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Weekly Music Review #12: Sen Morimoto『Sen Morimoto』

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Sen Morimotoは京都生まれ、マサチューセッツ育ち、シカゴ在住のミュージシャン。最初にジャズとサックスを学んだ後ヒップホップに傾倒し、現在では作品のほぼ全てを自分の演奏で作り上げてしまうマルチ楽器奏者である(「ジャズ・ラッパー」という表記を主に日本語のメディアで散見するが、現在ではラップを披露する割合はかなり減っている)。活動歴はそれなりに長いが、ソロ名義のフルアルバムは2018年の『Cannonball!』に次いで2作目となる。

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そのデビュー作『Cannonball!』では生楽器の演奏もふんだんで、複雑なリズム構成や和音も飛び出してくるような “weird” な音楽を聞かせてくれた彼だが、今回のセルフ・タイトル作ではそういった(いわゆる、というカッコつきの表現だが)「ジャズ的」な要素は後退し、打ち込みが主体の楽曲が並ぶ(特にサックスはほぼ使われていない)。そんな中で彼のユニークな歌詞や才気ばしった楽曲の組み立て能力が垣間見える、そんな作品になっている。この作風の変化には制作環境の変化もあったのかもしれないが、個人的に楽曲がより削ぎ落とされた感じになっているこの作風の方がかえって彼の非凡さを引き立たせているようで交換が持てる。

Pitchforkの評でも触れられていることだが、このアルバムはサウンドだけ聴くと非常に祝祭的ムードにあふれている。冒頭の “Love, Money Pt. 2” のイントロなんてゆったりとしたリズムにサックスのきらびやかなメロディが乗っていて、いかにも幸せな音楽が始まりそうな雰囲気である。しかしそこで彼は「Love, what does it mean to you? / Money, what does it mean to you?」愛とお金の意味について問いかける。さらに、

Pods and peas, broken systems
Sovereignty, misdirected urgency
What's the real emergency?
(サヤの中の豆、崩壊したシステム
主権、間違った方向へと急き立てられる
なにが本当の緊急事態だ?)

と続く。今年の2月ころには完成していた作品というから、彼自身も世界の崩壊がここまでこの1年で進むとは思っていなかっただろうが、彼が生活の中で感じている不安が綴られていく。楽しげな音楽に乗せて。

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この「崩壊」のモチーフは “Symbols, Tokens” でも用いられている。「シンボル、しるし、全てが壊れている」と繰り返し歌われるこの曲は(おそらく)人間関係についてであるが、何もかもが壊れゆく中で、彼は「I sit to meditate(=座って瞑想する)」ことでなんとか気を保とうとする。そして

Counting, counting to the highest
Number, mountains tall as I let
My mind climb them, this reminds me
Everything reminds me of you
(数を数え上げていく
想像に身を任せて山が高くなっていく
そしてこれは、全ては君を思い出させる)

とすべてが「you(=君)」と結びつくことで彼は平静を取り戻す。ここで歌詞の内容とリンクしながら音階が上がっていき「you」の部分でまるで全てから開放されるようなハーモニーを聞かせる瞬間は今作のハイライトとなる非常に美しい瞬間だ。

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曲順は前後するが、その一つ前に位置する “Woof” でも彼は「正気を保つ」ことについて歌っている。ギターが印象的に使われるこの曲でも彼のボソボソと絞り出すようなボーカル(どこかMac Millerを強く思い出させる)によって拭いきれないほどの悲しみの色彩をのぞかせている。歌い出しは「ハッピーなふりをすることにもううんざりしている」である。

How do you walk away from your shadow
You think you can talk it out?
How do you keep track of the madness
You know I don’t talk about?
(どうやって自分の影から逃げればいい
そんなこと言葉にできると思うか?
どうやって狂気の軌跡を紐解けばいい
そんなこと口に出さないだろ)

彼はこの楽曲の中で徹底して孤独を貫いている。気分が悪くなったとき「前だったら誰かに電話していたけど、一体誰にすればいい?」と他者を拒み、「今は答えはいらない/こんな質問楽しくないとは思うけど、ぼくにとっては大事なんだ」と今はこんな気分に浸っていたい、というような口ぶりだ。精神的に滅入ってしまうことがある人なら誰しもが共感できる歌詞を書けるは間違いなく彼の才能の一つだ。「泣く声がうるさすぎて飼っている犬に吠えられた」など言い回しもユニーク。

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彼の家族は生まれてすぐに米国に渡ったので彼は日本にいた頃の記憶がないようだが、前作でも少し日本語を交えて歌う曲もあったり、過去には “Jap” という名義でラッパーをやっていた過去もあるなど、そのルーツにいくばくかは自覚的であるようだ。今作にもTempalayからAAAMYYYが参加。Sen Morimoto流シティ・ポップとも言えそうな、少しファンキーな要素のある “Deep Down” でデュエットを披露している。儚げでか細い歌声は天使のような響きで、絶妙なアクセントとなっている。この5曲目まではとにかく強力なナンバーが続き、文句なしの前半戦である。

 今作にも地元シカゴの仲間たち(一緒にSooper Recordsを主宰するNNAMDÏを始め、KAINA、Lala Lalaなど)も参加している。KAINAが参加している “Butterflies” はどこかシカゴ発のダンス・ミュージック=フットワークを思わせるような性急なリズムが心地よい。NNAMDÏが参加した “Wreck” (この作品には何かが「壊れる」というモチーフが度々でてくる)は前作の路線に一番近い音像だ。ピアノとギターによるイントロがインパクト大。
 このあたりから終盤にかけては正直前半ほどの勢いはないものの佳曲が続く。そしていつしかアルバムは最後の “Jupiter” へとたどり着く。

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冒頭で歌われていたような苦悩は、「僕が知っている人はみんな木星へと行ってしまった」と夢心地で歌われるように、どこか死後の世界を思わせるような逃避的な境地へと収斂していく。「How did it go?(=どうだった?)」と繰り返されるこの曲は、いま・ここという次元を見下ろすような視点で書かれている。こういった歌詞だけ聞くと悲しい曲のようだが、それでもやはり彼の声を重ねて録られたハーモニーは優しく、どこまでも希望に満ちているように聞こえるのだ。

このような「サウンド」と「歌詞」の乖離は昨今の宅録系ミュージシャンの中では決して珍しいものではなくなってきている。一人の人間の中の色んな感情を一人の作業のみによって作り上げることがより手軽になってきたのも一つの要因かもしれない。でもそれ以上になんとなくこの世代(彼はぼくの一つ年上の27歳だ)が共通して持っているメンタリティに由来している部分もあるような気がする。友人や自分の好きなエンタメに触れているような身の回りな次元では幸せを感じることが多いが、アメリカという国を見渡せば不正義が蔓延していて(彼は警察の予算削減と市民による警官の暴力監視団体の設立を求める抗議の声を無視したシカゴ市長を強く非難している)、更に広く地球を見渡せば、遠くない未来にこの星が居住不能になることもわかってしまっている(だからこそ木星を目指すのだ)。この2つの次元と視点に引き裂かれた自意識が音楽となって表出しているのかもしれない。そんな事も考えさせられるような、深遠な魅力を持つアルバムであり、アーティストである