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<Pitchfork Review和訳>Lil Pump: Harverd Dropout

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pitchfork.com

サウス・フロリダのラップ・シーンのローファイ的ルーツを投げ捨てたLil Pumpは、自身のカリカチュアと成り果てた。このセカンド・アルバムは時々聞いてて楽しいことはあるものの、総じて「不必要」である。

得点:3.8/10

筆者:Alphonse Pierre

 16歳の時にネット上でセンセーションを巻き起こして以来、Lil Pumpはイエス・マンに囲まれ人生最良の日々を送っているようだ。彼の衝動や思いつきはひとつ残らず、メジャーレーベルの敷いた赤絨毯によって何のためらいもなく世に出される。彼の17歳の誕生日にあっては、レーベルはストリップ・クラブを貸し切り、Pumpがザナックスをかたどったケーキに入刀するところを楽しげに見ていた。おそらくこういった連中は彼が「フォートナイト」で遊んでいる間「ちょ、なにするんすかパンプさん」や「パンプさんってマジで金持ちっすよね〜」とか言ってPumpを鼓舞する(訳注:原文では"gas Pump up"となっており、「ガスを入れてふくらませる」といった洒落になっている)ことでお金をもらっているんだろう。そして本当に特別な日にだけPumpをスタジオに送り、Rolling Loudフェスティバルで聞かれるようなEDMホーンがついたビートに乗っかるよう命令するのだ。そのようにしてPumpが曲を大量生産し作られたのがこのセカンド・アルバム、『Harverd Dropout』というわけだ。

 このセカンドは言うまでもなく、ファーストアルバムすらLil Pumpには必要なかった。2016年後半、Smokepurrppのところの若いサイドキックというレッテルを脱ぎすて、サウス・フロリダのラップ・シーンの頂点へと上り詰めた彼は、典型的な一発屋ラッパーとなった。Pumpのリリースはどれも、「物議を醸すピンクドレッド振り回し男」というキャラクターに見事にフィットするように作られていた。Pumpのシングルはどれも不吉なキーボードサウンドと歪んだベース、そしてDJ AkademiksのTwitchをよく見る人であればより理解できるであろうリリックで構成されている。Pumpはマーケットに過剰に供給されることもなければ、多くのラッパーのようにリークに苦心することもなかった。彼のシングルは何ヶ月かおきにリリースされ、彼は熱狂的ファンたちが死滅するまでその波に巧みに乗り続けるのだ。

 やがてレーベルがLil Pumpを食い物にし始めると、彼はそのほぼ完全無欠のテンプレートを投げ捨て、マイアミ風のChief Keef的美学から離れ、ポップスターとしての地位を目指すようになる。2017年、Pumpは自分でも何かの間違いで人気になってしまったと感じている一大センセーションだったが、この『Harverd Dropout』ではそういった感情は消え失せ、キャッチフレーズはまるで予測変換で作られたように不自然に響く。Pumpが実在しない人間にすら感じられることも多い。Pumpがサウンドクラウドの研究所において16歳の状態で生まれたのではないということを示す唯一の痕跡は、「iCarly(訳注:アメリカで放送されたコメディドラマ。日本でもNHKで見ることができる)」やデレク・フィッシャー(訳注:元NBAプレイヤー)などのポップカルチャーからの引用が時折見られることである。

 『Harvered Dropout』において、Pumpが体現しているのはOdd Futureのスローガン「殺せ、燃やせ、学校なんてクソ食らえ」を少ししょぼくしたバージョンである。Pumpの唯一のモチベーションは彼の昔の高校教師たちを演じることだけだ。そのテーマはアルバムにおいて高圧的であり、Pumpは彼はハーバードに通っていて中退したのさ、というジョークで繰り返し我々を叩きのめす。このユーモアがおわかりいただけるだろうか。つまり、ハーバードは賢い人が行くところで、Lil Pumpは自分で行っているように「金持ちだけど、読みがわからない」。Pumpは1曲目の「Drop Out」で、大人たちへの復讐を繰り返す。中身はといえば自慢にもならない自慢である。「中退して、今はお前の母ちゃんよりも金持ちだぜ」(Pumpよ、私の母親は高校教師である)。彼のカネ関連のボースティングはたいてい目も当てられない代物だ。「Multi Millionaire」ではPumpは金持ち過ぎて、Wingstop(訳注:アメリカのチキンウイングチェーン)に行くのにも飛行機を使うんだと息巻く。Pump君よ、Yelp(訳注:アメリカ版「食べログ」)のアプリをダウンロードしてみてくれよ。君の住んでるところにはもうちょいマシなお店があるでしょうが。

 Lil PeepMac Millerの件があった今、Pumpが反教育的な内容の代わりに自分の薬物中毒をのんきに自慢しているのにはうんざりさせられる。「11歳の頃から吸ってるぜ/錠剤は7歳から」とは「Drug Addicts」でのPumpの弁だ。薬物中毒を自慢しなきゃいけないっていうのはちっとも魅力的ではないし、むしろ必死にみんなの注目を集めようとする策略のように映る。

 Pumpの貧しい意思決定能力はビートの選択にも現れていて、まるで去年のDJ CarnageによるEDMセットを大いに気に入ったのかのようなインストの上でラップをしている。それでも大金を注ぎ込んだプロダクションによっていくつか輝いて聞こえる瞬間はある。Lil Wayneのアシストもあり、Pumpの純粋なポップさが開放されている「Be Like Me」がそうだ。Ronny Jはいかにもサウス・フロリダらしいディストーションを「Vroom Vroom」で聞かせてくれるが、彼の貢献も結局はPumpがいかにローファイ的なルーツから離れてしまったのかを我々に思い出させるだけである。

 Lil Pumpは自身のカリカチュアに成り果ててしまったのだ。彼はなにか再発明したり、自分が名を挙げた地元のシーンと再びコネクトすることもできたのだ。しかし今やインスタグラムにおいて1800万人ものフォロワーを持つPumpはあまりにも巨大になりすぎて、後ろを振り返ることができなくなっている。そしてこれが今のLil Pumpの姿である。自分の若さに固執するポップカルチャーのタイムスタンプが、たまたまラップもするというだけのことだ。