海外音楽評論・論文紹介

音楽に関するレビューや学術論文の和訳、紹介をするブログです。

Pitchforkが選ぶテン年代ベスト・アルバム200 Part13: 80位〜71位

Part 12: 90位〜81位

80. Aphex Twin: Syro (2014)

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『Syro』という作品は、自分がそもそも何故エレクトロニック・ミュージックと恋に落ちたのか思い出したいときに立ち戻ってくる作品である。この作品を楽しむということは、完璧に遂行された作曲の基礎を心ゆくまで楽しむということだ:コード進行の解像度、ストレートなビートがシンコペートするビートに変わる際のパーカッションの正確なアレンジ、本質的な性質を失うことなく漂い変化していくメロディの明瞭な形。この音楽は多くのところからやってきているが—テクノ、ハウス、アンビエント、その他多くのエレクトロポップがその都度比率を変えながら常に現れている—それでも、リズムの急転回や特徴的な旋律の装飾を伴うこの特定のアレンジはあの人物によるものであることがすぐにわかるだろう。Richard D. Jamesによる新しい作品を聴いているのだという衝撃—ほとんど前触れなしに発表された『Syro』はAphex Twinにとって、13年ぶりのアルバムだったのだ—が収まってからやっと、これはまさに彼の最高傑作、つまりは史上最も優れたインストゥルメンタル・エレクトロニック・アルバムであることを認識する時間がやってくる。–Mark Richardson

79. Tame Impala: Currents (2015)

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この『Currents』で、Tame ImpalaのKevin Parkerはまるでスーパー8からIMAXに持ち替えた映画監督のように、最初の2作での頑なにローファイな美学を捨て去った。新たな機材を用いて自分で録音とミックスをやることにした彼は、過去のTame Impalaのキャッチーなベースライン、残業する甘いヴォーカル、装飾が効いたギターはそのままに、極彩色のクッキリ感をこのグループのサウンドに付け足した。Parkerは文脈に関係なくどうしようもなくよく聞こえるサウンドというものが存在すると信じているようで、そのサウンドをセクシーなフューチャー・ディスコ“The Less I Know the Better”やピチャピチャ音を立てるシンセサイザー・バラード“New Person, Same Old Mistakes” (Rhiannaのお気に入りである)で機能させた。彼の完璧主義は功を奏し、ドラムはスピーカーから飛び出し、シンセは清澄に燃える。彼はロックのプロダクションに新たな黄金律を提示したのだ。-Noah Yoo

78. Kurt Vile: Smoke Ring for My Halo (2011)

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 Kurt Vileの出世作となった『Smoke Ring for My Halo』で、このフィラデルフィア出身のソングライターはアコースティック・ギターを手に、このソファから二度と立ち去らないだろうということを歌っている―「だって外に出れば、僕はどうかしてしまうだけだから」―そして自分の子供の手の中に入って世界から隠れるために文字通り縮んでみせる。彼のそれまでの作品には不潔でローファイな要素があった一方、『Smoke Ring〜』で彼は次のディケイドの作品の下地を作り上げ、ヒプノティックなギターのパターンの上で婉曲的な思考を紐解いていく詩人に光を当てることになった。Vileはその症状を認めながらも社交不安障害やうつと格闘することはせず、自分の論理を自己批判し、商店を失い、また最初の状態に戻る。確かに“Puppet to the Man”ではコードをプラグに挿して多少の重みを加えてみせるが、静かなまま終わる曲が多い。そんなノイズを出して、どうやって自分のことを理解できるというのだろうか?–Evan Minsker

77. Four Tet: There Is Love in You (2010)

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そのキャリアの中で初めて、Kieran Hebdenは新曲たち―のちに『There Is Love in You』となるもの―をクラブでかけて試してみることにした。“Love Cry”がパーティーの聴衆に届けられると彼らは大騒ぎして賛同の意を示し、彼はそれをかけるたびにオーディエンスの反応に基づいてタイトにタイトに磨き上げていった。アイコニックなパーカッショニスト・Steve Reidとのコラボレーションをを得た直後で、キャリアの中でも創作的なピーク(議論の余地はあるが)に差し掛かっていたHebdenはそのような周囲の興奮を利用し、音楽の持つ何処は他の場所へ連れて行ってくれる力、人生のストレスが消え去ってしまうほどに化学的な意味で至福を感じさせてくれる力に対する感謝の意を作り上げた。彼の名付け息子の文字通り心拍を増幅させたり友人の子供がトイピアノを引いているのを録音するなど、彼はそこにさらに自信の自叙伝的な楽しみの種も植え付けた。このアルバムは我々全員のの内側にある愛にフォーカスした作品であり、我々をそこにつれていくためにHebdenは自信の幸福な場所で瞑想しているのである。–Evan Minsker

