海外音楽評論・論文紹介

音楽に関するレビューや学術論文の和訳、紹介をするブログです。

Pitchforkが選ぶテン年代ベスト・ソング200 Part 12: 145位〜141位

Part 11: 150位〜146位

145. Charli XCX: “Gone” [ft. Christine and the Queens] (2019)

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ほぼ10年もの間、朝5時までパーティーしているようなレイヴ好きのクラブっ子というブランディングをしてきたCharli XCXだが、そのイメージにもヒビが入った。この“Gone”は迷子になり、絶望へと引きずり込まれていく。80年代ファンク・ポップ風のビートに乗せて、彼女は「とても不安定な気持ち/この人たちのことは大嫌い」だと歌う。この「居場所がない」という感覚はメジャー・アーティストとしてヒットを連発することを求められながら、本当はそういったものを一捻りして脱構築する方を好むという彼女自身のジレンマのメタファーとしても捉えられる。一緒に暴れているのは同じくポップ界の異端児、Christine and the QueensのHéloïse Letissierである。彼女は偏執病に陥り、自分が「煙」なのか「太陽」なのかという実に不思議な問いを投げかける。その狂気はエスカレートしていき、グリッチのかかったヴォーカル・チョップ、金属的な効果音、そしてドラマチックなパワー・シンセのフィルとなる。これは精神の崩壊、そしてそれを経た成長のサウンドトラックなのである。–Michelle Kim

144. Spoon: “Inside Out” (2014)

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Spoonの楽曲は概して、我々が聴くことのできる部分と、我々が聴くことのできない部分によって定義されている。皮をむかれ核だけが残り、このバンドは目に見える構造と多くの開かれた空間で音楽を作り上げることができている。これらのことが重要雨なのは、“Inside Out”はSpoonの楽曲の中で最も豪勢な楽曲であるからだ。ハープ・ソロの支えとなる厳重なリズム(これが彼らの特徴ではないが)とフロントマン・Britt Danielによる「自分が欲しい物がわかっていて、その他のものにとらわれなければ人生はとてもシンプルたりうる」といういらだちが表れた歌詞を中心に作られたこの曲は、Spoonが新しい時代に突入したというわけではないが、かといって他のSpoonの曲のようには全く聞こえない。“Inside Out”の偉大さは、その想定外の柔らかさだけではなく、賢くあることと同時に生意気でもいられるDanielの能力にこそあるのではないだろうか。知恵を得ることは年を取ることでもある。だが、それがここまで達成感にあふれて聞こえることはめったに無い。–Sam Hockley-Smith

143. Rick Ross: “B.M.F. (Blowin’ Money Fast)” [ft. Styles P] (2010)

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全能の怪物が、恐怖におののく街を破壊し、ビルの頂上につかまり、胴体にあたる銃弾を跳ね返しながら飛んでいる飛行機を払い落とす。こんな古いモンスター映画はご存知だろうか。ある時点で、Rick Rossは彼の革の椅子で前かがみになってこう考えたに違いない。「このモンスターがいまラップをするとしたら、どんな感じなのだろう?」と。Rossはそのエネルギーを、プロデューサーLex Lugerとの身震いするようなコラボレーション、“B.M.F.”に注ぎ込んだ。4分間に渡り、彼はまるでとてつもなく強力でコカインをキメた巨人のように、彼と彼の利益の間にあるありとあらゆる障壁を破壊していく。彼を止めることはできないし、彼とまともに話をしようとしたって無駄である。我々にできるのは、彼を称えた銅像を建て、彼の怒りの無慈悲なほどの効率の良さに驚嘆することだけである。–Evan Rytlewski

