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<Pitchfork Sunday Review和訳>Nirvana: MTV Unplugged in New York

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pitchfork.com

Nirvanaによる越境的ライヴ・アコースティック・アルバム

 Nirvanaがこの『MTV Unplugged〜』のパフォーマンスを収録した1993年当時、彼らは世界最大のバンドだった。そう見えていたというわけではない。デイヴ・グロールタートルネックとポニーテール姿。クリス・ノヴォセリックは借りてきた巨大なベースを手懐けようと必死。そしてカート・コベインは自分を預言者だと信じている人で埋まった部屋の中で、どうにかリラックスしようと苦心していた。

 もちろんそれは「電源を落とした(=unplugged)」、そしてある意味では「涅槃(=Nirvana)」の状態だった。コベインは有名になったあとも、大抵は苦しみながらも通常であろうと務めていた。『Unplugged〜』収録の1ヶ月ほどあと、彼は黒いレクサスを買ったのだが、そのことによって大変な屈辱を味わい―彼の友達にも徹底的に嘲笑われたのだ―その日のうちに返品してしまった。「これは俺らの最初のアルバムの曲だ」と彼は「About a Girl」の前にぼそっと呟く。「みんな持ってないだろうけどね」と。その次の作品を買った500万人もの人々なんか気にしない(="Never mind")のである。

 バンドがこのような繊細なことをやってのけれるかどうか、収録の前コベインはひどく心配していたと言われる。「俺らは音楽的にもリズム的にも馬鹿なんだ。俺らは激しくプレイしすぎて、ギターのチューニングが間に合わないくらいなんだ」と彼は『Nevermind』(1991)発表時にGuitar World誌に語っている。収録の24時間前まで、彼はデイヴ・グロールをステージに座らせるかどうかで悩んでいた。彼のドラムがバンドの演奏をかき消してしまうことを恐れたのだ。バンドの音楽性のためにエレクトリックな環境で演奏することが必要であるミュージシャンにとって、アコースティックな(もしくはセミアコースティックな)環境で演奏することは大変なことで、裸でステージ上に上がるどころか、手足を切断された状態で人前に立つことに等しい。コベインはフィナティー(訳注:Amy Finnerty。MTVのディレクター。)に対して自分たちがとても静かに演奏したからみんな気に入らなかっただろう、と文句を言ったとされる。彼女は言った。「カート、みんなあなたのことをイエス・キリストだと思ったわよ」

 MTVが「Unplugged」の放送を開始したのは1989年のこと。有名アーティストを比較的親しみやすい文脈でパッケージすることが狙いだった(「Unplugged」というタイトルはそれだけで、音楽が部屋の中にいる人間が行う自発的表現にすぎないというユートピアを想起させる)。アーティストは登場すると、衣服を脱ぎ、その甲冑の下で血を流す心臓をファンにさらけ出す。1991年から1993年の間に、エルヴィス・コステロR.E.M.のような大衆向けオルタナティヴ・バンド、エリック・クラプトンポール・サイモンのようなレジェンド、そしてマライア・キャリーのような当時のポップスターなどがゲストとして登場した。真剣にとらえてほしいという意向でヘア・メタルバンドもいくつか出演したが、残念ながら10代のファンたちの熱烈な愛情はそれほど真剣ではなかった。ちなみにNirvanaが収録する前日のゲストはDuran Duranだった。

 創造的努力を重ね、コベインは見え透いた術策をやめ、自分がリアルだと思うものをやりたいと思うようになっていた。しかし少なくとも、彼は考えなしにワシントン・アバーディンを飛び出し、NirvanaMr. Bigにするようなことはしなかった。彼はステージを黒いろうそくとスターゲイザーリリーで装飾するように指示した。これは葬儀の装飾であり、彼の自殺を予見していたのだという説が定期的に唱えられる。しかしこれは実際は伝統的な美というものをなにかグロテスクなものに転換するという彼の好みに依るところが大きい。彼の日記の中にあった「Rape Me」のビデオの構想の中で彼はリリとユリを使おうとしていた―「わかるだろ、膣の花だ」とコベインは書いている―そのビデオの中では花は花開きしぼんでいく様子をタイムラプスで撮る予定だった。まるで華やかな状態は一瞬しか保つことができないかのように。コベイン自身も度々破れたドレスや汚れたメイクで現れ、まるで舞台の初演で気が動転している女優のように怒りを嵐のように撒き散らす。それはBlack Flag的なというよりは『サンセット大通り』的なものだった。Nirvanaのベストソングで、激しいノイズの嵐がT-MobileのCMに合うような子守唄になりうるという証明したものはなんだろう?もしあなたが花をよく買う人であれば、答えはわかるはずだ。大きく、美しいユリの花束ほど臭うものはないのだ。

