海外音楽評論・論文紹介

音楽に関するレビューや学術論文の和訳、紹介をするブログです。

<Bandcamp Album of the Day>Okkyung Lee, “Yeo​-​Neun”

あなたがもしOkkyung Leeの作品に少しでも触れたのなら、彼女の力量はすぐにわかるだろう。チェロ奏者であり作曲家である彼女はこれまでにフリー・ジャズ、チャンバー・ミュージック、即興ノイズ、エクスペリメンタル・エレクトロニクスなどなどを作ってきた。これらのスタイルの多くは最初の作品である『Nimh』(2005)で現れていた。しかし、彼女の大ファンであってもこの『Yeo-Neun』には驚かされるだろう。ハープ奏者のMaeve Gilchrist、ピアニストのJacob Sacks、そしてベーシストのEivind Opsvikとの4人編成で、Leeはまるで花弁から滴る水滴のようなメロディを持つ繊細で複雑な楽曲を展開していく。

しかしこれらの柔らかな作品の中で、Leeはこれまでに追求してきたアイディアを再び用いている。瞑想的な“In Stardust”では間隔や中断によって緊張を作り出す彼女の妙技が曲を導き、“Another Old Story”ではデリケートなピアノからスリリングで衝動的なクレッシェンドに移っていく中で、彼女の作曲と即興の絶妙な組み合わせが光る。Leeが故郷=韓国の民俗音楽に抱いている親近感は、韓国の民謡から取られた楽曲のタイトルから、そしてそれらの曲のシンプルで感情を想起させるフレージングからも明らかである。“The Longest Morning”や“Facing Your Shadows”といった曲では彼女の演奏のワイルドな側面が出ていて、他の演奏者を押し出してしまうことなくありとあらゆる種類のノイズを出している。

そのバランスこそが『Yeo-Neun』の最も肝要な部分なのかもしれない。4人のプレイヤーの個々のサウンドは、まるで一つの生き物に鳴ったかのようにしっかりと編まれている。ひょっとすると、鳥や影、朝や夕暮れといった意味のタイトルを持つ楽曲が驟雨録されているこのアルバムがこれほどまでに環境的なオーラを持っているのは、それが理由かもしれない。『Yeo-Neun』は朝鮮語で“opening”といった意味がある。ジャケットに写っている窓は閉じられているが、光は差し込んでいる。Leeの感動的で希望に満ちた楽曲の中の自然や時間のビームもそうだ。

By Marc Masters · May 05, 2020

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<Bandcamp Album of the Day>Melenas『Dias Raros』

スペインのパンプローナを拠点とする4人組Melenasは2作目となるこの『Dias Raros』において、2017年のセルフタイトル・リリースで聴かせていたフラワー・パンクから退き、同世代であるPeel Dream Magazineのような知的なインディー・ポップの反復を目指し、輝きに満ちた心地よいジャングル・ロックを演奏している。彼女たちの楽曲はさらにクラウトロックや、性急なシューゲイズの影響も受けている――デビュー作でもチャーミングな効果をもたらしていたガレージ・ポップ風のオルガンをこの2作目でも喜んでミックスに取り入れてはいるが。『Dias Raros』はパステル調のポスト・パンクの一種である――ムーディなドローン、スペーシーなギター、そしてモータリック・ビートがキラキラとした輝きや甘さ、明るさで優しく包まれているような作品なのだ。

オープニングの“Primer Tiempo”でこのバンドはすぐさま開かれた新しいサウンドへと飛び込んでいく。物憂げながらもかわいくすましたこのポップ・ソング――ドローンが鳴り響いてはいるが――は楽しげなキーボードと催眠的な和音によってドライヴし、それは『Dias Raros』全体に漂いつづける曇り空のようなアンビエンスを想起させる。よりパンクに寄った楽曲においても、Melenasは優れたヴォーカル・アレンジメントの才能を見せつける。“29 grados”のように広大な曲や“3 Segundos”のように晴れやかな曲において、バンドメンバーたちの声は楽器の演奏の優しいタッチを補完するように幻惑的な輪を描く。ドリーミーな雰囲気が音楽全体を支配するようになると、『Dias Raros』は凪の感を漂わせる。しかし、バンドに寄る強力なソングライティング、耳に残るフック、そしてミッド・テンポの曲(ドライヴするような“Los alemenes”や“Ciencia ficcíon”が印象的だ)を後半に配していることによって、楽曲同士が溶け合ってしまうことを防いでいる。最後から2つ目のグルーヴィーな“Ya no es verano”は最も強力な曲で、80年代中期のR.E.M.のメロディックな叙情性と同時期のUKインディー・ポップが持っていた古典的なシャンブリングの完璧なバランスを見せていながらも、どちらにもノスタルジックすぎるきらいはない。