142. Rihanna: “Needed Me” (2016)

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“Needed Me”で提示されているのは、経験豊富で快楽主義なアウトローとしてのRihannaのはっきりとした具現化である。人々は彼女を必要とするが、彼女は誰も必要とはしない。それは至って普通のことと感じられるべきなのであるが、自分のルールのみによって統治され、男のようにふるまう女性を見るのは爽快である。その一方で“Needed Me”には優しく、物悲しげな知性が垣間見える。人間関係の中で強者として振る舞うことができ、誰も頼りにすることができない人物についての歌である。何故それが悩ましいのだろう?ラジオ・ヒット請負人であるDJ Mustard、Frank Dukes、Starrahによって作られたこの楽曲はセクシーで獰猛であり、それはRihanna特有のZ世代・X世代両方の好みや感情を宿すことができる能力をひけらかす方法なのである。その残響は巨大であるが静かである。この曲はトップ5にこそはいらなかったものの、彼女の楽曲の中で最も長くチャート・インした楽曲となった。–Naomi Zeichner

141. Gil Scott-Heron: “New York Is Killing Me” (2010)

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Gil Scott-Heronと、彼がホームだと呼びその人生の大半を過ごした街・ニューヨークの間には愛憎入り交じる関係性があった。70年代中盤、フォード大統領がこの街に野垂れ死ぬように告げてまもなく、Scott-Heronは“New York City”というシンプルなタイトルのラヴ・レターを綴り、ここは美しく、良いエネルギーがある場所であると称揚した。それから35年が経ち、Jay-ZAlicia Keysによるローカル・アンセムEmpire State of Mind”がまだ人気を博している頃、Scott-Heronはこの街をそれとは違う、更にダークな方法で描き出した。

“New York Is Killing Me”はこの街を、約束とチャンスで溢れかえり、Scott-Heronが「致命的だ」と示唆する疎外感と孤独によって定義される街として描写する。XL Recordingsのオーナー・Richard Russellによるプロダクションは、まるで排気ガスを一日中吸っているかのように息苦しい。この音楽は簡素であるがせわしなく、辛辣でありながら優しく、縄跳びのようなリズムやカタカタという音、そして地下鉄の耳障りなガタガタという音のように鼓動するベースラインを伴っている。「800万人もの人がいて、僕には一人の友だちもいないんだ」と歌う彼の声は不安と後悔でずっしりと重い。この曲が過去形で歌われることは2010年のリリース当時も辛いものがあったが、彼の1年後の死によってその辛さが増してしまった。–Stephen Deusner

Part 13: 140位〜136位

Pitchforkが選ぶテン年代ベスト・アルバム200 Part 3: 180位〜171位

Part 2: 190位〜181位

180. Chvrches: The Bones of What You Believe (2013)

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理論上、そんなことはうまく行くはずもなかった。気難しく、猫背で歩くようなグラスゴーポスト・ロック・バンドの中年元メンバー2人が、第3世代のエモを聴いて育った若いシンガーと組む、なんてことは。彼らが作るのは完全に自作・自己プロデュースによる、明るく光り輝くようなシンセ・ポップだが、それはあまりにも完璧に作られていて、まるで科学者が作ったみたいだ。そして2013年当時にあって、この『The Bones of What You Believe』はチルウェイヴの衝撃から覚めやらぬ者たちにとって理想的な目覚ましアラームとなった。“The Mother We Share”、“We Sink”、そして“Recover”などの高くそびえ立つ曲群においてLauren Mayberryの透明感ある歌声は、魅惑的な詩と残酷なまでの誠実さでひび割れた関係性を脱構築してみせる。一方で音楽はNew OrderDepeche Modeにも通じるものがあり、ダンスフロアのダイナミクスを完全に掌握している。このデビュー作でChvrchesはインディー・ソウルを手に、ダンス・ポップの新しい時代を開始した。数多の「スポティファイ・コア」バンドが後に続けと出現したが、これと同じマジックを捉えることができた者はいない。–Amy Phillips

Spotify-core”なる単語が出てきて、面白そうだなと思ったのでこの記事も読んでみました。

thebaffler.com

これ曰く“Spotify-core”というのはNew York Timesのライターが考案した言葉で、「ムードを高めるバックグラウンド音楽の、データに基づいたシステムを念頭に置いて作られた音楽」らしい。要するに「Chill Hits」とかに入っているような、「なんだかいいよね〜」っていう曲のことですね。

