海外音楽評論・論文紹介

音楽に関するレビューや学術論文の和訳、紹介をするブログです。

Pitchforkが選ぶテン年代ベスト・アルバム200 Part 6: 150位〜141位

Part 5: 160位〜151位

150. Playboi Carti: Playboi Carti (2017)

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 このセルフ・タイトルのミックステープによって出現する前、Playboi Cartiはなぞの人物だった:アトランタネイティヴの彼のサウンドクラウドのページは公開された秘密の隠れ家であり、門番の間で交わされる内緒話のように噂され、彼のリーク・トラックは密輸品のようにインターネット上を駆け巡った。『Playboi Carti』は彼にまつわる神話に実体を与え、勢い任せにスタイルを切り替えジャンルを捻じ曲げてしまうラッパーとして彼の地位を確立した。テープの中で彼は、そのドリーミーなサウンドに磨きをかけるプロデューサー・Pi'erre Bourneの力を借りながら、麻痺させるようなデリヴァリーとアドリブを強調している。催眠術のような“Magnolia”はメインストリームの中で完全なオーラをまとうことができるという彼の能力を示した。彼のラップは30秒のインスタ動画で聞いても楽しいし、車のスピーカーでフルボリュームで聴いても楽しめる。–Alphonse Pierre

149. Mac DeMarco: 2 (2012)

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彼を好む好まざるに関わらず、Mac DeMarcoがこの世代のベッドルーム・ポップ勢やスカム・ロックをやっていたかも知れない早熟の天才たちに与えた影響を無視するのは難しい。出世作『2』は彼のタバコに対する偏愛、おどけたユーモア、そして地味ながらも圧倒的なソングライティングを確立した。当時22歳だったカナダ人は全編で薬物中毒と田舎の持つ鎮静作用をひょうきんに紡ぎ、彼のレイドバックした声とフランジの効いたギターワークをそこに織り込んでいる。当時のライブ映像が彼の無頓着なアティテュードを示している。ボロボロのギターで出ていき、ギターのヘッドから切りっぱなしの弦がブラブラと揺れ、無頓着であることを魅力的な生き方―あるいは立派なものにさえ―見せてしまう。これは彼が最も自由だった時期であり、インディー・ロック界の「クラスのおちゃらけもの」という期待を背負い込む前であり、彼の音楽が誰も予期することのできなかった高みに彼を連れて行く前の話である。–Noah Yoo

148. Nicolas Jaar: Space Is Only Noise (2011)

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2010年代の始まりには、まだチルウェイヴ人気の頂点の残響が空気中に残っていて、流れる水のサンプルはいい雰囲気の、複雑でない曲の始まりを示す典型的なインジケーターだった。Nicolas Jaarのデビュー作はそのしぶきの音で幕を開けるが、安易な喜びへの道をすぐさま脇にそれていく。このプロデューサーの作品の下部には危険な輝きが蠢いていて、幽霊的なエネルギーが彼の控えめなビートと逞しいベースラインの中で発露する。パーカッシヴなギターとマイクの至近距離で録音されたヴォーカルがリヴァーヴの波の中に注ぎ込んでいく。調子のいいEDMと泡のようなチルウェイヴの過剰供給だった10年代の初期と言う時代にあって、Jaarは抑制の中に魔法を見出し、曲がり角で常に妖しい光を放つ存在や、そこに存在しない音を演奏するのを厭わない若いアーティストの印象を聴き手に与えるための充分な余地を残していた。–Sasha Geffen

147. The National: High Violet (2010)

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『High Violet』は、新しい現実を理解するという点において、めまいを起こすようなクオリティを誇っている。これはThe Nationalのアルバムの中でギタリストのAaronとBryceのDessner兄弟の実験的な方向性が真の意味で同一化された初めての作品であり、『Boxer』を手堅く、それなりに美しい作品にしていた要素を気難しく不確実なものにし、虚構の帝国ではなく裏切りの帝国を作り上げた。フロントマンのMatt Berningerは恋人や家庭、あるいは過去の自分や自分がなりつつある人物との隔たりを感じている。それを乗り越えるため、彼は鬱屈で近眼的な自己犠牲のもと、憂鬱借金自己破壊を崇高な宇宙的ジョークに仕立て上げた。Berningerの歌詞が時代と完璧に符合したのはこれが最後であり、彼が年代記編者からキャラクターになってしまう前の、実存主義者の最後の輝きである。一度大人であることに満足してしまうと、そうでなかった頃のことを思い出すのは難しい。–Laura Snapes

146. Sheer Mag: Compilation (2017)

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パンク・バンドには2種類ある:ニヒリストと、人生を愛する者たち。フィラデルフィアのバンド、Sheer Magはその5年間の活動を後者の力を主張することに費やした。リフが主役の震えるようなプロテスト・ロック、そしてネオ・ヘヴィ・メタル風のバンドロゴの中でも屈指のかっこよさと共に、Sheer Magはそのネバネバとしたソングライティングと徹底したインディペンデント性によってアンダーグラウンドの英雄となった。Black FlagやMinor Threatといった彼ら以前のハードコア・アイコンたちのように、Sheer Magもまた一連のEPによって基礎を固め、それらを捨て曲なし、未だに彼らの最高傑作である『Compilation』にまとめた。ジェントリフィケーション、不正をはたらく警官、悪徳な家主、ヤッピー(訳注:都市に住み専門職について高収入を得ている若い中流階級の人の総称)、昔ながらの失恋やその他、問題意識を持つY世代の人々を食い物にする様々な人生の苦しみについての曲でいっぱいの作品である。彼らの音楽は痛切であり、鼻高々であり、祝祭的である。しかしそれら全てが、我々の生を応援するために設計されているように感じるのだ。–Jenn Pelly

