海外音楽評論・論文紹介

音楽に関するレビューや学術論文の和訳、紹介をするブログです。

Pitchforkが選ぶテン年代ベスト・アルバム200 Part 9: 120位〜111位

Part 8: 130位〜121位

120. Tyler, the Creator: Flower Boy (2017)

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『Flower Boy』を通じて、Tyler, the Creatorは男性の恋人との過ぎ去りしロマンスの物語を回想しているように見える。その奇跡のような繋がりは“Glitter”で始まり、切なげな“See You Again”で終わりを迎える。そしてその物語は、彼がこれまでにないほどに自分というものをさらけ出すためにも使われているのだった。全面的なオーケストラ・ファンクのアレンジの上で彼が率直に表現するのは名声にまつわる不安、ゲイであることをカミングアウトすれば叩かれるであろうという被害妄想、そして警察による暴力の恐ろしい現実である。彼は感情的な進展も見せていて、彼はそれを“Where This Flower Blooms”で誇りをもってラップしている:「俺はロックして、ロールして、花開いて、成長するんだ」。それはかつての彼のアーティスト性—トラブルメーカーの悪党、扇情的な楽曲で同性愛嫌悪的なスラー、視覚的イメージを多用するラッパー —から、自分の中のより弱い部分も受け入れる準備のできた哀れみ深いラッパーへ変化したことを示している。このアルバムは希望と共に花開き、Tylerのキャリアの中でも最も「開かれた」作品となった。–Michelle Kim

119. Girlpool: Before the World Was Big (2015)

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Girlpoolの初となるフル・アルバムは小さな世界とあふれだす心情の典型例である。 Avery TuckerとHarmony Tividadはこれらの謙虚な楽曲群をベースやギターで作曲したときまだティーンエイジャーで、この『Before the World Was Big』にはどうしようもなく深遠なヤング・アダルト性が感じられる。このアルバムは故郷を歩きながらもうここに住んではいないことを悟ったり、初めて真剣な失恋を経験したりするあの感覚を見事に要約して見せている。“Chinatown"ではTuckerとTividadは自分たちの存在や自分たちは愛されることができるのかなど、次から次へと質問を投げかける。この二人組はさらに野心的な作品を作り続けているが、この『Before the World Was Big』はまだ自分は無敵だと思いながら生きていることを実感することに気づく、貧弱で忘れられないリマインダーとして存在し続けるだろう。–Sophie Kemp

118. Leonard Cohen: You Want It Darker (2016)

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 Leonard Cohenは威厳あふれる人間であり、死が自分にこっそりと忍び寄ることを許さなかった。その代わりに彼は慈悲深くその接近を受け入れ、最後の傑作をもってその空虚を招き入れた。『You Want It Darker』はCohenが82歳でなくなる数週間前、まだ彼の形を保っている巨大な作品としてに我々に届けられた。それは人間の終わり、そしてそこにたどり着いた時に手放さなければならないものについての、深遠な作品である。Cohenの伝説的なバリトン・ヴォイスはこれまでにまして深く、それはひょっとすると歌われている主題の重さにつられて沈んでいるのかもしれない。タイトル曲では彼の声はまるでタバコとスコッチを日常的に摂取してきたように響いている。彼の声を響かせるシナゴーグの合唱に対して、彼のガラガラ声はなにかの予兆のようであり、不吉でさえある。

Cohenが繰り返す“hineni”という単語はヘブライ語で「私がここにいる」という意味であるが、この作品の中で最もひんやりとした瞬間である—彼は謙虚に偉大な力に屈したのである。『You Want It Darker』はこのような容認で満ちている:この希薄でありながら豊穣な楽曲の中で彼は命、愛、リビドーを放棄することを歌っている。これほどの束縛の中で死の運命を検証する能力は、彼の高尚な技術の証左である—すべてを手放し気軽な旅に出るとき、そこには安息がある。–Madison Bloom