179. Shabazz Palaces: Black Up (2011)

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今もそうだが、2009年にShabazz Palacesがシーンに出現した当時、音楽というものに謎が入り込む余地はあまりない。2枚のEP、シンプルなジャケット、コンセプチュアルで実験的な音楽。当初我々が知り得たのはこれだけの情報だった。この『Black Up』がドロップされる頃には、このグループはIshmael Butler(元・Digable Planets)とマルチ楽器奏者・Tendai Maraireによって率いられているということがわかったが、そのバイオグラフィーはさほど重要とは言えなかった。彼らは自分たちの音楽に多くを語らせた。『Black Up』には黒く濁ったインストゥルメンタルと大げさで内省的なライムがあふれるほど詰まっていた。そのサウンドにはジャズに近いものがあったが、同時に静寂、もしくは簡素であることのマジックに対する堅固な理解に根ざしたものでもあった。“Free Press and Curl”がいきなりゴスペルになる展開、“Recollections of the Wraith”がコーラスでのヴォーカルの急上昇の前、曲の内部で取っ組み合いをするような場面など、楽曲は予想だにしないクライマックスで溢れかえっている。あの大きな謎から、この不可能なヴィジョンのアルバムが生まれてきたのである。–Hanif Abdurraqib

178. Savages: Silence Yourself (2013)

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この10年を代表するポスト・パンク・ヒーローは、ステージ上でピンクのピンヒールを履き、モノガミーをまるで炭疽菌のようなものとして響かせる。Savagesのフロントウーマン、Jehnny Bethsangは陰険で眠たそうな横柄な態度で歌い、家父長的であるもの全て、そしてバニラに無差別の軽蔑を向ける。彼女の下ではぶっきらぼうで口達者なベースと深刻なタムがこの新しい時代に頷き返す。このロンドンのバンドのメンバーたちほど勇敢な女性にとって、この時代はより縛られているように感じる時代だ。

Savagesのこのデビュー作よりも、彼女たちにまつわる急速に広まった神話のほうがセンセーショナルだった。彼女たちのライヴは爆発的で、うす暗くて汗の匂いがするような、彼女たちよりも前の時代を恋しく思っていた者たちにとっての慰めとなった。しかしこの『Silence Youself』にはそれらのアドレナリンが余すことなく捉えられている。渦を巻きながら火花を上げるギターと狂気じみた叫び声は、テクノロジーの危険性を解くとともにそれを武器として使用している。無視するには大きすぎる音で、この作品は自己満足な基準について議論の声を上げる。結婚というものは美しいものではなく、息が詰まるようなことかもしれない。情報の際限ない流通は、我々を教え導くものではなく、我々を中毒にするものかも知れない。そして、その年の最も凶悪なロック・アルバムにはクラリネットのソロが含まれているかも知れない。この作品を聴いたあとでは、途端にオルタナティヴという音楽が古臭く聞こえたものだ。–Stacey Anderson

177. Margo Price: All American Made (2017)

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Margo Priceは何年もの努力の末、一夜限りの人気を得た。2016年にJack WhiteのThird Man Recordsからリリースされた彼女の名高いデビュー作『Midwest Farmer's Daughter』は、彼女がナッシュヴィルの堀で10年以上も過ごした後にようやくリリースされた。しかしそのアルバムは、彼女が次作『All American Made』において電波やステージ上に持ち込むこととなる、チクチクと胸を指すような感傷を積んだトロイの木馬だったのである。Priceは政治的なこともパーソナルなことも、両方見分けがつかなくなるほどにかき混ぜてしまう。“Heart of America”や旅芸人を思わせる“Cocaine Cowboys”といった楽曲で、彼女はオールドスクールなホンキー・トンクのリズムを引っ張り出してくるが、それはちっとも懐古主義に陥ることがない。“Pay Gap”ではアコーディオンローンスターのギターに装飾されながら賃金の不平等を訴え、ディラン風のタイトル・トラックでは荒廃したアメリカをさまよい歩きながら、Princeは彼女に痛み(正確には我々の痛み全てなのであるが)がこの場所特有のものなのかと問うている。–Stephen Deusner

