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<Bandcamp Album of the Day>Sun Ra Arkestra, “Swirling”

時間とは錯覚である。太陽の光が地表に降り注ぐまでにかかる8分間の遅延、あるいは太陽系に最も近い星=プロキシマ・ケンタウリが放った光が私たちの目に届くまでにかかる4年という歳月を考えてみるとよい。あるいは、銀河の果てのとてつもなく離れた星からこちらに向かってきている、まだこちらに届いていない光のことを。だからこそ事実としてSun Raが1993年に地球を去っているということはわかっていても、彼の音楽はいまだにそういった遠い場所にある天体のように、はるかかなたの銀河から旅してきているかのような、そんなものとして機能しているように思えるのである。それが『Egypt 1971』のような大規模で荘厳な伝送であれ、『Of Abstract Dreams』のような宇宙のしわのような作品であれ。『Swirling』はSun Ra Arkestraにとって20年ぶりのリリースである。この男自身はここに肉体を持って存在はしていないが、このアルバムに収められた音一つ一つを吹き込んでいる案内役の精霊として、彼の存在は否定することができないだろう。

Raの木管奏者を長年務めているMarchall Allenの指揮によって作られた『Swirling』は、Raの最も有名な楽曲から見つけることさえ不可能に思われるディープ・カットまでを、素晴らしく美しい新録で収めている。”Rocket Number 9” や ”Satellites Are Spinning” のようなスペース・チャントのスタンダードは新しいメンバーが立派に付け足している驚くべき新しいアレンジで提示される。ボーカリストでヴァイオリニストであるTara Middletonは2012年に加わったメンバーだが、”Satellites” では伝説的なRaの侍者=June Tysonを思わせる歌唱を披露している。そしてそのナンバーはやがてゆっくりと ”Lights on a Satellite” へと変形していき、Dave Hotepのギターがその間中ずっと灯台のように鼓動を続けている。Middletonは ”Sunology” でも強力で甘美な歌声を披露し、Sarah VaughnのバックをThe Arkestraが務めたら、といった「if」を我々に思わせる。

The Arkestraのムードや弾道をいとも簡単に変えてしまうAllenの指揮は匠そのものであり、それはコントロール下に置かれているように見えながらも混沌の淵でグラグラと揺れている。それはまるでお酒に酔ったような酩酊感をもたらしてくれる。もっとも、Sun Raのファンたちにとっては無重力状態で浮かんでいる状態に似ている、といったほうがいいのかもしれないが。また、Allenはタイトル曲の作曲にもクレジットされている。”Swirling” はRaと故・Duke Ellington両方の借りを受けたような曲であり、スウィングするエレガンスとビッグ・バンドのソフィスティケーションがピアニスト=Farid Barronの多幸感あふれる演奏によって満ちていく。

そしてもう一つのハイライトは、けだるそうなSun Raの初期シングルであり、1960年にリリースされた ”Space Loneliness” であろう。ここでは12分の長さを持つ楽曲に仕上げられているこの曲は、Sun Raのサウンドの範囲を目いっぱい使ったものとなっている:ブルース、R&Bスウィング・ジャズストライド・ピアノ、そして宇宙のノイズにいたるまで。過去を振り返りながら前に進んでいくThe Arkestraは、最愛のリーダーを亡くしてもなお自分たちのミッションを遂行する。1974年の映画『Space Is the Place』でRaが言っていた通りである:「私たちは時間の向こう側に働きかけているのだ」。そしてそれは少しも変っちゃいない。

By Andy Beta · November 09, 2020

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