 MTVに何の許可も説明もなく提出されたセットリストは6曲のカヴァーを含んでおり、「Come As You Are」以外ひとつのヒットソングも含んでいなかった。これは大きな論議を引き起こし、コベインは収録の前日になってもまだ出演をキャンセルすると脅しをかけていた(フィナティーは「彼は我々が取り乱すところを見たかったのよ。彼はその権力を楽しんでいたの」と語っている)。6曲のカヴァーのうち3曲は当時のツアーメイトであったThe Meat Puppetsのものだった。このアリゾナ出身のバンドはNirvanaと同じように素晴らしきものと愚かなもの、平凡な観察―「太陽は沈んだが、私は光を持っている」―と宇宙的な洞察との間の境界を崩壊させるような世界を作ろうと企んだバンドだった。爆発的なパフォーマンスで知られるバンドにしては、この演奏はきしんでおり、我々に寄り添うようであり、不気味なほどに控えめである。レッド・ベリーの「In The Pines」(ここでは「Where Did You Sleep Last Night?」と改題されている)のカヴァーを最初に聞いたニール・ヤングはコベインの声を狼男に例えたそうだ。死人でもゾンビでもなく、それでも何か超越した存在。私にはわかる。『Unplugged〜』を聴くと私はNirvanaが私の身体に矢を放ち穴だらけにしているような、それでも私は歩き続けているような、そんな感覚になる。

 少なくとも振り返る際、コベインは『Nevermind』に満足していなかった。ある時は「臆病な作品だ」と言ったり、あるときはこの作品をモトリー・クルーと比べた。どちらも謙遜と正統性にとりつかれたパンク・ロッカーであり、宿主を救いようのない状態にするかのように腐敗を完全に露出してしまったのだ。『Unplugged〜』の収録のわずか数ヶ月前にリリースされた『In Utero』では、コベインが『Nevermind』の中に聞いたものの訂正のように聞こえた。凶暴さ、卑劣さ、息切れの音、傷口の周りが腫れ上がった白い肌。今聞いても、私は自分が放課後に吸っていた松脂の匂いを思い出すことができる。このアルバムの人気は私の孤独感を軽減してくれると思っていた。しかし代わりにそれは私は自分が義父を刺し、彼の車でポールに突っ込んでいくような気持ちにさせた。でも今考えるとそれはまさに12歳の子供が感じて然るべき感情である。

 批評家チャック・クロスターマンはそれを「罪悪感ロック(="guilt rock")」と呼んだ。『Nevermind』のような成功作を作ってしまったこと、自分が嫌っていた脳筋バカどものすぐ隣の列までたどり着いてしまったことに対する罪悪感から作られるロック・ミュージックのことである。しかし『Unplugged〜』を聴くと―音の繊細さ、パフォーマンスの脆弱さ、コベインの声に感じられる闘志を聴くと―怒りというのは脆さを拠り所にしているということがわかった。そして『Unplugged〜』と『In Utero』はどんどん分裂していっていた創造性にとって必要だった釣り合いだったということも。『In Utero』が私の怒りを認めてくれたように、『Unplugged〜』はそれを超えた場所を教えてくれた。落ち着いていて、思いやりがあって、傷ついてはいるが静けさのあるところ。空虚であると同時に葬式のような、癇癪のあとに落ち着いたときのような不思議な感覚。

 これが『Unplugged〜』で聴くことができるNirvanaである。世代を代表する声ではなく、伝統を壊すのではなく新しく直感的な配置に並び替えたバンドからの叱咤。私が好きなのは古いブルースの曲(「Where Did You Sleep Last Night?」)である。コベインの痛みも私の痛みも消して新しいものではなく、多くの人々が通り過ぎてきた感情の残滓であり、私もいずれは通り過ぎるものであるということを思い出させてくれるからである。落ち着きがなく、表向きは惨めだがある時いきなりすべてが変わるのだという密かな希望をいだいた少年として、気分を良くしようと思わなくても良いんだと、落ち込むこともあっていいんだと、人間っていうのはいつも落ち込んできたんだと、でも落ち込みすぎることもあるんだと肩に手をおいて言ってくれるのを夢見ていたのだ。