176. Gil Scott-Heron: I’m New Here (2010)

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自身の“Home Is Where the Hatred Is”のフックがKanye Westの『Late Registration』で使われてから5年、Gil Scott-HeronKanye Westをサンプリングし返した時、それはまるでメンターからの承認のように感じられた。70年代と80年代初期のアメリカにおける人種的・社会的混乱を機知に富んだやり方で蒸留したスポークンワード詩人、Scott-Heronはすでにヒップホップの祖先として崇められている。彼には今更何かを証明する必要はなかった。しかし62歳になっても、Scott-Heronはまだ注意深く耳をすましていた。彼の13枚目のアルバムにして、2011年の逝去前最後の作品となった『I'm New Here』で、彼はただ単に冷たく、ミニマリスト的な電子音楽に初めてかじを切っただけではなく、彼とプロデューサーのRichard Russellはそれらの要素を彼の鋭く、光り輝く声に新たな摩擦力を加えるために使ったのだ。哲学的で荘厳なねじ曲がった回想を綴った15曲の中で、Scott-Heronは通り過ぎた全てを尊ぶ。彼の人格を作り上げた強い女性から、彼に深く犠牲を強いた数々の過ちまでを。彼は時に深く孤独に見える。まるですべてを見てきて、変化というものはなかなかやって来ないものだと知っている隠遁の不眠症患者のように。しかしまた時には、彼は活力を増しているようにも聞こえるのだ。彼はこの美しい音色を残して、一礼して去っていったのだ。–Stacey Anderson

175. Jessie Ware: Devotion (2012)

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AdeleやFlorence Welchといった業界で強さを誇る優れた歌手と同時期にイギリスから登場したこのシンガー・ソングライター、Jessie Wareは飛び抜けていた。SBTRKTやJokerといったポスト・ダブステップのアクトたちとのコラボを経てWareは自身のアメリカのヒップホップとR&Bへの愛情をダンス・ミュージックと統合した。その結果生まれたこの作品は、のぼせるような愛情がWareの華麗で優美な声で届けられる、いかにも落ち着き払ったデビュー作であった。『Devotion』は豪華なポップ・R&Bと広大なパワー・バラードの間をすいすいと飛び回るのだが、Wareの柔和で洞察のあるタッチを逃さない。驚くほど耳にこびりつくBig Punのサンプルが“100%”のバックで疾走している(クリアランスに関してPunの財団との論争の末、のちに似たような音源と差し替えられた)ほか、アンセム“Wildest Moments”はトップ40をAdeleやWelchと競い合った。『Devotion』の多くの曲はテレビドラマやロマンス映画のサウンドトラックとして使用されたが、それは勲章のようなものである。Wareが提供したのはロマンスの中にある浮き沈みを極めて技巧的に、そして極めて軽いタッチで掘り起こす最上級品だった。–Eric Torres

174. Sharon Van Etten: Are We There (2014)

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この『Are We There』はSharon Van Ettenの感情の幅、ソングライティングの力、そして大いに身体的楽器と化した彼女の声の説得力、これら全てが深化したものである。このブルックリン出身のシンガー・ソングライターの声はまるで巨大なエンジンのように彼女の体を震わせ、“Your Love Is Killing Me”のような聞かせどころでは、まるで彼女のからだがばらばらになってしまうのを聞いているように感じる。彼女はまるで単語を一つずつ、壁に爪で刻み込んでいるようだ。

彼女の4作目『Are We There』は、彼女がインディー・ロックよりもクラシック・ソウルからの着想を多く得た最初の作品である。微かなオルガンのリックとスローでどっしりとしたドラムは猛烈な声を中心に据えるために設計されている。それがVan Ettenで、彼女のパフォーマンスは我々を串刺しにし、疲弊させ、洗い清めてくれる。–Jayson Greene

