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Weekly Music Review #9: BLACKPINK『THE ALBUM』

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「AREA」を飛び越えた連帯

 BLACKPINK IN YOUR AREA.
 ラッパーが使う「〇〇 in da place to be」「〇〇 in tha house」「〇〇 in tha building」など、「ここに来たぞ!」という意味合いの煽り文句は数多くあるが、韓国の女性4人組グループ・BLACKPINKが用いるこのフレーズもまたその系譜に連なるものであり、韓国、ひいてはアジアという「エリア」と優に飛び越え世界規模で活躍する彼女たちにとって、これほどふさわしい第一声はないだろう。
 2NE1以来7年ぶりとなるYGエンターテインメントのガール・グループとして2016年 ”BOOMBAYAH” でデビューしたBLACKPINK。今このデビュー曲を聴くと、現在の彼女たちに通じる魅力もあれば、今の彼女たちが「必要ない」と判断して捨て去った要素の2つが混在していることがわかる。

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 一聴してすぐわかるのは、サビで繰り返される ”BOOMBAYAH” というフレーズや冒頭のラップ・パートで聞かれる ”Click clack, bada bing, bada boom”、”Pangpang parapara pangpangpang” といったオノマトペ的なリズミカルなヴォーカリゼーション、そしてリサが放つ ”Middle finger up, F-U, pay me” という勝ち気なアティテュード、そして(当時の)最新EDMモードに則ったダンサブルでドラマチックなトラックとった、現在のBLACKPINKにも通じる要素だ。

 しかし注意深く聴くとこの曲には ”I don't want a boy, I need a man” というフレーズや、極めて可愛らしい声色で叫ばれる ”오빠!” という掛け声が含まれていることに気づく。この「오빠(オッパ)」というのは「お兄さん」といった意味で、女性だけが使う言葉だそうだ(朝鮮語は全然詳しくなくてさらっと調べただけの知識で書いているのをご容赦いただきたい)。つまり極めて日本の萌えアニメ的な「おにぃちゃぁん♡」に近いニュアンスなのだ。そしてこういったアティテュードは現在のBLACKPINKから綺麗さっぱり「除去」されている。今回のアルバムの1曲目、今年1発目のシングルとなった ”How You Like That” を聴けばそれは一目瞭然である。

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「どうだ、気に入ったか?」「お前と私を見比べてみろ」と繰り返されるサビに、(あえてこうして限定した言い方をするが)目上の男性に媚びる姿勢は一切ない。さらには流石に大手メジャーレーベルと言うだけあって ”bitch” という言葉を直接用いてはいないものの、”Bring out your boss bish” というフレーズすら出てくる。言われ尽くしていることを承知であえて繰り返すが、このことは現在日本の文芸論壇でも盛り上がりを見せる韓国フェミニズムの興隆と軌を一にしていると捉えられる(フェミニズムはどれだけ大声で言っても言い過ぎることはないのであえて繰り返した)。2016年のデビュー当時からガールクラッシュ路線(平たく言うと同性からも憧れられる「かっこいい女性像」を押し出す路線)だった彼女たちだが、そこから4年が経った今、同じガールクラッシュ路線でもその表象の形が変わったのだと見ることもできる。

 世界的な注目を浴びるきっかけとなった ”DDU-DU DDU-DU” でまた一段とサウンドのクオリティが上がり、マーチング風のアレンジで恋愛で負った心的外傷と「闘う」ことを歌った ”Kill This Love” で女性の自立を称賛した彼女たちがいま ”How You Like That?” と訴えるそのメッセージと圧倒的なクオリティは眼を見張るものであると同時に、現在の彼女たち、そして彼女たちがレプリゼントしている全「AREA」のファンたちが置かれた立ち位置を考えれば自然な成り行きと言える。
 そうすると今作の ”Bet You Wanna” にアメリカのフィメール・ラッパー=Cardi Bが参加しているのも起こるべくして起こった「事件」であると言える。ストリッパー上がりのCardi Bはえげつない歌詞やド派手なファッション、そして人気ラッパー=Offsetとのドタバタスキャンダルで常に話題を振りまく全米ナンバーワン売れっ子フィメール・ラッパーであるが(ちなみにCardi Bの前にその地位に君臨していたNicki Minajとは犬猿の仲)、その行動は常に「女性の自立」「好きに生きる」という信念に裏付けられている。最もポップでありながら最もラディカルなフェミニストでもあるのだ。


だからMegan Thee Stallionとのデュエット曲 ”WAP” (このタイトルも”Wet-Ass P***y” の略である)が全米で論争を巻き起こしている彼女がBLACKPINKと共演・連帯し「お墨付き」を与えているのは当然のことなのである(肝心のその曲の出来がそこまでよくないという問題もあるが)。
 BLACKPINKがアメリカのアーティストとコラボするのは今回が初めてではない。2018年にはDua Lipaとダンスホール・レゲエ曲 ”Kiss and Make Up” で共演。そして今年発表されたLady Gagaのアルバム『Chromatica』にも ”Sour Candy” という楽曲で参加。この共演とこの楽曲が今回の『THE ALBUM』に収録された2つの楽曲に生きている。

