海外音楽評論・論文紹介

音楽に関するレビューや学術論文の和訳、紹介をするブログです。

Pitchforkが選ぶテン年代ベスト・アルバム200 Part 5: 160位〜151位

Part 4: 170位〜161位

160. Noname: Room 25 (2018)

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Nonameはかつて自身の柔らかな音色と落ち着いた調子をさして、「ララバイ・ラップ」であると言い逃れをしたことがある。それは素晴らしいツイートだったが、ララバイは連署に値しなかった。『Room 25』は誰も眠らせることはないのである。彼女は息継ぎも忘れて彼女の内なる生と外世界を類稀な内省と気品で事細かに描いてみせる。刑務所の制度、負け犬のボーイフレンド、人の弱みにつけ込む政治家のために言葉を選び、Nonameはこの作品に深刻な雰囲気を与えているが、彼女は興奮させられているのと同じくらい魅了されているのだ。率直なセックスに関するラップからひっきりなしのボースティング、あつかましい賢さまで、目が眩むようなエネルギーがこの『Room 25』に生気を与え、その自由な精神を謳う。このアルバムは、自分の力に気づいたラッパーが、他でもない自分自身のためだけにそれを試しているサウンドである。「ビッチはラップできないって、本当にそう思ったの?」と彼女がいう時、それは気の利いた返しであると同時に、彼女の志望動機のように聴こえるのだ。–Stephen Kearse

159. Pallbearer: Foundations of Burden (2014)

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 アーカンソー州ドゥーム・メタルバンド、Pallbearerが有象無象の中から抜け出たのは、彼らの純粋な野望によってだった。彼らの楽曲の感情の激烈さと速度は、うす暗い地下室ではなく外の開けた空間を、一人でヘッドバンギングすることよりも大勢で合唱することを連想させる。ゆったりとした速度で無限個のギターのレイヤーによって演奏される彼らの音楽は絶望と痛みを思い起こさせるが、何故かこの作品は奇妙にも気分を高揚させるのだ。それは、一つにはBrett Campbellによる舞い上がるようなヴォーカルがそうさせているのだが、真の魔法はバンドの作曲によってこそかけられている。彼らの壮大な曲の尺はめまいをしそうになるメロディとクラシック・ロック風のコーラス、そしてフックと同じくらいに覚えやすいソロにピッタリの場所を提供している。この『Foundations of Burden』は2作目であるが、Pallbearerはそのサウンドの明度を高め、前作の暗黒感を脱ぎ捨てた。終わり近くに収録された“Ashes”は、シリアスなドゥーム・メタルのアルバムに欠かすことのできないアトモスフェリックなインタールードである。決して捨て曲なんかではなく、見事に作曲された、ポップス寄りのバラードなのである。–Sam Sodomsky

158. Sleigh Bells: Treats (2010)

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この『Treats』の導入は極めて爽快である。2つの素早い爆竹のような音が鳴り、エンジニアを震え上がらせリスナーをゾクゾクとさせるギターとブラスの音が巨大な爆発を起こす。このサウンドはフィジカルなもので、部屋ごと揺るがすためにデザインされている。もともとメタルコアバンドにいたDerek Millerや、Cheetah Girls風のガール・グループにいたAlexis Kraussがそれまでに作ってきた音楽のようには聴こえない。というよりも、これに似た音楽というのは全然存在しなかったのだ。

『Treats』の新しさはメタファーで説明するのが良いだろう。それはYM Magazineの古い号を撃ち抜き、その銃の音をサンプリングし、飛び散った紙片を集めて、歯の矯正器具や違法な薬物、「アホな娼婦、親友たち」、浜辺でのパーティーについての歌詞を書き綴ったみたいなものだ。濃縮還元のジュースみたいに純粋である。2019年になっても、この『Treats』は他のどんな音楽のようにも聴こえないが、それはまた別の理由による。今日のポップ・ミュージックとは違い、この作品にはネガティヴなチルがある(Sleigh Bellsは当然音楽性を転換したので、最近の彼らのようにも聴こえない)。しかしその残響は確かに存在する:PC Musicはそのアート・ポップのルーツとサウンドの一部を受け継ぎ―ソナーのような“Run the Heart”で使われている音、『Jock Jams』シリーズのようなシンセなど―それをさらに甘ったるい味付けにしている。LordeやBillie EilishのようなアーティストがSleigh Bellのディストーションやバブルガム的な言葉のあやを反転させたり嘲ったりして楽しんでいるが、時代が違えば彼女たちがそうなっていたのかも知れない。–Katherine St. Asaph