173. Hurray for the Riff Raff: Small Town Heroes (2014)

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ATO Recordデビューとなった『Small Town Heroes』がブロンクス生まれ、ルイジアナ在住のこのシンガー・ソングライターを世界に知らしめるその前から、Alynda Lee SegarraはHurray for the Riff Raffの名前でアルバムを何枚もリリースしていた。かつて貨物列車に飛び乗り旅をし、各地で大道芸人をしていたSegarraはアメリカ中のサウンドやメロディーをポストカードのように収集し、リズムがよろめくニュー・オリンズR&B、田舎のブルース、アパラチアン・ストンプをミックスし、ルーツ・ミュージックの新たな形を作った。『Small Town Heroes』に収録されているのは多くが旅の歌である―長地のミュージシャンとしての人生の回顧である―が、大人としての人生の多くをトランジットに費やした女性の思考でもある。彼女は歓喜、苦難、冷血の殺人などを見てきたが、それでもSegarraは彷徨い続ける。次の山の向こうに、次の角を曲がったところにあるものを見るのが待ちきれないかのように。“Small Town Heroes”で彼女は歌う。「次の年が開ける頃にはここにいないかも知れない。君もなにかから逃げるように生きたほうがいい」と。–Stephen Deusner

172. Popcaan: Where We Come From (2014)

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この『Where We Come From』のなかで、ジャマイカのシンガーPopcaanの柔らかなメロディーはDre SkullやDubbel Dutchなどの人気ビートメイカーのなめらかなプロダクションの上で光り輝いている。彼らは共にすべすべとしたラヴ・バラードからグラインド必至のバンガーまでを飛び回る。“Love Yuh Bad”はアルバムの中心となる曲で、Popcaanのデレデレとした歌詞がお尻を揺らすようなダンスフロア・グルーヴを支えている。同様に素晴らしいのは、素晴らしいタイトル・トラックで聞かれるようにPopcaanが地元の豊かなサウンドを伝統的なポップのバウンスと融合させていることだ。しかしこのようにジャンルを混ぜ合わせたり車線変更をしている中でも、Popcaanは明らかに、そしてかなり深くダンスホールというルーツを誇りに思っている。–Alphonse Pierre

171. JPEGMAFIA: Veteran (2018)

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ボルチモア出身のラッパー、JPEGMAFIAのダークでユーモラス(そしてときにトロール的)なパーソナリティが、この無邪気でありのままな出世作『Veteran』では完全に提示されている。空軍の退役軍人である彼の意識の流れ的な混沌としたフロウの中にはマコーレー・カルキン彼のプロデューサー・タグになったレスリングのテーマ曲など、珍妙な引用が見られる。彼はまたモリッシーのように、何かを嫌ったりする(“I Cannot Fucking Wait Til Morrissey Dies”という曲において)。ときに彼のラップはSoundCloudのコミュニティで愛されそうな、エアリーなトラックの上で激しくラップするものだが、ノイズ・ミュージックの上でTinderや政治的看板人物について叫ぶようにラップするものもある。一つ一つのサウンドや取り上げられている話題はどうあれ、この多動症的なアルバムは聴くものにエナジーを注入し、闘争の準備をさせてくれることは間違いない。–Alphonse Pierre

Part 4: 170位〜161位

Pitchforkが選ぶテン年代ベスト・ソング200 Part 11: 150位〜146位

Part 10: 155位〜151位

150. Nicki Minaj: “Beez in the Trap” [ft. 2 Chainz] (2012)

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2012年、Nicki Minajはラップ/ポップ/クレディビリティにまつわる論争の中心にあった。その年の6月に行われたニューヨークのラップ・ラジオ局Hot 97主催のSummer Jamコンサートのステージ上で、おしゃべりなDJ、Peter Rosenberg は彼女の浅はかなヒット・ソング“Starships”を「リアルなヒップホップ」のアンチテーゼとして痛烈に批判し、こういうのは「コギャル向けだ」とこき下ろした。それは心の狭い、偏見に満ちた主張であった。Nickiの強みというのは常にラップを前例のないところに連れて行く、狡猾ともいえる汎用性にあった。しかしこの“Beez in the Trap”が文句なしの成功を収めたことも完璧なアンサーとなった。「リアルなヒップホップ」が欲しいのか?ここでNickiはシンセがブンブン、バンバン、ブクブクとなる耳馴染みのないビートの上で、続々するようなパースをバッチリと決めているぞ。“Starships”と“Beez in the Trap”が同じアルバムに収録されていて、同時にヒットしていたことは、まさにNickiがどんなラッパーであるかを如実に物語っていた。彼女は奇妙で唯一無二の才能を持った女性であり、ティーンからゲイの青年、さらにはラップ中毒患者まで、ありとあらゆる人間を魅了するのだ。–Alex Frank

