海外音楽評論・論文紹介

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<Bandcamp Album of the Day>Various Artists, “TCHIC TCHIC—French Bossa Nova—1963/1974”

ボサノヴァが誕生したのは1958年、創始者のひとりであるブラジル人ギタリスト João Gilberto が ”Chega de Saudade” という楽曲を録音し、リオで広く有名になったのがきっかけである。「ボサ・ノヴァ」という言葉は本来、英語で「ニュー・ウェイヴ」という意味である。若いリスナーたちはすぐに、この明るい色彩のサンバとジャズのミックスに魅了された。その6年後、Gilbertoとアメリカ人サックス奏者=Stan Getz との共作アルバム(グラミー賞の最優秀アルバム賞を受賞し、ボサ・ノヴァを世界的な現象に押し上げた)が一つのきっかけとなり、ボサ・ノヴァはフランスへわたった。

新しい編集盤『Tchic Tchic - French Bossa Nova - 1963-1974』はこのサブジャンルがフランスにもたらした巨大な影響力を包括的に見渡すものになっていて、フランスのボサ・ノヴァの楽曲の中から選りすぐりの22曲が収録されている。Jean Constatin、Marpessa Dawn、Magalie Noël など名だたる名前が並ぶ『Tchic Tchic』は、フランスの映画や音楽界の大御所がどのようにこのトレンドに巻き込まれていったのかをも解りやすく説明してくれる。Constantinは多くの映画のスコアを作曲したシンガー・ソングライターであった。“Pas tant d’chichi ponpon” はその柔らかな弦楽器のメロディーとポリリズミックなドラムとともに、彼が懸命にその邪魔をしないようにしている献身的な姿を聴くことができる。ボサ・ノヴァと映画音楽は相性がいい:両方ともに「イージー・リスニング」に適しており、それが鳴らされるシーンにおいて背景に沈んでいることがその目的であるからだ。ほかの収録曲の中には――特にBilly Nencioli & Baden Powell の “Si rien ne va”、Sophia Loren の “De jour en jour”、そして Isabelle de Funès の “Jusqu’a la tombée du jour”――この美学に当てはまるものもある。これらの楽曲は落ち着かせるために作られたものであるが、非常にアクティヴな響きを持っている。

この音楽は成長を遂げ、アルバムの後半ではどんどんサイケデリックな色を帯びてくる。シンガーの Sylvia Fels が1974年にリリースした ”Corto Maltese” はスポークン・ワード、コール・アンド・レスポンス、そしてトロピカリアへの目配せをちりばめた祝祭的な雰囲気を持っている。俳優であり指揮者でもある Aldo Frank による “T’as vu ce printemps” は規模感の大き目なオーケストラ・サウンドが特徴で、パリのどこかを舞台にした架空のコメディ・シリーズのテーマ・ソングのようにも聞こえる。似たようなところでは、“Iemenja” は大きなドラムとミュートされたホーンのコントラストを成していて、ヴォーカリストのたぐいまれなるデリヴァリーが楽曲を力強いものにしている。表面上、”French” と ”bossa nova” という言葉は奇妙な組み合わせに見える。しかし、『Tchic Tchic』はこのコンビネーションが完璧な意味を持ち、夏にふさわしいサウンドであることを証明している。

By Marcus J. Moore · July 23, 2020

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