Weekly Music Review #60: Don Toliver "Life of a DON"
ドン・トリヴァーの「Life of a DON」をApple Musicで
Life of a DON - Album by Don Toliver | Spotify
Don Toliverの名前を初めてきちんと認識したのは、2019年の暮れにリリースされた、Travis Scottが主宰するレーベル=Cactus Jackのローンチ・コンピレーション作『JACKBOYS』だった。
その前年のTravis Scott『ASTROWORLD』にも参加しているし、『ASTROWORLD』の1日前にはデビュー・ミックステープ『Donny Womack』をメジャー・レーベル=Atlanticからリリースしているのだが、はっきりと「Travis Scottさんとこの!」と認識したのは『JACKBOYS』だったのだ。レーベルの周知が目的だった同作はきちんと役割を果たしたと言える。
その後のDon Toliverの快進撃は目覚ましい。2020年はEminemやNasのアルバム参加したほか、プロデューサー集団=Internet Moneyの楽曲にGunna、Navと共に参加した「Lemonade」が特大ヒット曲に。この曲の、一度聴いたら忘れられないメロディーと声色でDon Toliverは一気にスターダムを駆け上った。
そして同年3月には初となるフル・スタジオ・アルバム『Heaven or Hell』をCactus Jackからリリース。Travis Scott、Offset、Quavoらが客演で参加し、プロデューサーにもSonny Digital、TM88など豪華な布陣を迎え制作されたこの作品は見事ビルボード・チャートの7位にチャート・イン。
Travis Scott譲りの、というか『Donny Womack』の時点からそうなのだが、彼の作品のスタイルは空間をたっぷり使ったサイケデリックなR&B〜ヒップホップだ。そのスタイルだけではTravisの2番煎じ担ってしまいそうなところだが、彼には唯一無二の声と、彼独特の歌いまわしをもっていて、それが彼のオリジナリティを形成している。だからこそ客演ではアクセントして光るのだけれど、それが丸々1枚の作品として聞かされると飽きてしまう、というのが『Heaven or Hell』で露呈した弱点だった。
その弱点をどう克服してくるのか、というのが個人的な今作に対する期待だったのだけれど、彼は実直に自身の強みにこだわることによってそこを克服してきたな、というのが第一印象だ。
ほとんどドラムが入らない変則的な “XSCAPE” で幕を開ける本作だが、この曲を聞くと明らかに前作よりもヴォーカルの重ね取りが念入りになされていることに気がつく。前作ではビートというキャンバスの指定されたところだけをきれいに塗ったような作品だったとすれば、今作ではそのキャンバスからはみ出さんばかりに彼の声で塗りつぶされているような作品だ。一点突破、行くぜHIP HOPPER、って感じで大変よろしい。
だから一聴すると前作と大きく変わったところはないのだけれど、実はヴォーカルの技の引き出しも(本人すら)気づかないレベルで進化している部分があり、それが1枚という作品を通して聴くと「このアルバム、いいな」というレベルで感じ取れる差分になっているのだ。
これほどまでに声に意識が行ってしまってそれ以外のディテールに注意が向かなく鳴ってしまうアーティストはそういないのだが、その1点のみしかないというところで音楽的な面白みが好みの輩にはあまり評価されないというのがかわいそうなところだ。そういう個々のプレイヤーの個性にこそ価値を見出すのがヒップホップ〜R&Bの楽しみなのにね。