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<Bandcamp Album of the Day>The Weather Station, “Ignorance”

11年前、The Weather Stationとして初めての作品を発表してから、Tamara Lindemanは自身のサウンドの境界線を広げ続けてきた。2011年の『All of It Was Mine』のようなアルバムでは赤裸々にそぎ落とされたフォーク・ミュージックに接近し、彼女の豊かなアルト・ボイスをアコースティック・ギターのさざ波に対置させていた。それに続くアルバムでは作を追うごとにより挑戦的になり、2017年のセルフタイトル作はギターこそ前景にあるものの、そのパレットにはパーカッションやストリングス、ピアノがより充実させられていた。それでも、そのような様々な装備の中においても、初期の彼女のフォークへと辿る線を引くことはたやすいことだった。彼女が付け足していった楽器的な装飾は音楽を補完するものでこそあれ、その形を完全に変えてしまうものではなかった。

そのすべてが今作、Lindemanがこの十年間を全て捧げて制作したようにすら感じられる精力的な楽曲が並ぶ『Ignorance』では異なっている。音楽的には、強烈なムードが漂っている:”Robber” ではぼんやりとしたストリングスがギザギザとした線でこの楽曲を切り裂き、つららのようなピアノが四方八方に散らばり、その上では必死にはばたくトランぺットが鳴らされている。”Tried To Tell You” ではクラウトロック風のビートの上で、Lindemenの声が音から音へと慎重に飛び移っていく。これまでの作品とは異なり、『Ignorance』ではギターがほぼ完全に後景の位置まで後退し、完璧に構築されたアレンジメントによってピアノやフルート、オルガンといった楽器に主役を譲っている。その楽曲は中期のDestroyer、Talk Talk、そしてScott Walkerの『Climate of Hunter』を思い出させるが、これらの作品はすべて晴れやかな音楽的環境の中に存在しているが、より半直感的な側面に傾倒している作品だ。”Parking Lot” のボーカル・メロディは優しく、際立っていて、直接的であるがLindemanは脈打つようなピアノの音像を何度も何度も前景へ押し出していて、それはまるで穏やかな水面をわざと乱しているかのようだ。一聴するとこの曲は柔らかで歓迎的な雰囲気に感じられるかもしれないが、それらすべての水面下には暗闇の底流が流れているのだ。

歌詞の面においては、Lindemanはこのアルバムが気候変動によって引き起こされる大災害についてであると語っている。そのような今日的な主題は、下手な人が書けば耳障りなスローガンになってしまうこともあるが、『Ignorance』の歌詞は美しくあいまいさを保っている。「私は思った。「なんて夕焼けなの」と」とLindemanは ”Atlantic” で歌っているが、それに続くのは「血の赤が大西洋を染め上げていく」というフレーズだ。楽曲は鳥や太陽の光、山といったイメージで埋め尽くされているが、環境的なものと同じく実存的な懸念も示している問うことが容易に考えられる。ほのくらいピアノ・バラード ”Subdivisions” では、彼女は恋愛の動揺と吹雪の中の高速道路を比べ、「道路が雪で覆われている/側溝にも高く積み上げられている/私はすべての区画を理解していないかのように/運転した/横たわる氷の狭い帯/中心的な計画の消滅」と歌う。彼女の詞は『Ignorance』を通じて詩的な神秘をもって書かれていて、短い一行の中に詳細豊かなイメージを詰め込んでいる。あなたはこの『Ignorance』にひかれていくのではなく、自分自身をこの作品の中に統合していくことだろう――そうすればLindemanの広大な世界は数えきれないほどの冒険を与えてくれるだろう。

By J. Edward Keyes · February 09, 2021

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