海外音楽評論・論文紹介

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<Bandcamp Album of the Day>Mulatu Astatke & Black Jesus Experience, “To Know Without Knowing”

エチオピアの音楽のほとんどを作り上げているペンタトニックな “kignit” のモードはこの国に特有の音であり、このジャンルの父=Mulatu Astatkeのおかげで、エチオ・ジャズはその始まりからハイブリッドであった。1960年代にバークリ音大で学んだAstatkeは、モダン・ジャズのヴィブラフォンの音色とラテン音楽の動的なコンガに惹かれた。よって1966年のデビュー作『Afro-Latin Soul』を録音した際、Astatkeはこれらのサウンドを自分の持つ音楽的な伝統と融和させ、完全にユニークなものを作り上げたのだった。それ以来、エチオ・ジャズは柔軟で開かれたジャンルであり続けている。

よって、Astatkeが他のアーティストとのコラボレートで素晴らしい仕事をするというのは理にかなっている――UKのジャズ〜ファンク・アンサンブルのHeliocentricsとタッグを組み2009年に発表した傑作『Inspiration Information』(若い頃のShabaka Hutchingsも参加している)やオーストラリアの8人組Black Jesus Experienceと共演した2016年の『Cradle of Humanity』などのように。この『To Know Without Knowing』ではAstatkeとそのオーストラリアのアンサンブルが再び手を組み、すぐさま最初のコラボレーションで灯された炎を再びともしている。“Mulatu” は物憂げなファンクの下地で始まり、Astatkeの黙想にふけるようなヴィブラフォンの演奏(とハミング)にうってつけとなっている。しかし作品が展開していくにつれてダブルタイムに切り替わり、ジンバブエ/オーストラリアのMC、Mr. Monkにピッタリの活気づいたグルーヴに突入していく。彼はここで「ジェノサイドと現代の “資本主義の遊び場” による排除の生存者たち」に敬意を表している。

このパターンが作品全編で繰り返される。Astatkeとバンドがくらくらするほどのエチオ・ジャズのリズムのためのベッドを作り上げ聴き手の体を動かし、その一方でMonkと素晴らしいBJEのヴォーカリストEnushu Tayeがハートとマインドに語りかける。彼女は敏捷な “Lijay” やタイトル曲でしなやかで軽やかに振る舞っている。しかし作品の核となる “Living on Stolen Land” は間違いなく彼女の突出したパフォーマンスである。“私はあの血みどろの殺人から逃れた” と彼女は繰り返し歌うのだが、最初は浮いているように感じるそのフレーズは繰り返されるごとに新たな不安と痛みを明らかにしていき、最後には “さぞかしいい気分でしょう/盗んだ土地に住むことは” というみ自費なコーラスにたどり着く。この10分に渡る曲は苦悩、そして激しい怒りから穏やかさまで幅広く展開し、AstatkeとBJEがほとんどテレパシーのようにお互いについて行くさまを記録している。刺激的な歌詞と確約された音楽をもつこの『To Know Without Knowing』は21世紀のエチオ・ジャズが持ち得るパラメーターを拡張し続けていて、Monkが言うように “音楽には宙に浮かせる力があるのさ、もちろん” ということを証明している。

By Andy Beta · July 02, 2020

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