードも調べるとでてきました。

ジャケットが竹内まりやのこれに少し似ている。

デビュー作『Kelly Lee Owens』はシタールやタブラの音色が入っていることに象徴されるように、エレクトロニック・ミュージックの中でもニューエイジ的な、瞑想的な音像が特徴的だった。しかし今回の作品ではその雰囲気は残しつつもよりビートが際立っていて、フィジカルな訴求力が高まっているというのが一つ今作のトピックである。

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しかし、それはフェスで、クラブで、大きな群衆の中のひとりとして音に身を揺らすと言うよりは、部屋の中で、あるいは電車に揺られながら、あるいは近所を散歩しながら、一人で、私的に踊るためのダンス・ミュージックである。体を実際に動かさなくてもいい。頭の中で、音楽の律動に合わせて動く体を想像する。音楽と体を接続する。想像力を使って。そして “Melt!” の冒頭に使用されている氷河が溶けていく音を聴いて、音楽と体と、私達が息をしているこの世界を接続する。想像力を使って。規則的な反復が瞑想を促してくれる。その反復と瞑想の中で色んなものが溶け合っていき、一つになろうとする。

彼女の歌詞が非常に私的なものであるにも関わらず、ものすごく開かれた作品に感じるのは、彼女の中で一旦そういったものが全て溶け合った結果がこの作品となって私達の耳に入っていてきているからなのかもしれない。「混沌を混沌のまま表現している」というのともまた少し違った、完結しているんだけど動いているような、ある種の自律性のような手触りのある作品である。