海外音楽評論・論文紹介

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<Bandcamp Album of the Day>Various Artists, “Pacific Breeze 2: Japanese City Pop, AOR & Boogie 1972 – 1986”

2020年にあって、日本のバブル期というのはファンタジーのように思える。1980年代にわたって訪れたその時期の間、この国の経済は高く舞い上がり、歓喜に満ちたムードが席巻した。この時代は経済的豊かさ、ネオンに染まった夜景、そしていつまでも続くような楽観主義によって定義される。30年が経ったいま、この時代のイメージは、そのような時代を実際には経験していない世界中の若者にとって、「古き良き時代」を想起させる一種のノスタルジアとして機能している。それは音楽においても同じことである――ハイ・エンドな車内のシステムで鳴らされるために設計された、ファンク、R&B、そしてディスコからの借用によって華美に飾り立てられた楽曲たちは「シティ・ポップ」という明確なスタイルによって言い表される。シティ・ポップヴェイパーウェイヴフューチャー・ファンクといったニッチなジャンルの土台となり、若い日本のクリエイターたちにインスピレーションを与え、だれも予想しなかったYouTubeヒットを生み出した。

Light In The Atticから出た『Pacific Breeze 2: Japanese City Pop, AOR & Boogie 1972 – 1986』は、ある特定の美学やアルゴリズムのアシストによる興味に還元されてしまうそのスタイルの中でも、音響的な発展や多様性にスポットライトを当てている。これは昨年出た、のちにシティ・ポップがどのような音楽となるのかを決定づけたアーティストたち――細野晴臣大貫妙子といったこの国で最も人気のあるアーティストも含まれていた――の楽曲を、初めて日本国外でも聴取可能にした『Pacific Breeze』の続編であり、そのミッションは今作でも継続している。

『Pacific Breeze 2』はシティ・ポップとそれに隣接したジャンルがどのように日本で発展していったのかを捉え、そのサウンドがこの国の資本家たちのピークと同時に爆発したのではなく、実はそれに先んじて成立したものであることを思い出させてくれる。岩沢二弓(ふゆみ)・幸矢(さつや)兄弟によるBread & Butterというプロジェクトがこのコンピレーションの1曲目”Pink Shadow”を飾っている。この曲はそのアコースティック・ギターの音色も相まって、70年代初期の日本における「ニュー・ミュージック」的なフォーク・ロックへの接近を見せている。The Sadisticsの”Tokyo Taste”のように、中期のものになるとだんだんサウンドがなめらかになり、ホーンが印象的な笠井紀美子の”Vibration”はさらに大げさなサウンドである。80年代のものは、様々な電子機器が使われ、より光沢を増している(Pipierの”Hot Sand”や菊池桃子の”Blind Curve”など)。そしてさらにはこの時期の日本の音楽にとってジャズ・フュージョンがどれほど重要であるかということも思い出すきっかけとなっていて、最後を飾る鳥山雄司の”Bay/Sky Provincetown 1977”は『Pacific Breeze』の中でも最も舞い上がるような瞬間である。

戦後の壊滅的な状況から経済大国となり、人々が人生を謳歌することができるようになったこの国の成長を反映するかのような楽観主義がシティ・ポップの輪郭を縁取っている特徴である。これらの喜びのきらめきは”Pink Shadow”のコーラスや大野絵里”Skyfire”の過剰なプロダクションに見て取ることができる。しかし『Pacific Breeze』はこのサウンドを取り巻くより様々な感情を示していて、”指切り”(元・はっぴいえんどのメンバーで、日本で最も名高い作曲家の一人である大滝詠一による)のフルートと南国風のパーカッションの下に潜む緊張感から、記憶はいつでも思い出すことはできるけど、永遠に続くことなどないのだと歌う杏里”Last Summer Whisper”のメランコリーなファンクにいたるまで、この『Pacific Breeze』はシティ・ポップというサウンドを取り巻く様々な感情を示している。このジャンルの末路を考えると――日本の経済的バブルがはじけた後、シティ・ポップもまた薄れていった――それもこのコンピレーションにはぴったりなのかもしれない。しかし『Pacific Breeze』が実証している通り、この高揚感溢れるムードは決して色褪せたりはしないのだ。

By Patrick St. Michel · May 11, 2020

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