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まず挙げられるのが、これまたアメリカのアーティストととの共演曲であり、先行シングルとしていち早く公開されたSelena Gomezとの ”Ice Cream” だ。

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前述の ”Sour Candy” では ”I'm sour candy” と歌っていたのが、この曲では ”Call me ice cream” と歌っている。どっちなんだ、という突っ込みはさておき、これまでポップ・ミュージックの世界でさんざん歌われてきた「甘いもの(=honey)」という女性のイメージを転覆させ、「酸っぱい」ということ、「冷たい」ということを誇り高く歌い上げるこの2曲からはステレオタイプ的な女性像を破壊し、「お前の思い通りにはならない」という強い意志が感じられる。
 そして、こと ”Ice Cream” に関してはそのMVが曲の内容とは裏腹に100%どストレートに「女性アイドル然」としているのが痛快だ。とくにリサのラップパート、「ヴィランみたいにチルしてる」「毎日億稼ぐ」「お前がフライ・ボーイ?ヴィザはどこ?」と挑発するようなラインにかぶさるように、クールにボスってるリサのソロショットと、「これぞガールズ・グループ!」というような可愛らしさ100%の4人のショットが交互にモンタージュされている作りは、BLACKPINKのもつ「BLACK」の面と「PINK」の面の両方を見事に表現した素晴らしい映像表現である。
 そしてLady Gagaから引き継がれたもう一つの要素が、アルバムのリード・トラックとしてMVも発表された ”Lovesick Girls” である。

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ガガ師匠が ”Born This Way” ならこっちは ”Born to be alone” だ。サビ後半で歌われるこの歌詞はメロディやコーラスの雰囲気もLady Gagaっぽい。曲調も全体的にLady Gagaが全盛期だった00年代後半〜10年代初期風のエレクトロ・ポップであるのもそのつながりを感じさせる。音楽評論系YouTuberのAnthony Fantanoはこの曲のラップ・パートに関して「Pitbullが書いたみたい」と酷評していたが、それも少しうなずける。
 この曲はサビの歌いだしから俄然盛り上がる構成がわかりやすくて爽快なのだが、そのサビ冒頭の振り付け(頭をポンポンポンと3回叩くような部分)が「lovesick(=恋愛で病的にまで精神状態がおかしくなってしまうこと)」というこの曲のテーマを怖いくらいリアルに伝えている。MVでもダンス練習動画でも、彼女たちはこの部分をまるでロボットのような無機質な表情で踊ってみせるのである。

 ちなみに当初公開されたこの曲のMVにはジェニーがメンタルクリニックの患者と看護師の2役を演じている場面があったのだが、その看護師の衣装が「現実とかけ離れすぎている」(要はこんな不必要にセクシーな格好は医療従事者にふさわしくない)という批判が殺到。YGエンターテインメントはすぐさま映像を切り替える決断を取った。これが2020年代の正しいエンターテインメントである。
 このようにアジアという「AREA」を飛び出した彼女たちはアメリカのアーティストたちと連帯し、学び、より強力なメッセージを全「AREA」のファンたちに届けている。それはタイ、オーストラリア、韓国という様々なバックグラウンドを持った彼女たちが結成当初から背負っていた宿命であったのかもしれない。

「異物感」をうまく取り込んだサウンド

これまでフェミニズム文脈、ワールドワイドなK-POPという文脈でBLACKPINKの新曲達を見てきたが、サウンドそのものにしても語るべき要素は多い。
 まずはヴォーカリゼーションについて。オノマトペ的なリズミカルな要素については上でも少し触れたが、それに加えてリサのアティテュード満点なキレキレのラップ、ロゼの「ゼロ年代USティーン・ポップ感」満点の瑞々しい歌声、そしてジェニーの粘っこく官能的な節回しが代わる代わる全面に出ることで楽曲のダイナミックさ、推進力といった面に大きく貢献している(ジスは他の3人に比べると「バランス要員」であるように感じられる)。
 そしてTeddy Bearを中心として組み立てられるトラックであるが、ここにこそBLACKPINKの真髄があるような気がする。BLACKPINKのバックトラックにはよく耳に残る「異物感」のあるサウンドがさり気なく用いられていて、それがフックとなっていることがよくあるのだ。例えば ”How You Like That” 。

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サビに突入するところで鳴らされる「ギコギコギコ」というギロのような音色、そして突如挿入される完全なる「無音」。さらに圧巻なのはリサのラップ・パートのバックに流れるアラブ風の弦楽器のエキゾチックなメロディ。このエキゾチック感はアルバム中盤の ”Crazy Over You” でかなり全面に展開され、作品全体で見た時に効果的なアクセントとなっている。