157. The 1975: A Brief Inquiry Into Online Relationships (2018)

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The 1975のMatt Healyは自身の内なる対話(実際は声に出しているのだが)についてをNew York Timesに以下のように語っている。「俺はジム・モリソンだ。俺はジム・モリソンか?申し訳ないが俺はジム・モリソンなんだ。俺は*******なジム・モリソンだ!!」『A Brief Inquiry Into Online Relationships』で彼の自分自身への容赦ない信仰は報われた。彼のもがきはドラマティックなジェスチャーへと癒合し、彼はようやく鳴りたかった自分になりきれた。彼は常に、そして同時に人を引きつける魅力を持ち、共感でき、優しく、そして耐え難いほどにバカバカしい。それは彼の音楽も同じで、オートチューン、オーケストラ、グラム・ロック風のギター、1980年代のシンセでいっぱいのショウルームが滲んで一体化している。

アルバムの15曲の中で、Healyは聴き手のショート寸前の頭の中でものすごい勢いで動き回っている考えを全て言語化することを企んでいる。退屈、未成熟な判断、突然存在の危機に襲われる発作、説明不能の欲望に突如襲われること、ウィスキーの味に関する意見、大脳皮質に刷り込まれたツイッターのフィードの音。皮肉の効いた、思わず引用したくなる句が満載のこのアルバムで、最も可笑しい瞬間は「もう一つ言いたいことがあるんだ」ということだろう。–Jayson Greene

156. Jenny Lewis: The Voyager (2014)

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Jenny Lewisの3枚目となるソロ・アルバムは過去の人生に郷愁と共に飛び込み、Lewisの子役からロック詩人への驚くべき転向がそうであったように、幅広い広がりを持つ。散らばった思い出は裏返されたタロットカードのようだ。10代にして手にしたパリ行きの航空券、崩落するツインタワー、議論の最中に殴ってしまった壁。それらは晴れ模様の80年代ニュー・ウェイヴ、70年代ロックの上でカラフルで、それでいて色あせたモンタージュへと溶け合っていく。音楽における年齢・性別による差別を歌った、乾燥した面白さを持つ“Just One of the Guy”は彼女の地元を思わせる曲だが、そのほかの曲はさらに遠くを見つめている。見かけによらず泡のような“Love U Forever”では彼女は将来の結婚とそれに続く消えゆくロマンスについて夢中で話す。虹色の完璧なヌーディ・スーツ武装したLewisは自信を成熟した、そしてどこか薄暗いロック・ベテランであると高らかに主張し、正真正銘のソロ・スターとしての正当な立ち位置を獲得した。–Hazel Cills

155. 21 Savage / Metro Boomin: Savage Mode (2016)

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このディケイドの中盤において、Metro Boominはヒップホップ界で最も信頼の置けるプロデューサーであった。Futureなどのアーティストのサウンドの成功を手助けし、脈打つような、そしてえぐるような革新的なビートによってDrakeの世界のトップの地位を守った。だからこそ、彼の仕事で最も優れたものが彼のそれまでのけたたましいヒット作や、その他のメインストリーム・ラップとは全く違うサウンドであることは不思議なことである。

『Savage Mode』は、まるで連続してみる夢のようだ。21 Savageの半ばささやき声のようなラップが、擦り切れた、泥だらけの絹のようなものに沈んでいく。環境音楽と似ていないわけではないが、環境として存在しているものはめったにこれほど人を不安な気持ちにさせないだろう。Metroと21は共に、首からさげた宝石を揺らしながら豪勢なホテルでセックスをすることを全くの異質の経験のように聴こえさせる。部屋の宿泊料金だとか首飾りの値段とかという話ではなく、物が首に触れるという感覚や、ベッドのシーツの落ち着かない感じだとかを。これは物静かな、身体的なハイ感覚である。ただしそれはひどいもので、すぐに終わりが訪れる。–Paul A. Thompson

154. Mica Levi: Under the Skin OST (2014)

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ジョナサン・グレイザー監督のホラー映画『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』のサウンドトラックの中で、電子音楽家であり作曲家のMica LeviはJohn CageやGyorgy Ligetiといったアヴァンギャルド音楽のアイコンたちの不協和音を用い、そこに彼女自身の持ち味であるひんやりとした感覚を付け足している。スコアを通じて、ヴィオラやチェロ、ドラムマシンはスローダウンされ厳しい効果を生み出していて、スカーレット・ヨハンソン演じる魅惑的で猟奇的なエイリアンを完璧に模写している。視覚の効果を増幅させるだけではなく、Leviはノイズの純粋な身体性の可能性を探っている。頭に急激に登ってくる血流が脳を叩く音、小さな毛がチクリと刺す痛み、柔らかな触覚、そして最後の一滴まで自分を飲み干してしまう、別世界から来た生物の知覚。–Andy Beta

