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<Bandcamp Album of the Day>MIKE, “weight of the world”

ニューヨークのラッパー、MIKEが自身のアルバムに『Weight of the World』というタイトルをつけるのにこれだけの時間がかかったことは、ある意味では驚きである。2017年の出世作May God Bless Your Hustle』以来、彼の音楽を決定づける主たる特徴とは、彼は自分の感情を表面に持ち出すことをいとわないということだった。2019年のキャリア最高傑作『Tears of Joy』は彼の母親の死についての生々しく感動的な思索/詩作であり、2018年の『Black Soap』のようなアルバム群は不安や自身の喪失について赤裸々に告白した作品であった。しかしこの『Weight~』においては、彼の不安の種は彼の外側にある。“No No”のぼやけたソウルのループに乗せて彼はこうラップする。”I was hurtin’, savin’ n—s who wouldn’t do the same / I gave my purpose out to n—s who was choosin’ fame(俺は傷ついた、ヤツを救ったがヤツは俺に同じことをしてくれない/俺はヤツに目的を与えたが奴が選んだのは名声だった)”『Weight~』に通底するテーマは<裏切り>である。楽曲の中には言うこととやることが違っている人、こちらを操作してこようとするような友人、"serpent(=ヘビ、狡猾な人間)"、"leeches in your circle(=仲間内のヒル、搾取者)”への言及が散見される。非難するようなトーンではなく、彼は傷ついているのだ。 “Coat of Many Colors”(このタイトルはヨセフが兄弟によって裏切られる聖書の物語を下敷きにしたものだ)でMIKEはこう言う。“I offer n—s my advice, and they just see a fortune/ Try to lean me for it, these n—s be informants(俺はヤツらに助言をしたが、奴らが見ているのは富だけ/それを俺に頼ろうとする、奴らが情報提供者となる”その背景では、やすりで削ったような、煙たいラウンジ・ミュージックのループがけだるそうに回転している。それはまるでロックド・グルーヴ(一本の溝が永遠と繰り返されるレコードの溝)にはまったトーンアームのようだ。“Where was you when I sat in the rain? / Is you stupid, or lacking a brain?(俺が雨の中で座っていた時、お前はどこにいた?/お前は馬鹿なのか、それとも脳みそがないのか?”彼はアルバムの後半で尋ねる。この心象表現は意図的なようにも感じる――彼はヴァースの後半では口汚くののしっているかもしれないが、前半では自暴自棄になる様子が胸を打つように描かれている。

MIKEはこれまでもめまいがするような/爆発的なプロダクションを好んでいたが、この『Weight~』では普段よりも拡散的で、時にヴェイパーウェイヴのスロウダウンされたヒプナゴギアに接近している。 “More Gifts”の背景は短く切断され半分の速度に落とされたたソウルの曲のみで構成され、“Plans”はトレブルがきつくかかり、空っぽのモールのような誇大症を思わせる。これは怠惰なのではなく、ただただ効果的である。十分に染み渡った重たいサウンドはアルバムの暗い主題にもあっていて、プロデューサーたち――主にdj blackpowerとkeiyaa――は特殊効果を特定の、計算された瞬間のために取っておいている。タイトル曲では、ビートは物語の展開に合わせて3度その形を変える。最初はチップマンク・ソウル。そして90秒が経過したあたりで突如、コールセンターの保留音に切り替わる。そして3度目、最後にはラテンのソフト・ポップ・バラードを組み替えた男性のあるビートに切り替わる。keiyaaは”222”をプロダクションのショーケースとし、浮ついた鍵盤とベースが、さざ波を立てるシンセの海の上で飛び跳ねる。そしてアルバムを締めくくる、Earl Sweatshirtが参加する”Allstar”では、dj blackpowerはラッパーたちの前面にまでビートを押し出している。この曲はアルバム全体の支配的な主題に対して何の結論も提示しない。MIKEはそのような道徳的議論に対して正直であり、そしてそれはまたあまり重要ではないポイントなのだ。その代わりに、MIKEは最後のヴァースでこの作品を要約している。"Poke a hole into my chest, watch it bleed violet(俺の胸に穴をあけて、そこから菫色の血が流れるのを見てくれ)”『Weight of the World』は傷をいやすための作品ではなく、ただただ血を出し切ってしまうための作品だったのだ。これらの16曲は現在進行形の悲しみを表現するサウンドなのである。

By J. Edward Keyes · June 25, 2020

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