海外音楽評論・論文紹介

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<Bandcamp Album of the Day>Phew, “Vertigo KO”

ヒロミ・モリタニは40年近くに渡り、アンダーグラウンドな日本の音楽の中で決定的な道を歩んできた。彼女はAunt Sallyという、サイケデリアやピアノ・ワルツ、ノイズ、あるいはNico風の憂鬱さまでも楽曲に取り込んだ、他のSex Pistolsフォロワーとは一線を画したパンク・バンドの顔役としてキャリアをスタートさせた。1980年にPhewという名義でソロ活動を始めると、時に実験音楽電子音楽界で尊敬されている人物からの助けもありつつ、彼女はより広大で強烈なヴィジョンを追い求め始めた。坂本龍一やCanのHolger CzukayJaki Liebezeitが彼女の最初のシングルやアルバムに参加し、それからも大友良英Einstürzende Neubautenのメンバー)やThe RaincoatsJim O'Rourkeといった面々と共作を果たした。近年の彼女はアナログ・エレクトロニクス、オシレーター、そして古いドラム・マシーンで降る武装したノイズ作品を自身の手で制作している。

近年の作品『Light Sleep』や『Voice Hardcore』からの未発表曲を集めたPhewの新作『Vertigo KO』はPhewサウンドの中でもソフトで、凄惨ではない側面にフォーカスを当てている。”The Very Ears of Morning” はシューゲイズの亡霊のように明滅する。歪んでいるが、手の届かないところでゆらゆらと揺れている。”All That Vertigo” のプリミティヴなドラム・マシーンが安定した音色を奏でると、他の不気味でぐちゃぐちゃとした周波数がここぞというタイミングでミックスに加わっていき、だんだんと方向感覚を失わせていく。Phewは全編に渡ってその特異な強さを保ち、それはほぼ彼女の甘美な歌声とホワイト・ノイズだけが聞こえているような瞬間であっても変わらない。”Hearts and Flowers” は優しいささやき声とボソボソと喋る声によって複雑に編まれた作品で、その結果繊細で、広大で、まるで蜘蛛の巣のように聴くものの耳を捉えるような楽曲になっている。同じく魅力的なのは彼女が時折共作しているAda da Silvaの昔のバンドに対して何をしているかということである。PhewはThe Raincoatsのポスト・パンク楽曲 ”The Void” ――勢いのあるドラム・マシーンと小気味よいエレクトロニクスに後押しされた楽曲――の原曲の持つ原始的な雄叫びを完全にひっくり返している。聴いているうちに方向感覚が失われるようなPhewの音楽は、それでもなおその内部の混沌にある振り子の感覚を詳らかにしている。

By Andy Beta · September 02, 2020

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