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Weekly Music Review #19: 眉村ちあき『日本元気女歌手』

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眉村ちあきの「日本元気女歌手」をApple Musicで

日本元気女歌手 - Album by Chiaki Mayumura | Spotify

ゴッドタンに出演し「ゲロ」を題材にした即興ソングを歌ったことで一気にスターダムへの道を歩み始めたシンガー・ソングライター眉村ちあき。やっぱ「スターを生む力」というところで言うとテレビの力ってまだ侮れないのかもしれない。崎山蒼志とかもそうだし。M-1グランプリもそうだしね。

話が少しそれたけど、眉村ちあきが今年のド頭に出したアルバム『劇団オギャリズム』は素晴らしかった。なんて言ったって1曲目「DEKI☆NAI」の2:00過ぎあたりの「ぶんしゃからか」は「2020ぶんしゃからか・オブ・ザ・イヤー」だったはず。

そして何よりも「おばあちゃんがサイドスロー」。

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こういうナンセンスな歌詞の曲ってとにかくスベりやすいのに、絶妙にその罠を潜り抜け、最後には

私のおじいちゃんの孫は私
おじいちゃんの孫の祖父はおじいちゃん
人類みんなそんな感じ
人類みんなそんな感じ

と、Funkadelicの ”One Nation Under a Groove” にも通じる<ユニティ>の感覚をさらっと提示できるあたりが最高にファンキーだと思った。しかもトラックづくりから歌唱、ダンスまでできてしまうというのだから本物だなと思った。

彼女の魅力は何よりもその自由奔放な発想力と、それを完成度の高いポップスに昇華させることのできる引き出しの多さ、そしてそれを自由自在に切り替えることのできる大胆さである。

今回のアルバム『日本元気女歌手』(タイトルは中国語の記事で彼女が紹介されていた際のフレーズから拝借したそうな。すばらしい)でそれが見事に花開いているのが「教習所」である。

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「教習所あるある」みたいな題材で曲が進行していくと思いきや、何故か途中の大胆な展開のきっかけになるリフレインは「オオゼキ麺類30%OFF」というなんの脈略もないフレーズだ。この「飛ばし」はやっぱ脳にガツンと来る快感だ。

しかし、このアルバムのピークは正直ここで、ほかは全体的に極めて「普通の」Jポップが続く。全編からみなぎる「メジャー感」がこれまでになく強い。こういうものが聞きたかったわけでは、ない。

眉村ちあきCreepy Nuts、この二組が組むとなると面白い曲ができそうだ。誰だってそう思う。R-指定の作詞家としての能力は日本のラッパーの中でも随一である(音楽として面白いかどうかは別として)。特に具体的なトピックを与えられたときに「うまいことを言う」能力はずば抜けている(だからこそCM仕事がたくさん来るのだろう)。そんな彼が眉村ちあきと組んだら百人力のはずである。「ニーゼロニーゼロ」という曲タイトルもいろんな想像が膨らむ。

しかし出来上がった曲はどうだろう。まずCreepy Nuts側が作ったというトラックがなんの面白みもないつまんねートラックだ。申し訳程度に入るスクラッチも「feat. R-指定」じゃなくて「眉村ちあきCreepy Nuts」という表記にするためだけのやっつけ仕事であるようにしか感じられない。

毎日頑張って働いてる
背中を抱きしめさせてよ

というサビの歌詞からはエッセンシャル・ワーカー、あるいは身近な制作スタッフさんたちを思った曲なのだろうか、という解釈もできるが、その他の箇所は全体的にふわっとしている。とくにR-指定のヴァースは彼である必要性が知名度以外にないのでは、と感じさせるくらいにつまらない。抱き合わせ商法だとしても、これで双方のファンが満足するのだろうか?

そのほかにも「夕顔バラード」「マーメイドボーイ」「36.8℃」あたりはいかにもメジャー仕事といった感じの平々凡々なJポップ。大衆性を獲得した、という「成長」と見ることもできるだろうけれど、彼女にはこんなにありきたりな大衆性を手に入れるまでもなく十分な魅力があったはずで、それがそのままで大衆性になっていたのではないか。誰によって、とかそういう話ではないけれど(もちろん彼女自身の意向というのも十分ありえる)、その部分がスポイルされていると感じてしまう。

「偏差値2ダンス」「シュビデュバ・オブ・クラティー」「顔ドン」「冒険隊〜森の勇者〜」「やさいせいかつ」あたりはサウンド・歌詞のどちらか(あるいは両方)に従来の眉村ちあきの影を見ることはできるが、やはり全編に漂う「わざわざ彼女がやらなくても誰かがやっている音楽」感を拭うには至っておらず、いち「アクセント」にしかなっていないのが歯がゆい!

ただ、冒頭の「夜の女王アリア 復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」(モーツァルト作曲のオペラの難曲)を歌うというカマし、これは最高!!

あと、いち東北出身者からすると、「昼だがな!〜逆襲ver.〜」の中盤にあるようなエセズーズー弁を聞くと「それどういうイメージを想起させる意図でやってるんですか?」と聞きたくなるくらい本当に癪に障る。やめてくんねえかな。