海外音楽評論・論文紹介

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<Bandcamp Album of the Day>TALSounds, “Acquiesce”

Natalie ChamiがTALsoundsとしてリリースした最新作のジャケットにはマットレスの端が写された、無味乾燥な写真があしらわれている。ベッドには枕が置かれていて、その隣に置かれたナイトスタンドの上にはおばあちゃんの家においてあるようなアンティークのランプが鎮座している。一見するとこのイメージは単純で、無害ですらあるように見えるかもしれない。しかし二度、三度と見ていくと、そこに写っている詳細が見えてくる――写真の中央に写っている細いろうそくや、フレームのそこに収まっている毛羽立ったカーペット、そしてこの場面になんだか神秘的な輝きを与えるかのような、ポラロイド風の色調など。

Acquiesce』に収録されている音楽もまた、それと同じような感じで聞き手にこっそりと近づいてくる。彼女の5作目となるこの作品(そしてNNA Tapes移籍後初作品)でChamiは、相変わらずゆっくりと展開していくドローンへの愛着を探求しており、彼女のアナログ・シンセサイザーと優しい囁き声が、ランプで照らされた部屋に充満した銀色の煙のように重ねられている。彼女は前作『Love Sick』において、それまでのソロ作品(もしくはGood WillsmithBrett Nauckeのような同郷・シカゴのアーティストとの共演作品)に比べてより直接的にポップ・ミュージックを受け止めていた。しかし『Acquiesce』ではすべての音は漂っていて、シンセサイザーのいろいろな音の形を集めた豊かで心地よいアソートメントになっている。

Chamiのインストゥルメンテーションは、憂鬱な物思いの中でダンスするような“Opening”や“No Rise”で聴かれるような曇りがかったものと、“Soar”のようなにじみ出る糖蜜の一滴にも似たドロッとした音の板、この2つの間を行き来する。時に、シンセサイザーが彼女の最も強力な武器でなくなることもある:微かな“Else”は消音されたゴロゴロという音で始まり、やがてChamiの渦を巻くような歌声が楽曲を飲み込んでいく。『Acquiesce』にはこのような瞬間がたくさん詰まっていて、Chamiは一見単純に見える要素からテクスチャの特性を引き出し、催眠の形を取るほどにそのサウンドを拡張してく。この作品を散歩中に聴けば、木々の間に溢れる木漏れ日に急に気がつくかも知れない。普通の世界を超えたところに隠れているなにか神秘的なものにChamiが気がついたように。

By Sam Goldner · May 14, 2020

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