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<Bandcamp Album of the Day>Marie Davidson & L’Œil Nu, “Renegade Breakdown”

批評的に成功した2018年の『Working Class Woman』に続いて発表した新作『Renegade Breakdown』のタイトル・トラック冒頭でMarie Davidsonはある宣言を行う。「ところで、今回のアルバムには金儲けになるものは一つも入っていないからね」と。彼女は焦げ付き様なギター・リフと重ねられたシンセの上で、無表情でこう言い放つ。「今回取り上げるのは、負け組の視点」と。

彼女のソロ作からモントリオールのエレクトロニック・デュオ=Essaie Pasのメンバーであり夫でもあるPierre Gurerineauとの作品まで、ファンたちはDavidsonが言い放つこういった表立たない名文句を期待している。しかし今回、彼女の声明はいささかミスディレクションである:『Renegade Breakdown』にはこれまでにDavidsonが作ってきたものの中で最も温かくて聞きやすい音源が含まれているのだ。コンスタントなツアー生活の結果として経験した精神的・肉体的燃え尽き症候群への反応として、Davidsonはトリオ=L’Œil Nuを長年のコラボレーターであるGuerineauとマルチ奏者のAsaël R. Robitailleと共に結成した。彼女たちのケミストリーはアルバムに収録された10曲の中でも明らかで、フレンチ・タッチのロボット・ロック、80年代風のシンセ・ポップ、そしてアフターアワーのラウンジ・ジャズなどを取り入れている。

Billie HolidayStevie Nicks、そしてフレンチ・ポップのスター=Mylène Farmerという三位一体ーー数多い彼女たちの共通の影響源のなかの一部ーーに導かれるように、このグループは様々な時代やスタイルの間を自由気ままに行き来する。感情的な打撃をいとわないほどの内省的な物語を提供するDavidson。ゆったりとした “Just In My Head” で彼女は旅するソロ・アーティストであることの孤独と退屈を、「たくさんの場所に行ったけれど、それはあなたを恋しくさせるばかりだった」と静かな声で振り返る。“Lead Sister” はアルバムの中でも一風変わった楽曲で、イタリアのバロック作曲家=Alessandro Marcelloの曲をMIDIで作り変えたものである。歌詞はKaren Carpenterの悲劇的な物語に基づいている。“C’est parce que j’m’en fous” や “Worst Comes To Worst” と言った楽曲は、Davidsonがダンスフロアから引退するという知らせがかなり大げさなものであったことを示唆している。後者のニュー・ディスコ風のストンプはSoulwaxによる世界的なヒット曲で、グラミーにもノミネートされた “Work It” のリミックスを引き継いだものになっている。その真逆のスペクトラムにあるのが “My Love” や “Sentiment” で、家の明かりがついていく中で最後にみんなで歌うための懐かしいジュークボックス・セレクションのように感じられる。むち打ち症を起こすようなジャンルの跳躍ではなく、『Renegade Breakdown』はDavidsonのポップなソングライティングの本能のもとに作られているという点で成功していて、同時に親しい友人たちと音楽を作るという単純な喜びを楽しんでいる。

By Max Mertens · September 28, 2020

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