海外音楽評論・論文紹介

音楽に関するレビューや学術論文の和訳、紹介をするブログです。

Pitchforkが選ぶテン年代ベスト・ソング200 Part 5: 180位〜176位

Part 4: 185位〜181位

180. Sons of Kemet: “My Queen Is Harriet Tubman” (2018)

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アメリカの財務長官は未だに奴隷制廃止論者=ハリエット・タブマンを冠した新20ドル紙幣について難色を示し続けている。一方で、自家製のハリエット・タブマンのラバースタンプは在庫切れとなり、Sons of Kemetとイギリス生まれ、バルバドス育ちのサックス奏者Shabaka Hutchingによる“My Queen Is Harriet Tubman”という大胆な宣言が多くのアメリカ人から賛同を集めていることを示唆している。このバンドのImpulse!デビュー作となる『Your Queen Is Reptile』の収録曲の中でも容赦ないハイライトであるこの“Harriet Tubman”は、アフリカン=アメリカン音楽であるジャズとアフロ=カリビアン音楽であるソカの融合である。しかし曲中にはUKらしい音もまぶされており、タイトルにはパンク由来の嘲笑感が垣間見え、チューバ奏者・Theon Crossの激情にはダブステップ的な揺らぎが感じられる。そしてHutching自身による息もつかせぬソロが始まるが、彼のスタッカートによって裏返った音色はまるでグライムにおけるフロウの連射と符合する。これら多くの音楽遺産を継承しているこの曲は、それでも前に進んでいる。この曲のサウンドは自由のために戦う未来の戦士たちを鼓舞するに違いない。–Andy Beta

179. Rich Kidz: “My Life” [ft. Waka Flocka Flame] (2012)

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この曲は、なんだか別の世紀からやってきたように聞こえる。アトランタのラップ・グループRich Kidzによる粗削りで大胆な宣言であるこの曲はプロデューサー・London on da Trackによって編まれたものだが、その過積載ともいえる音像は、Lex Lugerが(種々の問題によって存在感を希薄にしてしまう前に)確立した巨大なサウンド・プロダクションからの引用である。Waka Flocka Flameのキャリアは今やリアリティTVのぬかるみにはまってしまっているが、彼のこの曲への貢献は、様々なサウンドエフェクトを一度に鳴らしたようで、彼自身の2010年の傑作『Flockaveli』を思い出させる。Rich Kidzの二人、SkoolyとRK Kaelubももはや音楽制作のパートナーではない。これ以来何が起こったにせよ、この”My Life"はKoo-Aid色のダイアモンドであり、その目がくらむような輝きはまだ失われていない。–Larry Fitzmaurice

178. The 1975: “The Sound” (2016)

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“The Sound”には、The 1975の名曲たちに共通する特徴が全て備わっている。耳に残るコーラス、弾むようなネオン色のシンセ、Matty Healyはギリシャ哲学者をネームドロップし、すぐさま自分を「クリシェ」と呼ぶ。これは楽しく、賢く、そしてアンセム的な楽曲であると同時に、そういったビッグ・アンセムをからかう曲でもある。このようなマキシマリズムの上で、Healyはそれはそれはたくさんの欲望を歌う。人々の関心、セックス、知的な層からの承認、親密な人間関係、そしておそらく、不死。これは極めてミレニアル世代的な心持ちの体現である。自分自身の不安を訴えるのと同じくらい熱心に、自分自身をプロモートするのだ。–Matthew Strauss

177. A Tribe Called Quest: “The Space Program” (2016)

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A Tribe Called Questがこれほどまでにコンシャスで、(優れたラッパーの多くがそうであるように)精神的に目覚めていたことはなかった。そうではなく、彼らはハイ・カルチャーの番人としての遊戯的で冷笑的なトーンを纏い、キック・スネア・ハイハットを用いて同じ番人たちにそれを差し戻した。だからこそ彼らが18年もの活動休止ののち、この“The Space Program”において、この上ない強さで攻撃を再開したのはなんとも感慨深いことであった。この曲で嘲笑とともに提示されるのは、NASAは人種隔離政策下の列車と大差ない、つまりは金持ちだけを宇宙につれていきそれ以外の者たちはここに残していくんだという考えだ。まるで『Beats Rhymes and Life』(1996)の続きのようなソフト・タッチなキーボードとギターと共に、この曲は彼らのラスト・アルバム『We got it from Here... Thank You 4 Your service』の始まりを飾る。このアルバムは現在の世界と週末の状況を笑ってみせる作品だ。「Let's make something 」 というリフレインは、誰しもが一瞬にして感じ取れるマントラである。『We got it from Here...』はリリース直後のPhife Dawgの死によって化石的作品としての地位を確立したが、この曲はこのグループ、彼らのサウンド、そして彼らを排斥し続ける世界の中で、最後の一秒まで存在しようと戦い続けるという彼らのスピリットを克明に捉えている。–Matthew Trammell

176. Sampha: “(No One Knows Me) Like the Piano” (2017)

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UKのシンガー、Samphaがデビューアルバムの制作に取り掛かろうとなった時、彼は喪に服していた。彼が一緒に暮らし、世話をしていた母親ががんで亡くなったのだ。その結果生まれた『Process』は悲しみの辛く、ときに変化を与える力を深く覗き込んだパーソナルな作品になった。それが最もよく表れているのがこの“(No One Knows Me) Like the Piano”である。この曲でSamphaは、母親の家になったピアノを擬人化する。その家というのは彼がまだ幼い頃に亡くなってしまった父親が購入したものだった。ピアノは子供の頃に彼の失望を歌に変える手助けをしてくれた友人に例えられている。Samphaが自分の成長を語ると、部屋の生活音や鳥の鳴き声がミックスの深部で鳴らされる。それは親密さと、人生における個人的な休止期間へと迎え入れられる効果を生んでいる。–Gabriela Tully Claymore

Part 6: 175位〜171位