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Weekly Music Review #16: BTS『Be』

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BTSの「BE」をApple Musicで

BE - Album by BTS | Spotify

BTSの存在を知ったのはいつだったのか思い出せないが、おそらく『LOVE YOURSELF 轉(Tear)』がビルボードのアルバムチャートで1位を取ったあたりの2018年ごろだったように思う。当時のぼくはといえば偏狭な音楽リスナーだったのでいちニュースとして「へぇ」と思ったに過ぎなかったのだが、そこから「おや、これは」と思ったタイミングははっきりと覚えている。

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ライムスター宇多丸氏がやっているラジオ番組「アフター6ジャンクション」にヒップホップ/R&B専門雑誌「bmr」の編集長=丸屋九兵衛氏が出演し、BTSの音楽性について語っているのを聴いたのがきっかけだった。

「“MIC Drop” はオバマ大統領の退任時のスピーチにインスピレーションを受けている」「(“If I Ruled The World” について)このイントロで流れるハイドロ(アメリカ西海岸の車文化=ローダイダーで、車の車高を上げたり下げたりする装置)の音を入れてたりとか、とにかくヒップホップ・マナーへの理解が高い!」「(“Ma City” について)おそらくKendrick Lamarの “i” に触発されたのだろうけれど、その愛が前面に出過ぎてて微笑ましい」(内容は大意)など、ヒップホップ/R&Bの文脈で彼らの音楽を紐解いてくれて、俄然興味が湧いた(「ユリイカ」2018年11月号の特集「K-POPスタディーズ」への氏の寄稿の中にも一部内容が重複して載っているのでぜひ読んで欲しい)。そしてアメリカのお昼の人気TV番組『エレンの部屋』に出演し “MIC Drop” をパフォーマンスした際の映像を見て、「これはただごとではない」と察知したのだった。

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気がつけばそれから2年が経ったわけだが、いまやBLACKPINKを始めアメリカ〜全世界で人気を誇るK-POPアーティストは珍しくなくなった。そしてあの「BTS現象」とまで言われた2018年の爆発から2年たった今も、K-POP界のトップに君臨しているのはBTSである。

「なぜか」みたいな話をし始めるととてもじゃないが収まりがつかないだろうし、答えが出るものでもないだろうから、今回はそのあたりは論じないことにする。ただ一つ、ぼくなりに思ったことがあるとすれば、彼らは常に誠実・率直であり続けてきたように思える。「女性蔑視だ」と非難を受けた歌詞について「確かにそうだったかもしれない、今後は専門家に一度見てもらうことにする」とした対応、アイドルであることの不安・メンタルヘルスや「燃え尽き」について歌った歌詞など、作詞・作曲のクリエイションにメンバーがガッツリ関わっているということも大きいだろうが、彼らのファンに対する誠意のようなものがそのまま率直に作品の中で表現されているというのはすごいな、と今回ディスコグラフィを改めて追い直して感じた。もちろん、そのような作品作りを可能にする優れたスタッフ陣、そして個々のメンバーのスキルの高さも目をみはる。

だからこそ、いち音楽リスナー、ポップ・カルチャーのファンとしてBTSの音楽を聴いていると、なんだかその向こうに彼らの言葉一つ一つ、ダンスの動き一つ一つに元気づけられ、熱狂し、心を動かされているARMYの姿が目に浮かぶような気がするのだ(だから評論なんていらないのかもな、なんて思ったりもする)。しかし、それは「これはぼくのための音楽じゃない、ファンのための音楽なんだ」という疎外感でもない、なんだかとても開かれた感覚なのだ。知らない人のパーティーにお邪魔しているんだけどめっちゃウェルカムな雰囲気、みたいな。何なら主催者と友だちになって帰ろうかな、みたいな。

そういった開かれた感覚が “Dynamite” のビルボード・シングルチャート1位という結果にもつながったのだろうと思う。流石にファンダムの力だけじゃ取れないものだと思うから。

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ほら、RMも2ndヴァースの冒頭で言っている。

Bring a friend, join the crowd, whoever wanna come along
(友達連れて、輪に混ざって、誰だって拒まない)

でも、2020年の状況はパーティーを実際に開くことを許してはくれない。BTSだって本来は2月に発表したアルバム『Map of the Soul: 7』を引っさげてのワールド・ツアーを予定していたはずだ。もちろんそれらのスケジュールはすべて白紙に(それでも10月に開催されたオンラインコンサートは約100万人が見たというからすごい)。そんな中4月よりこのアルバム『BE』の制作が始まった。しかもその制作はYouTubeなどで公開しながら進められたという。

