海外音楽評論・論文紹介

音楽に関するレビューや学術論文の和訳、紹介をするブログです。

Pitchforkが選ぶテン年代ベスト・ソング200 Part 7: 170位〜166位

Part 6: 175位〜171位

170. Lil Peep: “Kiss” (2016)

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Lil Peepの“Kiss”はまるで、2〜3の曲が千鳥足で一緒に家に帰ってきたようなサウンドである。ギターのサンプルはModern Baseballのものかもしれないし、Lil Peepによるものかも知れない。この曲で最初に聞こえてくる声はカリフォルニアのポップ・パンク・バンド、Better Luck Next Timeのダウンピッチされたサンプルである。向かってくる車のヘッドライトが目を細めると一つの光線に滲んでしまうように、この残響も合流する。Peepに最も近く親密なクリエイティブ・パートナーだったSmokeasacのプロデュースによるこの曲は、Peepのシグネイチャーである気だるさにどっぷりと漬かって始まるが、やがて2つ目の曲があくびをし、1つ目の曲の中で目覚めようとするようだ。Peepの曲にしては珍しく、絶望ではなく内気な希望のアンセムである。「もう一度だけ、キスをしてくれ/こんな夜にはもう一度くらいチャンスがあってもいい」と彼は歌う。このような多幸感の儚い暴走は、長続きはしない。なんとかしてそれを守りたいと、そう急き立てられてしまう。–Jayson Greene

169. St. Vincent: “New York” (2017)

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ハイパー・セクシュアルなシンセ・トレーニング・ソングや、全ての地獄に響き渡るほどファズがかかったベースラインに囲まれている、このピアノ・バラードはAnnie ClarkのSt. Vincentとしての5作目『MASSEDUCTION』における、胸が張り裂けるような中心曲である。Clarkが旧友に送ったテキストメッセージが流用された親密なヴァースは、どこかへと去っていってしまったが、絶対に忘れてしまうことはない人々や場所を称えている。「あなたは私を我慢してくれるこの街で唯一のマザーファッカーだ」彼女は歌う。一方でコーラスは宇宙へとズームアウトし、David BowieやPrinceといった亡くなったヒーローたちに敬意を払う。この曲は、暮らすこと、愛すること、そして大都市で何かを失うこと、そしてそれら全てを後悔しないことについての歌である。–Noah Yoo

168. King Krule: “Dum Surfer” (2017)

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この“Dum Surfer”で、King KruleのArchy Marshallは彼がビートメイクの腕前やラウンジをぶらつく人間が持ついかがわしさ以外にも、キビキビとしたロックを書けることを見せつけた。鼻に栓をしたボクサーのような歌いぶりで、彼は感情の両端を言ったり来たりする。バンドを「クソみたいなゴミ」と呼ぶ一方で自分が過ちを犯しやすい人間であることを惨めにも確信している。くねるバリトン・サックスとスモーキーなダブ・エフェクトが曲の輪郭をぼかし、呼びかけである曲名が徐々に優しい金言へと変わっていく。「Don't suffer」。一昔前であれば、この曲によってKing KruleはThe PixiesSonic Youthと並ぶオルタナティヴ・ロック界の巨塔になっていたかも知れない。その代わり、この曲は奇妙なジャズ・アンサンブル・Standing on the CornerからBeyoncéまで、ありとあらゆるファンを取り込んだ。–Andy Beta

167. Tinashe: “2 On” [ft. Schoolboy Q] (2014)

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L.A.のヒットメイカー、DJ Mustardのプロデュースによる“2 On”はワイドスクリーンで、精巧に作られている。渦を巻いた、ハイトーンなベースラインがブンブンと飛び回りながら鳴り、シンセ・ドラムの加工していく爪弾きのロールはあまりにもキャッチーで、ゴージャスなヴォーカルのメロディと張り合うほどだ。“2 On”とはTinasheの造語で、めちゃくちゃハイになった状態―興奮が乗じて無意識に近い状態になること―を意味する。彼女のリリックには酒やケムリへの言及が散見され、「トリップするまでつぶれる」ことを正面から祝福したこの曲のメッセージがHot 100の24位にチャートインするという結果を後押ししたのかも知れない(「“live fast, die young”、それが私のチョイス」というのは明らかに冷笑主義的である)。しかしTinasheの官能的で、引き伸ばされた「I Luuuuu to get 2 on」という歌声は喜びに満ちていると同時に生の肯定であり、多くのトラップがそうであるような無感覚の快楽主義とは距離をとっている。消滅がこれほどまでデリシャスに響いたことはこれまでなかった。–Simon Reynolds

166. Bad Bunny: “Caro” (2018)

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2018年に決定打となるデビュー作『X 100PRE』をリリースしたときにはもう、Bad Bunnyはすでに「música urbana」界隈では最大のアクトの一つだった。そしてアルバムからの4枚目のシングル“Caro”は彼の素晴らしさを最もクリアに提示してみせた。これは彼のもの柔らかで物憂げな男という美学を乗せるにはピッタリの船である。レイド・バックしながらもバウンス感はバッチリで、酩酊感のあるシンセと空間を生かしたメロディラインが彼の敏捷なフロウをガッチリと支える。ロマンティックであると同時に、個人がそれぞれの真実を生きるという普遍的な人間の欲求の表現という意味では政治的でもある。「俺がどう君を傷つけた?/俺はただハッピーなだけなのに」と彼は小声で歌う。

“Caro”はBad Bunnyにとって決定的な瞬間となった。服装の妙な選択、塗りたてのマニキュアへの偏愛に対するホモフォビック的バックラッシュのあと、このヴィデオは伝統的なジェンダー・ロールと有害な男性性の拒絶の機運を高めた。この驚くべき映像には女性のBad Bunnyによる吹き替えやランウェイを歩くドラァグ・クイーンが登場し、Ricky Martinだけになる光り輝くブリッジ部分では、Bad Bunny本人が男性・女性の両方からキスを受ける。“Caro”で、このプエルトリコのスターはいくつかの脚本を書き直してしまった。–Matthew Ismael Ruiz

Part 8: 165位〜161位