海外音楽評論・論文紹介

音楽に関するレビューや学術論文の和訳、紹介をするブログです。

Pitchforkが選ぶテン年代ベスト・アルバム200 Part 4: 170位〜161位

Part 3: 180位〜171位

170. Skee Mask: Compro (2018)

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表面上、このBrian MüllerのSkee Maskとしての出世作は、Aphex Twin風に燃え盛るようなドラムパターンをゴージャスなアンビエントと融合させる試みに見える。しかし何度も聞いているうちに、この『Compro』はもっと複雑な作品に聴こえてくる。このドイツ人のプロデューサーは過去20年のエレクトロニック・ミュージックを巨大な砂場として扱い、十分楽しむことができるほどに耳馴染みがあり、それでも絶えず聞き手を驚かせるほどの突然変異を起こすような、丹念に織られたトラックを作り上げる。アルバムの1曲目“Cerroverb”は空っぽの空間の上に作られている。宇宙的なブリップが流れてくるが突然フェードアウトし、まるで我々が聴いているのと同時にこの曲が分解されていっているように感じる。“50 Euro to Break Boost”では砂混じりのブレイクビーツが、まるで酸性雨を降らせる美しい雨雲のように浮かんでいる霧のようなシンセを汚していく。この『Compro』で、Müllerは世界を作り上げたと言うよりは、その奇妙で美しい世界の終わりのサウンドトラックを作り上げたのだ。–Sam Hockley-Smith

169. Paramore: After Laughter (2017)

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Warped Tourの日々の中で、まだ10代だったParamoreのHayley Williamsが彼女のファンたちと築き上げた信じられないほど個人的な関係性―まるでこのバンドのポップ・パンクにはティーンにしか聞こえない周波数が含まれているかのように、大人の批評家の多くは当時その関係性について認知していなかった―は、10年続くほどに強力で、年齢と成熟を重ねるにつれて進化・深化するダイナミックなものであるということが明らかになった。この『After Laughter』は「大人のためのエモ」である。ミレニアル世代の「延長された青年期」という状態を定義する内面の混乱を覗き込む完璧な窓のように感じられるアルバムを、Williamsは作った。いまのParamoreは過去のParamoreがかつて持っていた切迫感を持っているのかも知れない。というのも、青年期の苦悩というのは思っていたより長く続くからだ。もはや誰しも「成長」をすることができないのかもしれない。もしくは、拳を固く握りしめ“Forgiveness”を寝室で歌うといったような開放の感覚というのは必要不可欠で永遠の喜びなのかも知れない。そしてその感覚をだれよりも上手に想起させるのはWilliamsにほかならないのだ。–Alex Frank

168. Julianna Barwick: The Magic Place (2011)

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シンガーでありアンビエント作曲家であるJulianna Barwickは、スティーヴン・スピルバーグの素晴らしい戦争映画、『太陽の帝国』を人格の形成期に見ておくことの重要性を語った。そこで最も重要なのは、彼女がその映画に使われていた、ウェールズの子守唄“Suo Gan”を青年合唱隊が歌うJohn Williamsによる劇伴を覚えていたことだ。彼女の出世作『The Magic Place』は、混沌の中の平穏な瞬間を描いている点で似通っている。彼女の主な表現の手法は彼女の声とループ・ペダルであり、完全に包み込まれるような感覚を与えてくれる。リヴァーヴに包まれた歌と息遣いのサウンドはそれがどこから発せられているのか忘れてしまうほどに反響する。他にも多くの若いアーティストがかつてナシとされたニュー・エイジというジャンルからインスピレーションを受けたこの10年の早い段階で発表されたこのアルバムは、いかにアンダーグラウンドが神聖さを包摂しているのかという代表的な例である。世界の騒々しさが増していく中、Barwickは彼女だけのサンクチュアリを築いた。そこは光と空間で満ちていて、自分の家だと感じられるほどには違和感がある、そんな空間だ。–Sam Sodomsky

167. (Sandy) Alex G: DSU (2014)