117. Death Grips: The Money Store (2012)

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ケーブルテレビのニュースと政治的な論議が混線したかのように頭の中で鳴り響いているこの感覚はなんだろう?それが『The Money Store』だ。何百万もの、ノイズだけを生み出すような騒がしい声にデジタル的に脅迫されるのは?純粋な、混じりけのない『The Money Store』だ。(ありそうもないことだが)シャトーマーモントで録音され、(さらにありそうもないことだが)Mariah CareyやMeghan Trainorと同じレーベルからリリースされたこのDeath Gripsの正式なデビューアルバムはけたたましく、止めることなどできない2010年代の情報の過供給を、エクスペリメンタルなラップとロックの爆発によって捉えている。この作品を聞くことは純粋な興奮である:喉が焼けるようなヴォーカリストMC Ride、キーボーディストのAndy Morin、そしてドラマーでプロデューサーのZach Hillはブラスト・ビート、残虐なほどに無意味なスローガン、そして皮のむけた膝にレモンを絞ったような酸っぱいメロディーによって我々の感覚を攻撃してくる。–Larry Fitzmaurice

116. Janelle Monáe: The ArchAndroid (2010)

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 アトランタルネッサンス・ウーマン(訳注:多彩な分野で活躍する女性のこと)Janelle Monáeのデビュー・アルバム『The ArchAndroid』は彼女のこのディケイドに対する文化的影響力を予言していた。このアルバムの救世主たるアンドロイドにまつわるストーリーラインは終末論的ロック、揺れるようなファンク、サイケデリック・ソウルによってつなぎ止められており、全てが映画的才能を通じて届けられている。Monáeのスター物語はここからさらに上昇を続け、fun.の大ヒット“We Are Young”へのゲスト参加、そして映画『ムーンライト』『ドリーム』への出演、そして2018年の『Dirty Computer』ではグラミー賞の最優秀アルバム賞へのノミネートを果たすことになる。『The ArchAndroid』はそのすべての始まりであった。–Ben Cardew

115. U.S. Girls: In a Poem Unlimited (2018)

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U.S. Girlsの首謀者Meghan Remyが一人で騒いでいる人間からバキバキのロックバンドのカリスマ的リーダーに成長した後も、シンプルなメロディ、豊かなテクスチャ、転覆的な歌詞という彼女の美的な優先順位は揺るがなかった。それらはこのIn a Poem Unlimited』という、表面上はスイングしててもその下にトゲを隠し持っている、臆面もないポップ・アルバムの中で完璧な形で提示されている。性的なダイナミクスや自己の中での対立についての複雑なヴァースが、ディスコやグラムといったノスタルジックなスタイルを崇めながらも、その真似にはなっていないサウンドを切り裂いていく。その途中でRemyは時代の緊張感を切り取り、大仰な大威張りで歩いていく。キャッチーでカタルシスを感じさせる世界への返答を築きながら。–Marc Masters

114. Sampha: Process (2017)

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明確な形や、目に見える終わりのない辛い感情に定義を与える必要が生じたとき、“process”という言葉ほど満足感を与えてくれる単語はない。悲しみ、しらふであること、大人であることなどなど、これらの出来事はそれらが“process”であるとするとそれほど怖くもないし、ずっと続くわけではないんだという気がする。それらは経験としてかけているものが作られていく過程なのだ。Samphaがこの言葉を2015年に母親ががんでなくなったことによる心の乱れを捉えるために用いるとき、彼はその明確さとぼんやりした感じの両方を大切にしている。彼の繊細で優しい声はこれらの楽曲の中心にある絶望を隠そうとしていないが、それでもその痛みとともに行きていこうとする、目が見開かれたような意思を感じる。彼の作る曲には驚くほど不思議な感覚があるのだ。

“Blood on Me”でフードをかぶった人物が何かを追いかけたり、“Under”で車が飛んだり、“Kora Sings”で孤独なガンマンが母親を思って泣くとき、死がまるで夢の中の出来事のようになっていく。Samphaのか細いファルセットの周りで渦を巻いたり、大気中に湧き出したり、陰鬱とした背景とは裏腹にプロダクションにはエネルギーと活気が溢れている。Samphaは自分の悲しみを表現しながら、それに新しい形を与えることで彼女の死を悼む。悲しみの終わりには懐疑的に、「現実であると感じられることはないだろう」と彼は母の死について語った。『Process』はその苦しみを挑戦と捉えたのだ。–Stephen Kearse