153. Purple Mountains: Purple Mountains (2019)

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David Bermanの遺作となった今作は長い沈黙の末に発表され、その中では彼の孤独が響き渡っていた。2009年にSilver Jewsを解散して以来の復帰となったが、この中で彼は年齢を重ねる中で人間関係、信仰、自信、希望を保っていくことの苦悩について思いを馳せている。「あまりうまくいっていないんだ」彼はオープニングトラックで疲れ切った表情でそう宣言する。そしてその後続く曲たちの中で、これがいくらか控えめな言い方であったことが証明されていく。荒涼としてはいるものの、音楽自体は決してのたうち回ることはない。それは彼の新しいバッキングバンド(Woodsのメンバーが参加)による朗らかでアップビートなアレンジと彼の比類なき歌詞によるところが大きい。自己治癒としてのソングライティングの螺旋である“Storyline Fever”から、色分けされた煉獄についての“Margaritas at the Mall”に至るまで、過去の作品から変わらず彼の作曲・作詞は複雑で、可笑しくかつスマートである。Bermanの死後―アルバムのリリースからたったの1ヶ月、予定されていたツアーの数日前のことだった―ファンたちは彼の物語や写真、彼の最良の歌詞(多くがこの作品からのものだった)をシェアしてネットを盛り上げた。彼の声がこれほどまでに大きく、活気づいたことはなかった。–Sam Sodomsky

152. Arctic Monkeys: AM (2013)

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ヒップホップ・アクトの影響―特にMike SkinnerのThe Streetsからの―はArctic Monkeysの歌詞の中になら、かなり早い段階から聞いて取ることができた。しかしこのシェフィールド出身のバンドの5枚目のアルバム『AM』において初めて、彼らはその影響を音楽の中にも完全に取り込んでしまった。『AM』で、彼らはそのサウンドを自分たちの意志のとおりにカジュアルに捻じ曲げてしまい、それは息を呑むほどの出来であった。このバンドのスパルタンなギターリフが、極めて男性的な、Dr. Dre的とでもいうべき“Why'd You Only Call Me When You're High?”にこれほどまでにフィットすることを誰が想像できただろうか?または“Do I Wanna Know?”のような楽曲の中でのヴォーカル・フックが最良のMCたちの歌詞世界と多くを共有することができることは?『AM』は自分の置かれた場所に完全に満足している、巨大でうぬぼれた怪物である。これはポップが主流であったこの10年に違和感なく属している、数少ないインディー・ロックのヒット作の一つである。–Ben Cardew

151. Lady Gaga: The Fame Monster (2009)

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当初、Lady Gagaは周りよりも少しだけ賢い、将来有望なダンス・ポップ・アクトであり、それ以上でもそれ以下でもないと誰もが思っていた。しかしそこに“Bad Romance”が出た。ストア学派よろしく男を焼き殺してしまうビデオは瞬時にアイコニックな作品となり、ゴシック調のメロドラマを纏った巨大なクラブ・バンガーによってGagaは侮ることのできない真の勢力であることがアナウンスされたのだ。

“Bad Romance”は、Gagaの2008年のデビュー作『The Fame』のデラックス版として8曲の新曲を新たに収録してリリースされた『The Fame Monster』からの先行シングルとしてリリースされた(はい、その通り:『The Fame Monster』は厳密には2009年の11月にリリースされている。しかし、このディケイドに渡って長い影を投げかけている何かに免じて、我々は例外を設けることにした)。Beyoncéをフィーチャーしたとにかく楽しい“Telephone”(もともとはBritney Spearsのために書かれた曲だった!)を除いて、そこに収録されている曲は当時出ていた他の音楽のどれとも似ていなかった。異様で、神経を逆撫でるような、死や危険なセックスへの言及でいっぱいの、ヒッチコックの映画的な、脳を貪るような、なにかだった(Meat Loafが殺されたのはこれのせいではないかというような、恥ずかしげもないレトロなパワー・バラード、“Speachless”もある)。『The Fame Monster』のリリースによって、ポップ界では風変わりなことを競う軍備競争が始まった:Katy PerryからNicki Minaj、Keshaまで誰もがお互いを奇怪さで出し抜こうと必死であるように思われた。しかしその誰の旗も、Gagaのものより高くはためくことはなかったのだ。–Amy Phillips

Part 6: 150位〜141位