“twinks”を「ゲイの青年」と訳していいものか。ゲイ・スラングではあるけども指示対象がゲイに限るものなのか、どうなのか・・・

149. Björk: “Stonemilker” (2015)

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Björkはこの10年間、VRビットコインを用いた複雑な実験に身を投じ、新しいアルバムはそれぞれより開かれた技術的なナラティヴで提示された。そこで、彼女のこの時代におけるベスト・ソングが最古の感情、失恋についてであることは密かに皮肉である。Björkの8作目『Vulnicura』の1曲めであるこの“Stonemilker”は芸術家・Matthew Barneyとの別離にインスパイアされたものであり、歌詞の中には彼女の生々しい感情が撒き散らされている。「感情的な尊厳をちょうだい」と彼女はフックで要求する。活火山のようなビートがはずみ、ストリングスが彼女の周りに飛び込んでいく。未来において、このVRのヴィデオはサイレント映画のフィルムのように骨董品になってしまうだろうが、この悲嘆に暮れた顔の猛烈さが伝えるメッセージは最先端で有り続けるだろう。–Ben Cardew

148. GoldLink: “Crew” [ft. Brent Faiyaz and Shy Glizzy] (2017)

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夏のそよ風が過ぎ去ってから長く経っても、そのアンセムは生き続ける。“Crew”のような曲を聞けば、2017年の夏のこと全て―人間関係、あの瞬間、早めに帰ったあの金曜日の天気―が鮮やかなディテールと共に蘇る。そもそもはこの曲はGoldlinkの地元、メリーランドのための曲であるが、それを遥かに超えた意味を持つようになった。Linkの素早いデリバリー、Shy Glizzyの語りかける口調のヴァース、そしてBrent Faiyazのすべすべした、懐かしいようなメロディーが互いにシームレスに注ぎ込まれていく。この3人はこの曲をチャーミングであると同時にキャッチーにしていて、この曲のバックヤードでのバーベキューのプレイリスト入りを確実にしている。–Alphonse Pierre

147. Ella Mai: “Boo’d Up” (2018)

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Ella Maiの出世作“Boo'd Up”は、時間が経つことなど気にしない贅沢な曲で、DJ Mustardによるきらめくようなインストの上で、誰かの腕に落ちていくようなメロディの中をヴォーカルが動いている。これはまた、とても「らしくない」トップ10ヒットでも会った。多くの要素が“Boo'd Up”に不利に働いていた。Ella Maiがほとんど無名だったこと。かつてジャンルの中心だった女性によるR&Bが、2010年代を通じてアウトサイダーになっていたこと。この曲の物憂げなムード、出しゃばらないサウンド、そしてぼうっとした感情的輪郭が特に売れるものではなかったこと。そして人々がこの曲を聞くと、それらの要素は的はずれであり、消え失せてしまったのだ。–Katherine St. Asaph

146. Gunna: “Sold Out Dates” [ft. Lil Baby] (2018)

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コラボレーションというのは多くの場合、二人のアーティストが共通の関心を持って壮大な機会を迎えるという、いたって「ありがち」な物語に頼っている。アトランタのラッパー、GunnaとLil Babyはただ単に信じられないほど楽しい曲をたくさん作り、お互いの相手をすることをしたいようにみえる。彼らの多くの共演の中でも、“Sold Out Dates”は最も伝染力が強い。ここで彼らの声はシームレスの極みに達しており、どこで二人が交代したのかわからなくなってしまうほどだ。ひっきりなしに翻されるコーラスはエレキギターのリフの上を飛び回り、次々と着陸できる柔らかい場所を探していく。スポーツで例えるなら、これはStocktonとMaloneではなくて、StocktonとStocktonなのである。GunnaとBabyはお互いが完璧なポジションにいることを見てパスを出し、更に完璧なポジションへと移動するのだ。このダイナミズムは『Watch the Throne』期のKanyeとJayを思わせる。相手を出し抜いて手柄を得ようとするよりも、無限に湧き出てくる快楽主義的なアイデアに思索を巡らせ、答えなんか出さないのだ。–Hanif Abdurraqib