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そしてなんと言っても ”Ice Cream” である。BLACKPINKの4人+Selena Gomezという5人が矢継ぎ早に登場する華やか極まりないこの楽曲だが、インスト・ヴァージョンを聴くと後半で登場する口笛を交えたパート以外は完全にミニマルなループ構成だ。上モノの音色(これもかなり変わった音色である)は何一つ変わらず、ベースや打楽器系の入れ方を変えるだけでこれだけ多彩な楽曲に仕上がっている。これは ”Kill This Love” や ”How You Like That” の、大仰とも言える派手なEDM的展開の仕方に比べるととてもヒップホップ・マナーに則っているというか、メインストリームのポップ・ミュージックとしては突き抜けたことをやっているなあという印象。あと、この曲には実は強烈なベースが聴いているので、ぜひでかいスピーカーで大音量で聞いて欲しい(ぼくは車で聞いて驚いた)。

「マジカル・ニグロ」としてのK-POPの臨界点

「マジカル・ニグロ」という映画・脚本用語がある。

マジカル・ニグロ(Magical Negro)は特にアメリカ映画において白人の主人公を助けに現れるストックキャラクター的な黒人のことである。しばしばすぐれた洞察力や不思議な力を持った存在として描かれるマジカル・ニグロはアメリカにおいて長い伝統を持つキャラクター類型である。(Wikipediaより)

今となってはあまり見られなくなったキャラクター類型だが、その代わり「マジカル・ゲイ」という新しい類型も誕生している。要は、困っている時にマイノリティのキャラクターが魔法のように全てを解決してくれることを指す。
 K-POPBTSの爆発的成功以降、ある種「マジカル」な存在として扱われてきた印象がある。男性グループ(特にBTS)は典型的な「男性らしさ」を解体し、BLACKPINKやMAMAMOOがフェミニズム的な文脈から評価され、「ファンダム」文化が伝統的な音楽産業の構造をぶっ壊してくれるのではないかと誰もが期待した。”Despacito” の大ヒットとも重なって、非英語楽曲が言語の壁をぶち壊すのではないかと見る向きもあった。「新しさ」が行き詰まりを見せていた2010年代のメインストリームに、現行USのモードをこれでもかというくらいにショーアップした韓国のポップ・ミュージックが「全く新しいもの」として受け入れられることで、その行き詰まりが魔法のように解消されるのではないか、と。オーディション番組までひっくるめてゼロ年代以降のポップ・ミュージックのフォーマットをまるまるもう一度使い回せるのではないか、という少々グロテスクな妄想含め。
 しかしそのかつての勢いも時が経てば目新しさが薄れ、いまは「爆発期」を経て「定着期」に入ったように感じられる。今回のBLACKPINKの初フル・アルバムも正直かなり期待していたが、前半のシングル曲・リード曲の連発以降は、よくできてはいるもののなんだかパッとしない楽曲が続くなあというのがフラットな感想。断続的なシングル〜カムバックというサイクルを繰り返す活動形態が主流のK-POPにおいて、アルバム主体であれこれ言うのはそれこそビートルズ以降の「西洋中心的」音楽評論のあり方なのは間違いないが、それを差し引いたとしてもなんか「ここが臨界点なのかも」というのはこのアルバムを聞いてまず思ったところだ。世界一とも思われる過酷で残酷で「非人道的」とも言えるような育成・活動のシステムもいずれ破綻をきたす時が来るだろう。
 さらにもう一つ弱点をあげるとしたらライヴ・パフォーマンスの「身体性」の獲得だ。これはBLACKPINKがコーチェラでパフォーマンスしたときの映像だ。

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MVやテレビ番組のスタジオではあれほど迫力と華やかさに満ち溢れていた彼女たちのパフォーマンスが、ここではなんだか安っぽくなってはいないだろうか。それに比べるとステージを所狭しと跳ね回るBillie EilishやLil Uzi Vertのほうがやはりフィジカリティを持った鮮烈な印象を残す。
 シングルヒットに頼らない一つアイコニックな象徴としての、トータリティに優れたナラティヴを持つアルバム作品。そして緻密な演出やアウェイな環境すら瞬間的にロックすることのできるインスタントなパフォーマンスの魅力。この2つの課題をクリアしたとき、K-POPはついに既存の音楽をぶち壊す圧倒的な存在になるだろう。それは魔法によってではなく、説得力を持った確実な勢力として。
 逆に言えばいまのK-POPはそれ以外の要素を持っているということでもある。そしてこの2つをクリアできるほどのポテンシャルも秘めていると信じている。
 BLACKPINK IN YOUR AREA, IN MY AREA, AND WILL BE THEIR AREA SOON.