By Mariana Timony · May 04, 2020

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<Bandcamp Album of the Day>recovery girl, “recovery girl”

Galen Tiptonの最新リリースはアーケード・ゲーム愛好家なら誰しもがおなじみのあの質問から始まる。「コンティニュー?」このオハイオのプロデューサーは感情を転覆させる。ヴィデオ・ゲームでは終わりを告げる不吉な鐘の音であるこのフレーズを新プロジェクト=recovery girl(人気アニメシリーズ『僕のヒーローアカデミア』のキャラクターから取られた)の歓迎の辞としている。Tiptonの前作『nightbath』(2018)は、PC Musicのマキシマリズムと日本のポスト・フットワークがもつ楽しげなアンビエンスを融合させたコラボレーション作であったのに対し、recovery girlのデビュー作はステージ中央に位置どった非凡な作品である。もともと1月にEPとしてリリースされOrange MilkからLPとして新たにリイシューされたこの作品――エクスパンデッド・エディションには2月に発表されたEP『gross/scratch』と7つのリミックスも収録されている――は乱雑にほとばしるカタルシスをダンスフロアの浮ついたアグレッションに注ぎ込んだような、グリッチが効いたポップ・ソングが詰まった多幸感あふれる一枚だ。

Tiptonは“that girl is my world(you transphobic piece of shit)”でその変形的な魔法を発揮し、「私がお前の終わりを告げる」という復讐の誓いによって棘をつけられたハイパーアクティヴで、ジェンダー的に流動性のあるアンセムを作り上げている。タイトル曲ではTiptonが「なんでも操作することができる」という能力を勝ち誇った後、狂気を感じさせる笑い声のサンプルが工場ごと崩壊させてしまうようなダンス・ブレイクに誘い、勝利への直通ラインを保っている。これらの力強い動きがときおり訪れる静かな場面――つまり、SOPHIEがCharli XCXの『Vroom Vroom EP』のために作り上げた、閉所恐怖症的で異質なブレイクダウンの残響のようでもあるインタールード“let's go bitch”――とコントラストを成し、混沌を拡大させながらも同時にこのアルバムの感情的な深さを曝してもいる。「let's fuck」というサンプルと親密で重度に加工された告白が交互に繰り返されるパーカッシヴなクラブ・バンガー“numbing gel”のような曲は汗にまみれてムンムンとした環境を想起させるが、同時に満たされない切望も感じさせる。recovery girlとしてTiptonは崖の淵に背を向けて踊るためのポップ・ミュージックを作り、失望・怒り・恐怖を使って、最も必要とされるタイミングで回復薬や追加ライフにしてしまうのだ。

By Ed Blair · May 01, 2020

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<Bandcamp Album of the Day>Built to Spill, “Built To Spill Plays The Songs Of Daniel Johnston”

ソングライターである故・Daniel Johnstonの類まれなる才能の一つは、人間の小さな喜び、そして押しつぶされそうになるほどの憂鬱を繊細かつはっきりと表現することができる能力だった。作詞家として、Doug Martschもまた、物事を観察する能力に長けていることで知られている:彼がBuilt To Spillで書いた曲は、それがどれほどひょうきんなものであったとしても、人生の頂点や谷を名状しがたいやり方で記録している。それは、このバンドがJohnstonの音楽をカヴァーするのにこの上なく適している理由の一つである。もう一つの理由は、Martschが長年にわたってJohnstonのファンであり――彼は1996年のBuilt To Spillレア音源集 "The Normal Years" の中で 'Some Things Last a Long Time' をカヴァーしている――2017年のツアーにおいてこのソングライターのバックを努め、Johnstonの作品の複雑さに正面から取り組んだ経験もある。その長旅の中で行われたリハーサルの間にコンパイルされたこの "Built To Spill Plays the Songs of Daniel Johnston" はJohnstonのフォーク的ルーツと開かれた精神性に忠実である、星のようなカヴァー・アルバムである――即席でありながら、信じられないほどに複雑なトリビュートだ。

