海外音楽評論・論文紹介

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<Bandcamp Album of the Day>Cabaret Voltaire, “Shadow of Fear”

なぜ2020年にもなってスピーカーからCabareit Voltaireの新作――実に26年ぶりだ――が流れているのか不思議に思っている人たちへの答えは、作品のタイトルそのものにある:『Shadow of Fear(恐怖の影)』。今の私たちの集合的心理状態ではないだろうか?今日のニュースがどれだけ明るいものであったとしても、決して振り落とすことのできない、荒涼とした気持ち。恐怖の影。

それにたいするRichard H. Kirkの対処法はいたってシンプルだった。誰にも見られていないかのように踊ること――だってどうせ家に閉じ込められているのだから――そして、容赦ないテクノ・キラー・チューン “Papa Nine Zero Delta United”、“Universal Energy”、そして “Vasto” の連発を聴けばすぐさま気持ちも切り替わるだろう。言い換えるならば、『Shadow of Fear』は “Nag Nag Nag” というよりはすぐさま動きだそう、といった雰囲気の作品である。

Kirkにはこれ以外のやり方はなかったのではないだろうか。2014年にCabsを――シンガーから学者に転身して久しいStephen Mallinder抜きで――再始動させてから、このマルチ奏者/プロデューサーにはとにかく物事を動かし続けるというミッションがあったのである。FACTのインタビューによれば、彼は「ものすごい金額のコーチェラからのオファー」も「Cabaret Voltaireは常に新しい境地を開拓し前に進むものだ。懐かしのアクト、みたいな感じで出演するのを見るのは寂しいだろう。二度とこの年齢でいることはないのだから」という理由で断ったそうだ。

Cabaret Voltaireサウンドがこれまでにない程に瑞々しく、Kirkがあきらめずに今年の中でも最も陽気な作品にその湧き出るような若いエネルギーを全て注ぎ込んでいるということに皮肉がある。彼によってごちゃ混ぜにされたボーカルのサンプルは偏執的に聞こえるが、この作品が生命力に満ち溢れているということを否定はできない。もしかすると、我々はともにこの影を追い抜くことだってできるのかもしれない。

By Andrew Parks · November 19, 2020

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