アーティストのタイプにもよるが、もはや今年リリースされた主な音楽作品の半分以上はコロナ禍の影響下で作られたんじゃないかというくらい、ロックダウン〜大規模コンサートの中止によって創作に向かう音楽家、というストーリーはもはや珍しくもなんともなくなってしまった。世界の状況を克明に写し取るもの、ウイルスとともに拡散していく様々な不正義を訴えるもの、あるいは「おうち時間」によって自らの詩世界・音楽世界の深化を試みるものなど様々なタイプの作品が生まれているが、BTSはここでもまたこれまでの彼らのように、ファンに対して誠実に、そして自分の気持ちを率直に表現している。

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어느 날 세상이 멈췄어
아무런 예고도 하나 없이
(ある日、世界が動きを止めた
なんの前触れもなく)

という歌いだしで始まる1曲目 “Life Goes On” では、変わってしまった世界に対する不安を歌いながらも、「それでも僕と君の関係は変わらない」「それでも人生は続く」と聴き手の背中をそっと押す。続く “Fly to My Room” は誰もが今年身近に感じているであろう「部屋」という空間の安心感をリラックスしたムードのトラックに乗せて歌う。“Blue & Grey” は『Map of the Soul: 7』のテーマを引き継いだかのような、自分の中の漠然とした不安(「僕を飲み込む、あの靄がかった影」)をテーマにしているが、 “Life Goes On” の中ではポジティブな意味で歌われていた「不意に時間が空いたから昔のことを思い出したりする」という内容とのリンクも感じられる。

ここで前半と後半を分かつ “Skit” が収録されているが、この内容がまたいい。ビルボード1位をとった(おそらく)翌日のメンバーの会話が録音されているのだが、「ビルボード1位をとってもダンスの練習やんなきゃなだめ?」と愚痴ったあと、「でもビルボード1位を取ったのにデビュー曲のダンスの練習をしてるってクールじゃない?」とポジティブに捉え直すのが微笑ましい。このあと本当に練習したのだろうか…

比較的悲しめな曲調が続いた前半のあとは、最後の “Dynamite“ に向けて明るく、より直接的に聴き手に語りかけるような曲が続く。“Dynamite” の姉妹曲のような曲調の “Telepathy”、J-HOPE、RM、SUGAのラッパー3人が「病気」を相手に気を吐くヒップホップ・ナンバー “Dis-Ease” はどちらも曲調と歌詞にギャップがあって、そこにこそ救われる!といった曲だ。

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ただ、最後から2曲目の “Stay” だけはちょっと…もちろんファンたちに向けて「Stay」というメッセージを伝える、ということは素晴らしいと思うのだけれど、曲調が5年前に流行ったようなEDMポップで、ここだけ急に「え?ほんとに?」ってくらいつまらない曲でびっくりしてしまった。“Dynamite” をアルバムに収録するかどうか迷っていた、みたいな話を記者会見でしていたが、入れて正解だったように思う。じゃないと締まりが効かないよね…

上でも少し触れたが “Dynamite” に関してもう少し感じたことを書くと、やはりすべて英語詞で行こうと決めた決断は潔いし、少なからずヒットの要因にもなっているように思う。しかもただ「英語で歌ってみました」レベルのものではなくて、細かな表現まで洗練されていて遊び心もあって、こりゃ英語圏でもすんなり聴けますわ…といった感じ。歌詞中の “off the wall” はMichael Jacksonの同名アルバムへのオマージュ?とか “ping pong” “cha-ching” といったアジア人への嘲りを思わせる語句をあえてアクセントとして入れ込んでいる?という意見も見かけ、なるほどなあと思う。

と、ざっと全編を追いながら所感を書き出してみた。上にも書いたように、コロナ禍によってできた作品というのは世の中にごまんとあるが、これほど多くの人達にとって大切な言葉と音楽になりえているものはその中でも一握りだ。それだけでこの作品は作られた価値があると感じるし、そこに批評の入り込む隙間はない。ただ、超絶フラットな視点に立てば決してBTS史上最高の音楽作品!と言えるほどの表現ではないようにも感じる(個人的には『LOVE YOURSELF 轉(Tear)』と今年の『Map of the Soul: 7』がアルバムとしての完成度は高いと感じている。曲単位でいうと “BTS Cypher 4” はヒップホップ的にほぼ満点と言っていい名曲)。それでも余裕で一つの基準は軽々と超えてくるし、メンバーによる作詞には特に誠実で率直な彼ららしい姿勢が満載だ。とにかく死角が少ない、そんな作品をコンスタントに出している(コンスタントに出すのがアイドルの仕事ではあるが)ってやっぱすごい。

アルバムでもシングルでもビルボードを制覇して、次は…と思っていたら記者会見でRMが言ったとおり、なんとグラミー賞のポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス部門にノミネートされてしまった(The Weekndがハブられていたり、Justin Bieberが「なんで俺は『R&B』じゃなくて『ポップ』部門なんだ」と言っていたり、グラミーはグラミーで問題を多く抱えてはるが)。これで受賞なんかしちゃったら、流石に兵役も免除になるんじゃないですかね…