 それはなんだか不穏な遺産である。『In Utero』の仮タイトルは『I Hate Myself and Want to Die(=俺は自分が嫌いで死にたい)』だった。今やどこにでもある表現である。本当の痛みの代わりに用いられる皮肉、苦しみをジョークに変えようとする虚勢。自殺、それはミームである。宇宙の熱力学的死に無感動に振る舞うこと。絶望に慣れてしまって退屈だと感じるという考え。コベインは日記にこう書いた「『先端の世代(=”now generation”)』が敵のフリをして、あるいは敵を利用して敵を内側から破壊することを手助けすることが必要だと常に感じていた」。「先端の世代」。私生活に置いても、彼は自身の冷笑主義から逃れることはできなかった。彼の真の悲劇は中毒でも、はたまた自殺でもなく、彼が自分は運命の美味しいとこどりができる―体制を内側から破壊できる―と言い張った、イカロスにも似た頑固さであった。そのような苦しい試練を受け続け、アルバムに『I Hate Myself and Want To Die』と名付けようと思ったばかりか、本当に自分を憎み、死にたいと思い、数カ月後に死んでしまったのだ。

 『Unplugged〜』の録音とコベインの自殺の間の5ヶ月の間に、NirvanaはMTVのために2つの収録を行った。1つ目はカート・ローダーとエイミー・フィナティーによるインタビューである。そこでクリス・ノヴォセリックデイヴ・グロールは12000ドル相当のホテル家具を破壊してしまうのだが、それはマッチョイズムの表出であり、Nirvanaに是正してほしいと望んでいたものでこそあれ、その例となることは望んではいないことだった。その数日後彼らはシアトル・ピュージェット湾の空き倉庫でショウを行い、その音源は後に『Live and Loud』として発売された。ここでは暴虐で輝いているNirvanaを再び聴くことができる。『Unplugged〜』の忘れがたい瞬間が「In the Pines」の最後の数節でコベインが息切れをしているところだとするならば、『Live and Loud』のそれは「Endless Nameless」終了後フィードバックノイズが鳴り響くなか、彼がカメラにギターを押し付け唾をはく場面である。彼は文句なしに機嫌が良かったようだ。そしてついに彼はMTVで「Rape Me」を演奏することができた(訳注:彼らは1992年のMTVアワードで同曲を演奏したが、放送上ではカットされるという出来事があった)。

 『Unplugged〜』の終盤、「All Apologies」と「In The Pines」の間で、コベインはある男の話を始める。その男はレッド・ベリー財団の人間で、彼にレッド・ベリーのギターを500000ドルで買わないかと持ちかけた。彼は観客を笑わせようと数字を盛っているのがわかる。まるで誰か聡明な人間が愚かにもその収集品にそんな大金を払うだろうと思っているかのように。リアルなパンクスは歴史を買ったりなんかしない。歴史なんて汚してなんぼなのである。

 それでも彼は自身の癇癪と自己嫌悪を隠しきれずに、デイヴィッド・ゲフィンに個人的に買ってくれとお願いしようと思うと付け加えている。どうしようもない息子とそれを甘やかす父親というごっこ遊び。彼はすでにこの練習のようなものを1993年3月号のSpin誌の中で行っている。でもオチは少し違って、「俺にお金を貸してくれるような金持ちのロックスターでもいればいいんだけど」と彼は言った。

 コベインは自殺の約1ヶ月前、2500ドルで65年式ダッチ・ダートを購入している。もちろんあまり運転できなかっただろうし、運転したかどうかも怪しい。この車は最近アイルランドで行われた「Growing Up Kurt Cobain」という展示会で展示され、この車の所有権―ワシントン州の登録で、登録番号は2155173082―は2010年オークションで640ドルの値で落札された。「魂なんてものは安いものだ」とコベインは「Dumb」の中で書いている。そうだ。そしてガラクタっていうのは高くて、結局値打ちがつけられないものなんてほとんど存在しないのだ。

得点:9.5/10

筆者:Mike Powell