海外音楽評論・論文紹介

音楽に関するレビューや学術論文の和訳、紹介をするブログです。

Pitchforkが選ぶテン年代ベスト・ソング200 Part 3: 190位〜186位

Part 2: 195位〜191位

190. Ty Dolla $ign: “Paranoid” [ft. B.o.B] (2013)

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Ty Dolla $ignの最大にして最良のこのシングルは、この10年の前半の多くのヒット・ソングと同じく、プロデューサー・DJ Mustardのミニマリストなタッチ、R&Bハウス・ミュージックの交配を見せつける一曲だ。その中でもこの“Paranoid”が傑出しているのは、広い空間を思わせる“snap-and-pop”なプロダクションが、「全く同じ香水をまとった」二人の女性に出会うためだけにクラブに繰り出すという物語をこの語り手に語らせるからだ。これはなにか仕掛けられた罠なのか、それとも自分の妄想に過ぎないのか、Tyは思い悩む。この内なる対話は彼自身による揺れるバッキング・ボーカルによって区切られるが、それは近代のロマンスにまつわるねじ曲がった混乱について論評するギリシャ聖歌隊である。–Jordan Sargent

 189. J Balvin / Willy William: “Mi Gente (Remix)” [ft. Beyoncé] (2017)

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コロンビアのシンガー・J Balvinの“Mi Gente”をヒットさせた要因―大胆なドラムビート、執拗な5音のボーカル・メロディー―の多くはモーリシャス系フランス人シンガー・Willy Williamの2017年の曲“Voodoo Song”(この曲自体、インド人作曲家のAkasshをサンプリングしたものである)から引っ張ってきたものである。この曲が世界的な、文化を超えたセンセーションを巻き起こしたのも不思議ではない。

BalvinはWilliamとこの素材を作り直し、スペイン語のリリック、チャント、そして火を吹くようなラテン・パーカッションを付け加えた。「el mundo nos quiere(世界が俺たちを求めている)」といった彼のラインは、この曲を普遍的なダンスフロア・ヒットに変え、全世界で断絶が進むこの時代にあって結束と団結を抱擁した。Beyoncéが大胆にもスペイン語に挑戦し株を上げたリミックスにも助けられ、この曲はSpotifyのGlobal Top 50チャートで首位を獲得した初の全編スペイン語楽曲となった。人々が団結し、この曲を好きになることを妨げるような境界線も、壁も、存在しない。この曲は、世界中に広がるネオ・ナショナリストの台頭に対抗する力がポップ・ミュージックにはあるということの証でありつづけている。–Jason King

 188. Future: “Incredible” (2017)

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傷心のうちのやけっぱちの恋愛に捧げられた酩酊感のあるこの曲の中で、彼と彼の新しい恋人は一緒にホットヨガをやり、互いに「好きだよ」とメールを送りあう。しかし彼はいまいちこの新しい恋に乗り気になれないようだ。お金や宝石、バイコディン(訳者注:鎮痛薬)への愛が同じ程の分量で歌詞に出てくる。一方、この曲のフックは至ってシンプルでわかりやすく―タイトルのフレーズを繰り返す、オートチューンのしゃっくりみたいなものだ―これまでに同じことがやられていなかったのか不思議になるくらいだ。プロデュースはDre Moon。彼はFutureの声に月明かりのようなシンセとしなやかなベースを焚べ、まるでアイランド・カクテルのような泡立ちを演出する。酩酊してふさぎ込んでいる、というような彼のイメージの歴史に照らしてみると、このような赤裸々な感情の発露にはかすかな希望のきらめきのようなものが感じられる。「このベイビーを甘やかすためならなんだってやる」と彼は嬉しそうに誓う。それは心の底からの言葉に聞こえるのだった。–Marc Hogan

 187. Thom Yorke: “Dawn Chorus” (2019)

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Thom Yorkeのソロ・アルバム『Anima』においてエモーショナルな中心的役割を果たしているこの曲には、彼の長年のパートナー、Rachel Owenの死(2016年)が影を落としている。このカップルは彼女の逝去の18ヶ月前には別離していたが、とはいえ彼がこの喪失に(どれだけ婉曲的であっても)反応していないと考えるには無理がある。「何かを恋しく思う、でもそれが何なのかわからない」と彼は物憂げに、床を引きずるような声でつぶやく。「渦の最中で風に浮いて/煙突からすすが飛び出していく、愛するきみの模様を描きながら」

“dawn chorus”とは、鳥が発情する時期に発する、朝の鳴き声である。自然を愛する一は意に介さないかも知れないが、Yorkeはこの曲の中でそれを「血に塗れた騒音」と読んでいる。有機的な世界を非難するとは、彼らしくないようにも思える。しかし喪に服している状態では、甘美であるはずのものでも辛く、酸っぱく感じられるのである。この曲で、Yorkeはそのことを美しく響かせている。–Matthew Schnipper

 186. Skepta: “Shutdown” (2015)

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Skeptaによる2015年のヒット曲“Shutdown”は、この年代を代表する究極のロンドン讃歌である。スラングを通常の語彙に押し上げてしまうほどにキャッチーで、世界で最もひ弱なサウンドシステムですら破壊してしまうほどにハードで、曲の中でほのめかしているように凱旋門とセントラル・パークを封鎖してしまうほどにこの世界と結びついている。曲の中間で差し込まれる風刺的なスキットの中で、考えられないほどに気取った女性がTVに映ったパーカー姿の男たちの「威圧的な」存在感を嘆いている。その男たちとは2015年のBRIT Awardsをグライム勢で乗っ取ってしまったKanye Westであり、その横にその他大勢のグライム・レジェンドたちと共にいたSkeptaである。この活躍によって、Skeptaのシングルはバトル・ラップ的なスタンドプレーを拒絶し、真の敵に標準を合わせる。国営放送に黒人MCが侵入したときに真珠を鳴らした金持ちたちだ。これ以降、新しい、開放の音楽としてのグライムの理想は、イギリスの大きなステージ、そしてその向こうでも、はっきりと鳴り響いている。–Jazz Monroe

 

Part 4: 185位〜181位