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Alex Giannascoliは質素なソングライターと呼ばれることはないだろう。2014に至るまでにも彼はかなり多くの作品を作りカルト的な人気を集めていたが、世界的にはあまり認知されていなかった。彼のAlex Gとしての5作目のアルバムとなる『DSU』がその状況を変えた。彼のフィラデルフィアにある自宅で録音された13曲で描かれる人物はどこか薄くらい。恋に悩む運命論者、後悔しているジャンキー、そして自分には感情がないと宣言している人。しかし彼の手にかかれは、彼らは少し呪われた、妙に意味深い物語になるのだ。彼の楽曲は、最もポップだった時期のElliott Smithを想起させるようなキャッチーで親しみやすいメロディを中心に作られていて、そこに聴いているものを惑わすような香り付け(ピッチを変えた赤ちゃんの声、不協和音の鋭い一打など)が入ってくる。全く理解できないというわけではないが間口が狭く、奇異でありながら中毒性もある。この『DSU』は、時代の中で最も非凡な才能というのは寝室で冬眠しながら聴かれる日を待っているのだということを証明した。–Quinn Moreland

166. Nicki Minaj: The Pinkprint (2014)

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 彼女にとって3枚目のスタジオ・アルバムとなるこの『The Pinkprint』で、Nicki Minajはラップ/歌、EDM/ヒップホップ、真面目/不真面目これら全てを一緒くたにしている。彼女は“Starships”のような直球のポップ・チューンを切り詰め、大胆なほどの多芸さを遺憾なく発揮している。『The Pinkprint』の食べ放題ビュッフェの中には生々しい自伝的な曲“All Things Go”やおどけた調子の卑猥な曲“Anaconda”、そしてAriana Grandeをフィーチャーした“Get On Your Knees”が含まれている一方、気を狂わせるほどのフロウのショーケース“Want Some More”のような曲も収録されている。彼女と共演しているスターはこのエクセントリックなプロダクションだ。Enyaにインスパイアされたミニマルなシンセ・ポップ“I Lied”、燃えるようなパン・カリビアンなグルーヴ感の“Trini Dem Girls”、そして多幸感あふれるダブステップ・ポップ“The Night Is Still Young”。この『The Pinkprint』を、名前の由来にもなったタイトに構成されたJay-Zによる2001年の傑作『The Blueprint』と間違える者はいないだろうが、この作品はMinajのイメージを深め多次元化する助けとなり、Cardi Bのような未来のラッパーのスタイルの可能性を切り開いた。また、これはMinajのこの10年での創造的な最高到達地点でもある。–Jason King

165. Jay Som: Everybody Works (2017)

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 ベイエリアシンガー・ソングライターMelina DuterteのJay Som名義の最初のアルバムである『Everybody Works』は彼女をメイン・ステージのステータスに固定し、新たなインディー・ロックの旗手へと飛躍させた。この楽曲群はインディー・ロックというジャンルを素晴らしいものにしているもの全ての、めまいがするほどの集中講座である。ファースト・シングル“The Bus Song”はコーヒーハウス風の弾き語りから眩いトランペットへと急ハンドルを切り、二人の友人の間の特定の関係性の言葉にされないダイナミクスから、公共交通機関の匂いのような普遍的に理解される関心ごとへと話題が変わる。Duterteの歌声はもの静かで会話のようであり、全てを一つにつなぎとめている。編曲がファンクに近い領域に足を踏み入れても、そのサウンドはポケットに入るほど小さく、あなたの世界を変えてしまうほど壮大である。–Marc Hogan

164. Hop Along: Painted Shut (2015)

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 Frances Quinlanが彼女のヴォーカルをすり減らしながら歌うのを聴くのは、誰かが黒タイツを履いた状態でガンガン走るのを見るようなものだ。たちまち、全ての衣服がパンクになっていく。Quinlanのバンド、Hop Alongの出世作となった『Painted Shut』は彼女の勝利宣言である。彼女の声は“I Saw My Twin”で「写真」という言葉を不条理なかたちでこすり、“Happy to See Me”では「やる気を鼓舞する動画を投稿すること」は地球に落下する小惑星の速度の比喩になっている。

どんな言葉からでも感情を搾り取ることができるのは天賦の才能であるが、Quinlanはこの時代で最も注目に値するストーリーテラーの一人になることでそれを繰り返し、しつこく伝え続けなければならなかった。“Powerful Man”で、彼女は子供を殴っている父親を目撃しながら、それを教師に伝えなかったことを悔いている。他のところでは、彼女は60年代のフォーク・ミュージシャンJackson C. Frankの視点から歌い、彼の自伝の中の悲劇的な場面をほのめかし、カブトガニのメタファーを用いて人生の不公平にまつわる普遍的な感覚を想起させている。その間中ずっと、残りのバンドメンバーたちは彼ら自身の住んだ瞳が放つ強度でもってQuinlanの急旋回についていく。彼女の兄(弟)のMark QuinlanはDave Grohlのようなグランジ・ドラマーのシンプルながらも力強いパーカッションで指揮を取り、情熱的でありながら不安を伴ったギターがクラシック・インディーとポップ・パンクをつなぐ。ローファイなソロ・プロジェクトがインディー界を席巻したこの10年において、拳で打つような演奏をする、正真正銘のロックバンドの正義を強く証明した。–Jillian Mapes