Martschと当時のバンド・メンバーであったベーシストのJason Albertini、そしてドラマーのSteve Gereは、Johnstonの作品のエッセンスを捉えた、温かく元気に溢れたパフォーマンスを披露している。ファズを目一杯使い、まるで大いばりであるくような 'Fake Records of Rock and Roll' はいい塩梅のノイジーなスパイスを誇り、 'Queenie The Dog' では爪弾かれたギターと推進力のあるリズムがもつれ合い、 'Good Morning You' は壮大で的確なリフによって刺すようなインディー・フォークが切り出される。 'Bloody Rainbow' で、彼はJohnstonが歌っていたよりも「affair」「care」という単語に強調をおき、「彼女はあの恋のから騒ぎを覚えている/蒸し暑いロマンスで、他のことなど手につかなかった」というラインを歌う。このように伸ばして歌うことで、Johnstonの曲の中に常に潜んでいる切望の感情が誇張される。MartschがJohnstonのしの中でも最も広く知られているものの一つ( 'Tell Me Now' の「友達を見つけるのは難しい」という箇所)を歌う時、彼の諦めと物悲しさの組み合わせが胸を打つ。

By Annie Zaleski · April 30, 2020

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<Bandcamp Album of the Day>Jon McKiel, “Bobby Joe Hope”

 

2015年、カナダのカルト的なインディー・ロッカー、Jon McKielはネット上の見知らぬ人からオープンリール・レコーダーのTeac A-2340を購入した。機器をセットアップした後、彼は同梱されていた30本のテープのうちの1本に、以前の所有者による録音が含まれていることを発見した。その中には、単一の楽器の演奏やヴォーカルの断片、そしてほぼ完成した曲が1曲含まれていた。4年後、McKielはプロデューサーのJay Crocker(Constellation Recordsのエクスペリメンタル・エレクトロニック・アーティスト=JOYFULTALK)と協力し、リールから発掘したすべての素材をハード・ドライブに転送した。マッキエルはその音をチョップし10秒のループを作り、それらのサンプルを不気味でサイケデリックなポップ・ソングの基礎として使用した。このプロジェクトは、部分的にはマッキエル、部分的には彼にマシンを売った見知らぬ人物、Bobby Joe Hopeにクレジットされている。

『Bobby Joe Hope』に前身があるとすれば、2009年のアルバム『Broadcast and the Focus Group Investigate Witch Cults of the Radio Age』だ。この憑依論的プロジェクトでは、イギリスのアート・ロック・グループ=Broadcastが、ホラー映画やテレビ放送、童謡などのサンプルを使用している。McKielのアルバムはBroadcastの転がるようなドラム・フィルと埃っぽい雰囲気が似ているが、『Bobby Joe Hope』はより親密な感じがする。オープニングの "Mourning Dove” やゴージャスな "Deeper Shade" などの曲では、静かなループが柔らかいベッドとなりMcKielの優しい歌声を聴かせてくれる。 ”Management” はChris Cohenのファンにも訴えるものがあり、ビデオゲームのトリビュート曲である “Secet of Mana” は、2020年の最もオタク的な曲かもしれない。おそらくこのレコードの最も現代的な比較としては、Sub PopのChad VanGaalenによるガタガタのホーム・レコーディングや、彼がプロダクションを手がけたヒョロヒョロのポスト・パンク・グループ=Womenが挙げられるだろう。両者の影響は、『Bobby Joe Hope』の中でも際立つ "Object Permanence" で強く聴こえてくる。鳴り響くギターと重厚なベースラインの上に浮かんでくるマッキールの小康状態の歌声は、様々な意味で気分を高揚させてくれる。

By Jesse Locke · April 29, 2020

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<Bandcamp Album Of The Day>KinKai, “A Pennies Worth”

イングランドマンチェスターで生まれ育ったラッパーのKinKaiの最新フル・アルバム『A Pennies Worth』は、涼し気なフックとゴージャスでジャズ風のプロダクションを持つチル・ヒップホップ・チューンを集めた印象的なコレクションである。

1曲めの“Better Today”はバウンシーでメリハリのあるリズム、ジャジーな鍵盤とコーラスでのドリーミーなシンセのラインが聴きどころである。KinKaiは中央に立ち、なめらかで内省的なライムとコーラスでの甘い歌声によってトラックに命を吹き込んでいる。Glue70(アルバムの大半を手掛けている)のプロデュースによる“Cherry B”はまるでシロップのような、エレクトリック・ピアノを中心とするアンセムであり、KinKaiは人生を生き、その方向を探すことについて語っている。彼が孤独に感じていようと、賃料のためのお金をかき集めていようと、「お店でCherry Bを買って友人と弾けている」事ができている限り希望の光はあるということをKinKaiは教えてくれる。Children of Zeusをフィーチャーした“Top Down”ではテンポアップ。濃密でソウルフルなヴォーカルのハーモニーに支えられながら、KinKaiはそのリラックスしたデリヴァリーでトラックの上を滑空し、ドライヴすること、金を稼ぐこと、そして良い人生を送ることのイメージを想起させる。

