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Weekly Music Review #6: Bobby Sessions『RVLTN (Chapter 3): The Price of Freedom』

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ダラスの ”Young Legend”、Bobby Sessions

Bobby Sessionsはテキサス州ダラス出身のラッパー。2010年代から活動を開始し、決して楽ではない下積み時代を経て2015年に名門レーベルであるDef Jamと契約。そして2018年、今回取り上げる作品がその3作目となる連作『RVLTN』シリーズの第1弾、『RVLTN (Chapter 1): The Divided States of AmeriKKKa』をリリースし、より広く知られる存在となる。ぼくが彼の存在を知ったのもこのタイミングだったし、事実彼はその次のXXL Freshman Classにノミネートもされている。

彼は2012年にいとこのJames Harperを警官に撃ち殺された経験を持つ(しかも2019年、その元警官は法的責任がないという裁定が下った)。それによって自分の表現の方向がガラリと変わったという彼は、この『RVLTN』シリーズで#BlackLivesMatterの動きと連帯しながら、アメリカを巣食う人種差別に基づいたポリス・ブルータリティに抗議する楽曲を多く残している。

youtu.be

Things don't look good when you look like me
(君がぼくと同じような見た目ならば、なにか悪いことが起こるかもな)

youtu.be

every issue ain't black and white, but a lot are
Anxiety when cop car follow me, sweatin bullets
Cause real bullets endin' my night
Drove 55 in a 50 I'm 10 and 2 on the wheel, show license and registration
Then got prison for life, damn
(すべての問題が黒と白の問題だとは言わないが、多くの場合がそうだろ
パトカーが俺の後ろを付けてる、汗が弾丸のように流れ出る
だって本物の弾丸が俺の夜を台無しにするかもしれない
50マイル制限の道路を55マイルで走って、ハンドルの手の位置は10時と2時、それでも免許証と登録確認だ
そして一生ムショぐらしなのさ、ちくしょう)

同じく2018年に発表された第2作『RVLTN(Chapter 2): The Art of Resistance』に収録された ”Lights” の最後で、このように語っている。

俺たちは「Black Lives Matter(=黒人の命を軽んじるな)」と言う。そうするとお前は「Blue Lives Matter(=警官の命を軽んじるな)」って反応するだろ。お前には警官をやっている息子や父親、母親がいたりするんだろうな。あるいはコミュニティの安全を守り、尽くすという仕事に大きな意味を感じているのかもしれない。でも俺の肌の色、それは選ぶことのできる職業じゃないし、引退することができるキャリアでもない。俺にとってはこれが毎日だ。24/7で。お前がやっているのは一つの職業と、俺の存在を比べてるって言うことなんだ。これがどんなに失礼なことか、わかるだろ。俺たちはどちらも、根はいい人間だと信じてる。俺はお前が怖いし、お前は俺が怖い。俺たちは同じ恐怖を共有している。俺はお前を痛めつけに来たわけじゃない。ただ、お前たちが俺たちを痛めつけるのをやめてほしいだけなんだ。

そんな彼のラップのスタイルは、ライムへのこだわり、声の加工によって自分を一種フィクショナルな存在に位置づける手法も相まって、Kendrick LamarやChildish Gambinoと並べたくなるようなものだ。他にもEminem2Pac、N.W.A.、Chuck Dからの影響を公言している。言葉遊びもたびたび用い、多彩なフロウをもつ非常に高度なスキルを持ったラッパーである。しかし、そのようなスキルを持ちながら、Def Jamの一員でもありながら、彼の知名度は決して高くない。YouTubeで最も再生されているのは映画『ヘイト・ユー・ギヴ』のサントラに起用された ”The Hate U Give” で、なんとたったの15万回再生。ダラスというヒップホップ界の「僻地」ということもあるのだろうが、彼はそういった壁も打ち破りたいと感じているようだし、そのポテンシャルは十二分にある。事実、彼は今年大ヒットしたMegan Thee Stallionの ”Savage” をはじめ数曲でリリックを共作し、EAの人気ゲーム『FIFA 2021』や『Apex Legend』にも楽曲が使用されている。そして改めて(というかもはや何度目か、というレベルだが)人種問題に全米、全世界が揺れる2020年、ついに彼は約2年ぶりの作品であり、『RVLTN』シリーズ初のフル・アルバム『RVLTN (Chapter 3): The Price of Freedom』をリリースしたのである。90年代生まれであるという彼(具体的な年は不明)はすでにもう ”Young Legend” ではないかもしれないが(それでも作品中で何度も言っているが)、”Legend” の名にふさわしいラップをまたまた披露してくれている。終わらない悲しみとともに。

怒りを乗り越えて

このアルバムは明らかにジョージ・フロイド殺害事件を機に起こった大きな人種的うねりを受けて制作されたものである。「俺達は死なない、まだ生きてる/革命は今やテレビに映し出されている」と歌う ”Still Alive” にはじまり、多くの固有名詞が織り込まれながらレイシズムにあらがっていく。”All We Got” ではぼくも日記で度々言及したNASCARアメリカで最も人気のある自動車レース)ドライバーのババ・ウォレスの名も挙げられている(「Bubba Wallace deal with racist while he racing」。競争の意の「race」と「人種」の意の「race」がかかっている)。この曲はアルバムの中でも最もプロテスト色・ポリティカル色が強く、大統領選に立候補したカニエ・ウェストに対して「票を分断させるときじゃない」と批判し、「バイデンは好きじゃないけれど、ヒトラーの再来よりはマシでしょ」と投票を呼びかけている。さらには

All Lives Matter is the proof that you ain't bright
When you fail to recognize we don't have the same plight
The system took advantage of my n***as that ain't white
If every race rebuke the hate our fist at the same height
(「All Lives Matter」と言うのはお前が賢くない証拠だ
俺らとお前らとで同じ苦境を味わって来たわけじゃないということをわかってないみたいだな
俺の白くない友達はこのシステムにいいように利用されてきた
すべての人種が憎悪をこそ憎めば、俺らの拳は同じ高さに掲げられる)

という力強いメッセージでヴァースを締めくくる。間違いなく本作のハイライト曲だ。

youtu.be

しかし、この作品がこれまでの作品と少し違うのは、怒りの向こう側、その先にある成功や団結を目指した楽曲が見られるという点だ。”Reparations” はこれまでアフリカ系アメリカ人たちが受けてきた仕打ちへの ”reparation(=賠償)” を求めながらも、経済的自立を呼びかける啓蒙的な曲だ。これまでのキャリアの苦労をゴスペル調の明るいトラックに乗せて軽快にラップする ”Made a Way” もポジティヴィティにあふれている。「このシリーズはアクティビズムの一形態だ」と語る彼だが、この3作目でそのサイクルが一周りしたように思う。一つの区切りとしてのフル・アルバムという名目もあるのかもしれない。

まとめ

今後のキャリアが上向きになるのかそうでないかはわからないがこのアルバムは彼のキャリアの中で重要な意味を持つ作品となるだろう。個人的には大好きなラッパーだがここから爆発的に売れるとは考えづらい。しかし彼のコンシャスなラップは間違いなくシーンの中でもトップレベルのスキルと内容だし、今後もウォッチリストにずっと入れておきたいラッパーである。

すべての人種的不正義が是正されることを願って。