163. Meek Mill: Dreamchasers 2 (2012)

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2012年の5月、Meek Millはラップ・インターネットを事実上破壊した。『Dreamchaser 2』はミックステープ・サイトのDatPiffをクラッシュさせ、その後サイト史上最もダウンロードされた作品となった。この作品は彼のキャリアのターニングポイントとなり、Rick Rossの影から抜け出し、自分のサウンドを深化させた。DrakeとJeremihが参加している“Amen”ではこのフィリーのラッパーは疾風のようなフロウをスローダウンさせた。彼は時の富を自分の側に付けたのだ。

これほどまでに勝利の雰囲気が漂うこのプロジェクトにおいてさえ、司法上の嘆きがMillに取り憑いている。Drakeの“The Ride”の黙想的なリワークではフィラデルフィアの地方検事補・Noel DeSantisに多くのラインを差し向けている。彼女はこの『Dreamchaser 2』のリリースから7ヶ月後に法廷で彼と向き合うことになり、そこで判事のGenece BrinkleyはMeekに、パフォーマンスのために街から出ることを禁じた(Millの司法上の問題に対するBrinkely氏の判断は今後厄介さを増していくのみであった)。ヒップホップ界にとっては、『Dreamchaser 2』はMeekを簡単には到達できない高みへと押し上げた作品であり、彼はスター街道を邁進した。しかし刑事司法制度の内側では彼は運命を他人に委ねるほかなく、十代の頃からそうしてきたように、闘い続けなければならなかった。–Ross Scarano

162. Sturgill Simpson: Metamodern Sounds in Country Music (2014)

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 Sturgill Simpsonの音楽はモダン・カントリーを根っこに持っているが、彼はまた「コズミック・カントリー」の誇り高き遺産の一部でもあり、ローズ奨学生(訳注:オックスフォードの学生がもらう奨学金)のKris KristoffersonやKahlil Gibran(訳注:レバノン出身の詩人、画家、彫刻家)を引用するWillie Nelsonの、酔いどれの子孫である。彼の出世作『Metamodern Sounds in Country Music』のまさに1曲目において、Simpsonはイエスブッダ、「光でできた爬虫類のエイリアン」を全て一緒くたにまとめて編んでしまう。そこから、ケンタッキーで生まれ育った彼は自身のアーシーなルーツを深く掘る一方で、銀河的な深遠な思考へとさまよい歩いていくことに成功している。Simpsonは未だに一箇所にとどまることを拒み続けていて、『Metamodern Sounds in Country Music』は彼の精神が高みに昇り始めたその時を記録している。–Andy Beta

161. The 1975: I like it when you sleep, for you are so beautiful yet so unaware of it (2016)

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The 1975はこの10年間かなり長い道のりを歩んできた。Matty Healyを筆頭に彼らは生意気で体裁の良いシングルを出す元気な新人バンドから、不安が漂う現代の状況を最良の方法で捉える、もしくはそうする熱意があるアクトへと変身を遂げた。このバンドの2枚めの作品『I like it when you sleep...』は、彼らの情熱に技術が追いついた瞬間である。小賢しいPhoenix風のポップ・ロックに固執するのはやめ、彼らは幅広い影響からいろんなものを吸収した。80年代ポップ、ネオ・ソウル、シューゲイズ、そして心温まるアコースティック・バラード。一つ一つの歌詞全てがしっかりと着地しているわけではないが、それぞれの曲に一つはこの瞬間を生きるとはどんな感覚なのかというのが克明に描かれたラインが存在する。“A Change of Heart”の中心にあるこの歌詞はどうだろう。「僕を病気まみれだといった君の目からは後悔が溢れていた/そして君はサラダの写真を撮って、インターネットに上げた」。苦悩とバカバカしさのこの完璧なバランスによってThe 1975は聴手との関係性を濃密にし、そのサウンドは共鳴していくのだ。–Jamieson Cox

Part 5: 160位〜151位