スタッカートの効いたシンセのライン、スウィングしたビート、そしてドリーミーなヴォーカルのハーモニーをフィーチャーした“Order”でアルバムは幕を閉じる。KinKaiの歌詞は味気なくなってしまった関係を鮮明に描き出す。後悔し癒やされようとした彼は以前のパートナーに直接宛てて歌う。『A Pennies Worth』の多くの曲がそうであるが、“Order”は個人的な歌詞と贅沢なプロダクションをつなぎ合わせていて、ソウルフルでありながら体裁よく作り上げられたアルバムを縫い合わせている。

By John Morrison · April 28, 2020

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<Bandcamp Album Of The Day>RVG, “Feral”

陽気な2作目『Feral』で、メルボルンのロッカー・RVGはオーストラリアで最も活発なアクトの一つであることを知らしめている。リード・シンガーであり、ソングライターであり、ギタリストでもあるRomy Vagerはいまだに犯罪者やアウトサイダーの視点から作詞をしており、暴力と報復のおどろおどろしい場面を描いている。しかし、フックがキャッチーになりメロディにも磨きがかかった一方で、彼女が優しい世界を求めて泣き叫ぶ声は切実さを失ってはいない。

Nick CaveやPJ Harveyとも作業をしたことがあるVictor Van Vugtによるプロダクションがこのバンドの持つ驚異的な作曲を前面に押し出し、彼女たちの2017年のデビュー・アルバム『A Quality of Mercy』の特徴だったザラザラ感を削ぎ落としている。ここでは編曲が80年代のインディー・ポップの純粋さを持って輝き、時折グラムやシューゲイズの要素もまぶされている。Vagerのジャングリーなギターが先頭を行き、彼女の声が生々しく騒々しい対を成している。

彼女はダーク・コメディへの執着を捨ててはいない。こっけいな“Christian Neurosurgeon”では信心深い医者が同僚に誤解されていることを嘆いている。「友達がみんな私を笑ってこう言うの、『延髄に十字架は見つけられたかい?』と」Vagerはそう唸ると、ドリルの回転音が音を立てる。楽天的な良曲“Little Sharkie And The White Pointer Sisters”では登場人物がこう述べる。「集中できないし、眠りにつくこともできない。コーヒーのせいかもしれないけど、多分スピードのせい」

しかし、賢く短いジョークやB級映画の興奮以上に、『Feral』の曲の多くは破滅的なほどにパーソナルな内容である。“Help Somebody”ではVagerはオンライン上で一日中議論を交わしたあとに感じた幻滅感と苛立ちを事細かに語っていて、彼女自身は「ただ人を助けたかっただけだったのに」と懇願している。アルバムの最後を飾る、じわじわと盛り上がる7分間の“Photograph”ではダンテに似た人物を精神疾患ウロボロスと我々の人生であるところの鏡の間へと降ろしていく。この曲の主人公は、自分が生きる現実よりも遥かに安定した光景の写真を額縁に入れながら、故郷を離れていった人たちに復讐することを夢見ている。「写真で見るほど悪くは見えないものだ」とVagerは必死になって歌う。

アルバムの1曲目“Alexandra”は今日に至るまでの彼女たちの楽曲の中でも最も強力なものの一つであり、過去のRVGの歌詞のスリルを、自分を憎む世界で行きていかなければならないトランスの人間たちの恐ろしい現実を通じて濾過した、クィアの団結のアンセムである。「月曜日の朝がくれば、あなたは私が死んでいるのを見つけるかもしれない」とVagerのキャラクターが歌う。「あなたは言うでしょう、こうなるとわかってた、時間の問題だったと/そんな格好をしているってことは、本当に死にたいと思っていたんだと」RVGの曲全てに言えることだが、その物語はそこで完結するわけではない―Vagerはわかりやすい抗議のアンセムを書くことに興味はないのだ。しかし彼女が「little sister」―この曲のタイトルにもなっている―に呼びかける声の中には切迫したものを感じ取ることができる:「あなたにしがみついている」排斥に直面しているVagerの反抗的な愛と希望は何よりも過激なのである。

By Sophie Weiner · April 27, 2020

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