76. Arcade Fire: The Suburbs (2010)

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『The Suburbs』はリチャード・リンクレイターの映画『6才のボクが、大人になるまで。』の音楽版のようである:どちらもテキサスを舞台にした、とっちらかりながらも特別な清澄の物語であり、野心に溢れた作品であり、批評的にも成功を収めている。しかしキャリア初期の2枚で死や宗教といったテーマに取り組んできたArcade Fireがこの『The Suburbs』で故郷を去ることに目を向けたさい、比較的このコンセプトはスケールが小さく感じられた。しかしもちろんここに収録されている音楽はそんなスケールの小ささとは無縁で、2パートに別れた曲が何曲かあるほか、音楽的モチーフは反復され、新たな始まりの香りが作品を通じて振りかけられている。バンドのリーダーであるWin Butlerと弟のWillがヒューストンで過ごした子供自体の出来事にインスパイアされたこのアルバムは、郊外へのスプロール現象が若者やその土地に不慣れな人間の中で閉所恐怖症を引き起こしてしまうことや、その経験はバックミラーで振り返ると違って見えたりするということを先天的に理解している。権力を顕示したいだけの警官や「山のように連なっている死んだショッピングモール」を綴り郊外居住者の恐怖を切り取る一方、この世界がもっと寛容で控えめに感じられたことを優しく思い出させてくれもする。そして何よりもサウンドが広大かつエレクトリックで、その背景からは考えられないほどに豪勢であり、ナレーターの夢やいらだちを捉え、衝撃的な“Sprawl II”ではArcade Fireのダンス・ロック的な未来の方向性も示唆している。–Jillian Mapes

75. The Weeknd: House of Balloons (2011)

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このデビュー・ミックステープによってAbel Tesfayeは世界に彼の快楽的な宇宙を初めて紹介した。その当時、Drakeのお墨付きであったこと以外我々は彼について何も知らず、多くの謎とともにまずは目の前の作品に焦点を当てることしかできなかった:今ではアイコニックなものとなったサンセリフ体のタイポグラフィーとTumblr風のヌードがあしらわれたジャケットと、音楽そのものに。PBR&Bのジョークはさておき、The Weekndの最初のミックステープはその後に到来したトレンドを予見するものであり、ジャンル分け不能のプロダクションと魅力的なソングライティングで満ちていた。Cocteau TwinsやSiouxsie and the Banshees、Beach Houseのサンプル?ありますとも。コカインに影響された性欲?たっぷりございますとも。

“The Morning”や“Wicked Games”といった楽曲はThe Weekndのポップへと向かう熱望に先立っていたし、フックを歌う才能を際立たせていた。その一方で“What You Need”の這うようなベルとゆったりとしたドラムは、薄暗く、そして甘い声で歌うこの世代の男性シンガーたち全ての青写真となった。『House of Balloons』とそれに続いたミックステープ群は彼がメジャーレーベルと契約するきっかけとなったが、こんにちに至るまで奇妙なアルバムの1曲目“High for This”ほど効果的なミッション・ステートメントはない。砂混じりのシンセが花開くと彼のたぶらかすような声が空中を滑空し、あなたにリラックスと深呼吸をさせ、着ているものを一枚脱がしてゆく。–Noah Yoo

74. SOPHIE: OIL OF EVERY PEARL’s UN-INSIDES (2018)

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中学生の時に読まされた多くのSF小説は、我々が我々を人間たらしめていることを失ってしまうという未来を恐れていた:我々の感情、お気に入りの本、我々の記憶。しかし、コンピューターの合成音声とデジタル化されたアバターで溢れた未来が、我々を現代のジェンダーセクシャリティの制限的な概念から開放してくれるとしたらどうだろう?スコットランドのプロデューサーSOPHIEのデビュー・アルバムで彼女は自身の、輝くプラスティックのような実験的なポップを用いて、自分の身体やアイデンティティを自由に制御することのできる時代を想像する。“Faceshopping”ではフォトショップの誘惑にリアルさを見出し、“Immaterial”ではヴォーカリストのCecile Believeが嬉しそうに「なりたいものにはなんにでもなれる」と歌う。アルバムの歌詞は抽象的でありながら、SOPHIEの最も赤裸々な作品になっている:“It’s Okay to Cry”のミュージック・ヴィデオが公開される前、この謎めいたプロデューサーの顔を見たリスナーはほとんどいなかった。最も確実な「自分」というものは自分で建設し、作り直し、毎日世に送り出さられるものであるという、全く新しい世界をSOPHIEは作り上げた。–Vrinda Jagota

