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<Bandcamp Album of the Day>Suzanne Ciani, “A Sonic Womb: Live Buchla Performance at Lapsus”

 

Suzanne Cianiが愛してやまないBuchla 200eについて語っているのを聞けば、少し変わった名前の恋人について話しているのだろうと思う人も多いだろう。彼女がアナログ・シンセサイザーの可能性について話すとき、そこには神秘化された尊敬の念のようなものがある。彼女はBuchlaと過ごした日々の始まりを振り返ってこう語る。「私はその機械に恋をしていたし、関係を持っていた」。彼女はその無限の可能性と、その機会が彼女に与えた作曲上の独立性によって解放されたように感じたのである。作曲をしたり生演奏時に音楽家たちを指揮することが女性に任せられることが稀であった時代に、この難解なパッチ・コードとスイッチ類がオーケストラ全体を彼女の膝の上に再現したのである。

CianiとBuchlaが年を重ねた変わり者同士のカップルであるとすれば、この『A Sonic Womb: Live Buchla Performance at Lapsus』は「誓いの更新(=結婚後に改めて結婚式のような式典を行うことでお互いへの愛を再確認する行事)」である。バルセロナ現代文化センターで行われた最後のLapsus Festivalで録音されたこのパフォーマンスは、この楽器の計り知れないレンジの広さを示しているだけではなく、Cianiが人生をかけて磨いてきたこの楽器の演奏とパフォーマンスの技術・サウンドに特に焦点が当てられている。コンサートホールの中の控えめな会話の音が静まると、“A Sonic Womb Part I” が幕開けを告げと、この楽器特有のアナログ波形ジェネレータの持つ力を模範的に示すような、Cianiがこの楽器で作り上げてきた大海の様なサウンドが鼓動する。しかしこのパフォーマンスはBuchla 200がもつメロディックな能力を誇示するものでもある。“A Sonic Womb Part III” の強調されたピコピコ音や、”A Sonic Womb Part V” におけるインダストリアルなボソボソ声などがそうだ。

Cianiは自身の作品が何十年もの間理解されなかったりコメディー・トーク番組の肥やしに使われたりしてきた今になって献身的な支持を集めていることに驚きを示している。「今では私が演奏するとき、そこには私がやっていることを理解してくれるオーディエンスがいるのです」。このことはこの『A Sonic Womb〜』でも明らかである。アルバムの幕を開ける拍手の嵐から、”A Sonic Womb Part VIII” の跳ねるビートが流れた際一人のファンが鳴らすけたたましい口笛まで、Cianiはついに彼女のBuchlaを昔彼女がそうしたように見つめてくれるコミュニティに出会うことが出来たのである。つまり友達として、パートナーとして、そして創造的な原動力として。

By Arielle Gordon · September 15, 2020

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