113. Japandroids: Celebration Rock (2012)

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もちろん、『Celebration Rock』というタイトルのアルバムなのだから、花火の音から始まる。それは、すぐさまに気分が高揚をさせながらも儚く、イヴェントの絶頂・クライマックスでありながら、皆に家に帰る時間であることを告げる信号でもある。Japandroidsはその後の35分間を、その最高の瞬間が残酷なほどの期待はずれに終わる瞬間を先送りにすることに費やしている。ヴァンクーヴァーのデュオの2枚目となるこのアルバムは、壮大なオールナイトパーティーの約束、度を越すこと、そして後悔を8曲の日の出から日の入りまでのサイクルに濃縮している。それはまるで退屈した70年代の10代の若者を21世紀の20代に置き換えたヴァージョンの映画『バッド・チューニング』のようである。ノスタルジアが不安発作のように襲い、聴手を鼓舞するアンセムと失恋の歌の境界線が曖昧になり、輝かしい目で歌われる献身の宣言ですら、興奮が冷めたあとのための言い訳とともに提示される。2009年には、Japandroidsは世界に対して“Young Hearts Spark Fire(=火を吹くような若きハート)“を宣言した。『Celebration Rock』では、その炎を燃やし続けようとする努力は、ろうそくの芯が短くなっていくことを思い出させるだけであった。だからこそ、熱烈ながらも儚いこのアルバムは、もちろんまた花火の音で終わるのであった。–Stuart Berman

112. Daft Punk: Random Access Memories (2013)

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Thomas BangalterGuy de-Homem Christoはこの勝ち誇るような復帰作『Random Access Memories』を作るのに100万ドル以上を費やした。そして、その価値はあった。当時商業的なピークにあった、摩擦のないEDMサウンドにノーを叩きつけ、Daft Punkは彼らお気に入りのアナログなスタイルを復活させるため、その源にまっすぐ向かっていった。彼らは世界中の最も高名なスタジオをおさえ、ディスコのパイオニア・Nile Rodgersや多くの殿堂入り級のセッション・ミュージシャン、PharrellやPanda Bearといったヴォーカリストとレコーディングを行い、それらのピースを丹念につなぎ合わせ、ポップなファンク、プログレ、ニューウェイヴ、ソフト・ロック・バラード、スポークン・ワード(エレクトロの始祖・Giorgio Moroderによるもの)まで広がる楽曲に仕立て上げた。全体で見ると、この作品はまるで想像上の過去から受信したラジオの電波のように聴こえる。

この作品のハイライトは“Touch”である。このサイケデリックな名演を歌っているのはBarbara StreisandやThe Carpentersとの仕事でよく知られる70年代のソングライター、Paul Williamsである。この巧妙に編曲された曲のある時点で、スペースエイジ風のコーラスがWilliamsの繊細ながらも堅固な歌声に道を譲り、その声の背後にはグランド・ピアノの音だけが響き渡る。“Sweet touch,you've almost convinced me I'm real”と彼は歌う。音楽がどれほど実体的でありえるかということを思い出させてくれるミステリアスな二人組を代弁するかのように。–Noah Yoo

111. EMA: Past Life Martyred Saints (2011)

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2010年代の告白的なソングライティングには極端であるという傾向があった。まずはエンパワーメントのナラティヴ。ここでは苦難が紹介されると、それはすぐに素晴らしい今という時間に浸るために脇に追いやられた。そしてもう一つは錠剤を飲んだり事故券をに陥ったりする冷笑的な物語。Erika AndersonのプロジェクトEMAのデビュー作『Past Lige Martyred』はその複雑な中間、痛みというのがとてもリアルでありながら、希望の光の明滅であるような場所に位置している。

ブルースの要素が入ったオルタナ・ロックの上で、Andersonが作り上げたキャラクターたちは傷口を見せるために袖をたくし上げ、彼らに吐き気を催させる空虚について喋り始める。しかし同時に、彼らはどこかの誰かが自分のことを愛してくれるのではないかと信じている。ディケイドの後半、Andersonは人々を闇に導くような政治的・文化的力に目を向けるようになるのだが、この『Past Life〜』はそのような味方をするにはいささか閉所恐怖症的すぎる。なにかが自分の上にあって押しつぶされそうになったとき、考えられることは唯一つ、どうやってこの下から逃れられるか、ということだ。–Mark Richardson

Part 10: 110位〜101位