73. Cardi B: Invasion of Privacy (2018)

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Cardi Bはお金のためにラップを始めたその瞬間から、技術的にベストではなかったとしても、このゲームの中で最も鋭い存在になりたいと思っていた。おどけながらも苛烈なメインストリームへの登場だった“Bodak Yellow”―そしてそれは彼女の4連続ナンバーワンヒットの最初の1つだった―の夏が終わると、彼女は誰も止められない、ミチバシリのような速度で進む存在となった。インスタグラムリアリティTVの両方で彼女を有名にした大胆さ、ユーモア、そしてビジネスの嗅覚はこのデビュー・アルバム『Invasion of Privacy』にも引き継がれている。彼女の音楽は繊細でありながらハードコアであり、注意深く作られていて、そして何よりも愛嬌があった。“I Like It”のベースはどの大陸にあるスピーカーでも吹き飛ばしてしまうほどであり、“Be Careful”はCardiによるクワイエット・ストームのラップ・ヴァージョンだった。以前未熟だった彼女のフロウ―それを馬鹿にされることが多かった―はより磨かれており、MigosやChance the Rapper、SZAのような優れたゲスト陣と比べても見劣りしない。見事にシームレスなデビューだった。そしてこれが期待を超える良さだったという事実がこの作品の輝きを増している。–Clover Hope

72. Father John Misty: I Love You, Honeybear (2015)

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ジャーナリストを翻弄したり「どういう意味なのか」についてのパフォーマンス・アートに傾倒する前、Josh Tillmanは『I Love You, Honeybear』の中で愛の感情を挑戦的で、自己中心的で、矛盾した感情の状態であると捉えた。アルバムを通して、彼は妻のEmmaに対して誘惑するような病的なまでに甘い声で歌っているが、同時に私的な交際の儀式というのは外から見ると不確かなものに見えるということにも気がついている:彼はパーティーで出会った気だるそうな女性に辛辣な言葉を浴びせつつも、結局彼女と帰ることにしたり、泥の中で転がる豚のように個人的な危機に際して弱ったりしている。音楽は官能的だが、雰囲気は気だるい。この馬鹿げた星の上に存在することの汚さや荒廃の中で、Tillmanは愛に寄り添う。それは現実の人生が彼に他の選択肢を与えなかったからである。–Jeremy Gordon

71. Robyn: Honey (2018)

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 2010年の傑作『Body Talk』に続く作品を作るというのは、それはそれはひるませるようなタスクだろう。だからこそRobynはこの8年ぶりのアルバムでフロア・アンセムをあえて避け、私達が自分たちでも必要としていることに気が付かなかった優しいエレクトロ・ポップ・セラピーを作り上げた。彼女は実際の人生の中で失恋と喪失に出会い、それに最初は嘆き悲しみ、やがてそれを受け入れ祝福したのだ。自分の時間を設けたことでRobynはじっくり机に座って深い回想にふけったり、何の気なしに書いたように見える、いっときの感情を琥珀に閉じ込めたようなフレーズ―「私の苦しみすべてをガラスに変えた」「私達はダイアモンドを作っている」―を書き綴る時間を得た。彼女は主題であるとともに思いやりのある耳でもあり、“Send to Robin Immediately”では彼女はふざけて自分の個人的なアイデンティティと創作的なアイデンティティの間に穴を穿ち、“Beach 2K20”ではパーティー、パーティー、パー・ティーへの集団的招待状を送る。一つの際立った楽曲というよりも、『Honey』はムードであり香油であり、そのビーチ風のハウス・ビートと同じくらいライトで安定している平衡状態である。しかし最良の瞬間は超越的な幕引きの曲“Ever Again”での平和への願い―「主張し合うのをやめて、何か他のことをするというのはどう?」―が、どれだけ長い間待たされたとしても、本物のはちみつは腐ったりしないという約束と共に封をされた瞬間であろう。

Part 14: 70位〜61位(執筆中)