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<Bandcamp Album Of The Day>Gigi Masin, “Calypso”

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masin.bandcamp.com

80年代中盤にベネチアの音楽家・Gigi Masinが音楽を発表し始めた頃、祖国イタリアでは無視され、その他の国々でもほとんど彼に注意を払う者はいなかった。21世紀に入ってもなお断続的にソロ作品を発表し続けていた彼だが、2007年に洪水の濁流が彼のもっていたものをほとんど失わせてしまった―その中には楽器、テープ・レコーダー、そして一生分の録音が収録されたテープなども含まれていた。しかし、その悲劇が彼の運命を宇宙規模で帰るきっかけとなった。程なくして『Wind』や『Les Nouvelles Musiques De Chambre Volume 2』がようやく注目を浴びるようになり、時機良く発表されたコンピレーション『Talk to the Sea』によってMasinは“エーゲ海のEno”というポジションを獲得し、BjörkPost Maloneといった新世代のリスナーたちに慕われるようになったのだ。

ギリシャ神話に登場する、オデュッセウスを7年間島に幽閉した美少女からタイトルを取ったMasinの最新作『Calypso』は、彼がオーディエンスを獲得するに至ったその中心的な音像を保持しつつも、更に幅を広げたサウンドとなっている。“Nefertiti”での考え抜かれたピアノの一音一音は、まるでMasinがそれらの音をミュートされたトランペットと天使のようなアンビエントの中に設置する前に光に当てて詳しく検討したかのようである。“Mayo Slide”や“Bellamore”ではMasinのダウンテンポ・ドラムのプログラミング技術が前景化している:“How to Disappear in a Kiss”のループするパチパチという音と安定した土台は、MasinがOvalやThe Caretakerと同じような耳の持ち主なのではないかと思わせる。Masinの作品はどれもスペインの島々の夕焼けに完璧に似合うものばかりなのだが、7分間の“On Demons and Diamonds”は、Masinがその後に続く暗闇にも精通したアーティストであることを見せてくれる。イギリスの実験的なサックス奏者・Ben Vinceによる不協和音の突風がMasinの不穏なチャイムの横でゆっくりと優雅な渦を巻き始め、それは美しい嵐となる。

By Andy Beta · February 25, 2020

Gigi Masin, “Calypso” | Bandcamp Daily