145. Chief Keef: Finally Rich (2012)

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 2012年にこのChief Keefのメジャーデビュー作が出ると、90年代の倫理的混乱の日々以来となるほどの徹底的な精査が行われた。この作品はシカゴの中でも最も見捨てられてきた街角で育った筋金入りのティーンが、周囲に存在した暴力を反映してーそしてもちろん理想化してー作られた作品である。Keefは彼のアンチたちが考えるよりも賢く、自分のヴィジョンをコントロールしていた。彼の言葉遊びのミニマリズムは彼の記念碑的フックを強調する役目を負っている。『Finally Rich』はドリルにおける素晴らしきクロスオーバーの事象である。このラッパーは冷笑的なトラップの想像力にラジオでもかけられる程に磨きをかけたが、その本質的な凶悪さは失われていない。このアルバム以降、Interscopeや彼のリミックスに喜んで参加した著名人たちが彼を見捨てた後も、Keefは独創的で影響力のある音楽を作り続けた。しかし『Finally Rich』は彼の最高峰であり、ストリートで生まれた音楽と大規模な予算が出会った時に起こることとしては最良のシナリオであった。–Evan Rytlewski

144. PJ Harvey: Let England Shake (2011)

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活動20周年を迎えた2011年にリリースされた、彼女の8作目となるこのアルバムで、Polly Jean Harveyは第一次世界大戦から当時アフガニスタン紛争に至るまでのイギリス軍の歴史を、鋭いジャーナリスティックな観察と詩的な筆致で探求した。英国フォークからジャマイカのレゲエまで、ダークなコメディから単純にダークな曲まで、彼女は紛争の本質と人間性の根底にある悲劇を事細かに綴る。うんざりするような郷愁の糸が12つの簡潔でありながら痛烈な曲を一つに編み上げていて、人間が過ちから学ぶことができないという失望を撃ち抜いている。このアルバムは我々の腹を思いっきりぶん殴るようなアルバムである。タイムレスでありながら恐ろしいほどにタイムリーであり、ある地域のことを歌いながら、それは全世界について歌うことでもある。 –Ben Cardew

143. Weyes Blood: Titanic Rising (2019)

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Natalie MeringのWeyes Bloodとして4枚めとなるアルバム『Titanic Rising』の中で、彼女は青臭い、70年代のポップのハーモニーの完全な理解によって後押しされた、共感できる曲たちをもって恐怖と戦っている。Meringの華奢な声で歌われる人生で最も過酷な側面についての警告は優雅な空気を纏う。それは最後から2番目の曲“Picture Me Better”で最もよく現れている。この曲はレコーディングの最中に自殺で亡くなった友人にあてられた手紙である。「向こうからの電話を待っている」。古風なハリウッド風のストリングスが鳴る中、Meringは軽快に歌う。「なにか意味があることが起こるのを、待っている」。–Noah Yoo

142. Fennesz: Agora (2019)

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コンピュータを用いて音を異質な形に変えることは今や当たり前のように感じられるが、世紀の変わり目にあっては、ギタリストでありプロデューサーでもあるChristian Fenneszによるノイズ〜ポップを経由した作品は奇妙で、グリッチーな世界を想像させた。そこから20年近くが経ち、このオーストリアアンビエント楽家は突然スタジオを失い、多くのティーンがやっていることをやることにした。寝室で、ヘッドホンを着用してひたすらジャムするのだ。しかしそんな素朴な環境においても、彼はまるで老師のようにギターや電子楽器を一度に1ダウンストロークずつレイヤーしていき、歪んだ至福の広大なキャンバスになるまで忍耐強く作業を行った。『Agora』は彼のキャリアの中でも最も外に開かれた、そして最も細部までこだわり抜かれたサウンドスケープを誇る作品である。考え抜かれているようで本能的であり、ぼやけているようで正確なことアルバムによって、Fenneszは21世紀最大のロマン未来派となった。–Andy Beta

141. Rick Ross: Rich Forever (2012)

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 Rick Rossは、完全に、すっかり現実というものから切り離されたときにこそ最良の作品を作り上げる。2012年のミックステープ『Rich Forever』では、元看守である彼が完全に悪党のドンというペルソナになりきって、自分自身をブロックバスター・アクションハード・フランチャイズのボイルド・アンチヒーローに配役している。スタジオ・アルバムでの退廃的な、赤いビロードの魂を控え、『Rich Forever』ではタイトで、IMAXサイズのインストゥルメンタルを強調している。“High Definition”での焼けるようなシンセサイザーから残虐で圧倒的なトラップ“Yella Diamonds”に至るまで、ほぼすべてのビートがマンモス級でRossの雷竜のようなラップの記念碑となっている。DrakeやKendrickのようなラッパーが、地に足のついた、個人的なステートメントを優先していた時期にあって、Rossはファンタジーに倍賭けした。『Rich Forever』にはファクトチェッカーが検証することができることは一つもないが、ミックステープというのはそのほうが良いのだ。–Evan Rytlewski

Part 7: 140位〜131位