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<Pitchfork和訳>Haim: Women in Music Pt. III

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Haim: Women in Music Pt. III
Columbia, 2020

Score: 8.6 [Best New Music]
By: Aimee Cliff, June 25 2020

この3人組の3作目はぶっちぎりで彼女たちのベストである。親密で、多面的で、幅広く、彼女たちのパーソナリティと、メロディやスタイルへの高い関心によってソングライティングが輝いている。

ロサンゼルスのストリートを長いこと歩いているのは、Haimの3人だけだというのはよく知られている。このトリオが街を闊歩したりラインダンスをしたりするイメージは彼女たちの音楽と固く結びついている:クールで、自信にあふれていて、勢いもたっぷりの。彼女たちの3作目『Women in Music Part III』におけるヴィデオは、過去の街ブラを彷彿させながらも、いくつか新しいひねりを加えている。ポール・トーマス・アンダーソンが再び監督を務めた "Now I'm in It"では、ベーシストのEsteとギタリストのAlanaが、担架に乗せられたDanielle(リードヴォーカル、プロダクション、ギター)を運んでいる。Danielleが息を吹き返し、他の姉妹たちに加わっていつものウォーキングを始めると、彼女は意味ありげにカメラを見つめるのだ。別のビデオでは、陰気なサックス奏者に追いかけられ、別のビデオでは、その場から一歩も動かずに立っている。これらのビデオはHaimの進化を示しており、『WIMPIII』の曲作りも同様に、よりニュアンスがあり、より自意識が高く、以前よりも暗いものになっている。

アルバムタイトルの辛辣な風刺は、これまでにないほどに個人的な内容であることから目をそらすための策略である。インタヴューでは、各メンバーがスタジオに個人的なトラウマを持ち込んだということを語っている。Alanaは親友が20歳で亡くなってしまったことによる悲痛を、Esteは1型の糖尿病とともに生きていくことの辛さを語った。最も感じられるのはDanielleの深い憂鬱である。彼女いわく、その始まりは彼女のパートナー(であり、共同プロデューサーでもある)Ariel Rechtshaidが2015年に精巣がんであると診断されたことであるという。

これまで、Haimの歌詞は会話調でわかりやすかった。感情の面で鋭く、革新に満ちていて、それでいて聞き手が簡単にその中に入り込むことができる程度には曖昧なものだった。しかし『WIMPIII』では、Danielleは場面を鮮やかに描き、聞き手を彼女の鬱の中に引きずり込んでしまう。彼女は目覚めると自分が車のハンドルを握っていることに気づく。彼女はテレビを見ながら天井を見つめている。彼女は大通りに出て、涙が止まらない。足を踏み鳴らすようなカントリー・ロック“I've Been Down”では、彼女は自分の家の窓をテープで塞いだことを歌い、「でもまだ死んでないのさ」と皮肉っぽく付け加えている。その他の箇所でも、この姉妹は音楽ジャーナリストからされた最も不快な質問(「夜の顔もみんな一緒なの?」)をコピペし、Joni Mitchellの精神にもつながるような率直なフォーク曲を作り上げている。

DanielleはまたAndré 3000のソロアルバム『The Love Below』にも刺激を受けたという。様々な異なるジャンルをあけすけなスラップスティック・ユーモアでつなぎ合わせた探検のようなアルバムである。『WIMPIII』はこれまでのHaimに比べてシアトリカルな一面を持っている――水中にいるようなロック・ソング“Up From a Dream”を始まりには息を吸い込む音が、“3 AM”では「起きてる?」というヴォイスメールによるスキットが組み込まれている――一方で、最も明らかな類似性はこのバンドが新しく音楽的な流動性を獲得したという点だ。Rostamによるお決まりのプロダクションのタッチがアルバム全編に施されている中、これらの楽曲はギアを変え、Haimの普段の夏らしいロックを控えながらも曲のムードに会ったジャンルを探し当て、時に一つの曲の中にも様々な色合いを含めている。“All That Ever Mattered”ではDanielleのヴォーカルに歪んだ叫び声や「fuck no」というつぶやきがまぶされていて、やがてグラム・ロック風のギター・ソロへと展開していく。“3AM”や“Another Try”はファルセットを用いたファンク〜R&Bといちゃつきながら、憂鬱で夜眠れずに日中眠ることについて歌った“I Know Alone”ではUKガレージの埃っぽい残響を聴くことができる。

すべての曲が革新的な出来事のように感じられるというわけでもない。“Don't Wanna”はこれまでのHaimのアルバムの中のどれに収録されていてもおかしくない。手癖のようなギター・リックと人間関係の諸問題についての遠回しな物語が、タイトなポップ・ロック曲としてパッケージされている。しかし彼女たちの最も刺激的な旅は、文固められた道を外れるようなものである。例えば水晶のようで悲しげなバンガー“Now I'm in It”は、Taylor Swiftの『Lover』には決してフィットしない一曲である。このアルバムはHaimとしては初めて、レトロなグルーヴから離れたがゆえに現代のポップ・ミュージック(特にRechtshaidとDanielleによるVampire Weekendとの共作)との比較ができる作品である。涼し気な1970年代風のロックを書くことにかけては長きに渡って才能を示し続けてきたが、彼女たちは今やそのニッチな領域の中で十分にくつろぐことができて、そこから飛び出したくなっているのだ。

『WIMPIII』というアルバムはL.A.に関する、サックスと「doot-do-do」という物悲しげなバッキング・ヴォーカルをもつ2つの楽曲によって挟まれている。1曲めの“Los Angeles”ではDanielleは故郷に対する愛が薄れてきたことを歌っている。しかし最後の“Summer Girl”では――メロディには同じくメランコリックな雰囲気があるが――彼女はLou Reedを引用しながら、ツアーからL.A.に戻ってきてパートナーと共に時間を過ごせることへの安心を歌っている。彼女は「街を去ること」を考えていると悩みながら歌うのだが、のちに彼女がどれだけこの街を恋しく思っていたのかを静かに、うやうやしく回想する:「L.A.を思うと息ができなくなる」。向かい合うように配置されたこの2曲は新たな次元を切り開いている。こういうHaimはこれまでに聴いたことがなかった。非常に優れたミュージシャンであり、エンターテイナーであり、「音楽業界の女性たち」であるだけではなく、欠点や矛盾を抱えていて、だからこそより素晴らしいのである。