John StocktonとKarl MaloneはともにNBAの選手で、ユタ・ジャズで「最強のふたり」と呼ばれていたタッグ(適当。いま名付けた)。Stocktonは通算19711得点・15806アシスト、Maloneは通算36928得点・5238アシスト。アシストに徹したStockton、かっこいい。

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Part 12: 145位〜141位

Pitchforkが選ぶテン年代ベスト・ソング200 Part 10: 155位〜151位

Part 9: 160位〜156位

155. Kanye West: “Blood on the Leaves” (2013)

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“Blood on the Leaves”はこの10年でKanyeを偉大に、そして同時に惨めにもしたものの縮図である。彼があまりにも何かを美しく成し遂げるものだから、我々は彼が下手にやらかしたもの全てを耐えてきたのだ。Nina Simoneの“Strange Fruit”とTNGHTの“R U Ready”を『ワイルド・スピードX2』スタイルで衝突させたこのビートは、10台の車が絡んだ多重衝突くらいの風流さである。父としての苦悩、浮気、そして養育費について、度重なる不貞とアパルトヘイトを比較しながら騒ぎ立てるこの切り刻まれたオートチューンのヴォーカル。この曲はこの10年の間に作られた音楽と同じくらいに醜いが、その醜さは魅惑的であり、意図的なものである。Kanyeが自身のオーバーヒートしそうな想像/妄想を養うために作る音楽はとても具体的で毒々しく、この曲やその他の曲でもそうだが、全てを一つにまとめてしまう力があるのだ。–Jayson Greene

 「『ワイルド・スピードX2』スタイル」(原文だと“2 Fast 2 Furious-style”)って何なんだろう・・・。「全く相性がよくなさそうな者同士をかけ合わせる」みたいなニュアンスなんだろうけど、あの映画にそんな要素あったっけ?

154. Japanese Breakfast: “Everybody Wants to Love You” (2016)

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“Everybody Wants to Love You”の中で、Japanese BreakfastのMichelle Zaunerは素晴らしいほどに抑制されていないロマンスのヴィジョンを見せてくれる。彼女は想像を突っ走らせながら架空のカップルの一連のあらましを描いていく。歯ブラシを共有するような物静かな親密さから、即席の結婚まで。“番号を教えてくれる?/一緒に寝てくれる?”神々しいシンセサイザーの上で、彼女は恥ずかしそうに尋ねる。“朝起きた時/またしようと言ってくれる?”

不協和音が響くギター・ソロやグイグイと引っ張っていくようなバッキング・ヴォーカルを擁したこの曲は無性にキャッチーである。しかし繰り返し聴いていると、アップビートなイメージにヒビが入っていく。Zaunerは今から始まっていく関係を歌っているのだろうか、それともとうに終わってしまった関係になんとかして息を吹き込もうとしているのだろうか?繰り返される曲のタイトルは魅力的であることの祝福なのか、それとも恋に心酔していることへの嘲りなのか?“Everybody Wants to Love You”は見かけよりもだいぶ複雑であり、それは愛そのものと同様である。–Quinn Moreland

153. Danny Brown: “30” (2011)

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30歳から始まるラップ・キャリアよりも、30歳で終わるキャリアのほうが圧倒的に多いだろう。2011年、Danny Brownは痛いほどその事実に気づいていた。その時彼は20代に別れを告げ、長い間業界の回転の周期に閉じ込められていたところからラップ・スターダムへ登る階段の最後の一段を登ろうとしていたところだった。彼が半狂乱でラップする“30”に吹き込まれているのは、砂時計の砂が残り僅かであること、最良の希望がこの手から滑り落ちていっていることに気がついている男の死にものぐるいのもがきである。不条理主義者によるパンチライン・ラップとして始まるこの曲はすぐさま、パーソナルなカオスの一覧表へと姿を変えていく。プロデューサーのPkywlkrのホーンはまるでアコーディオンのように戯画的で、息切れのようで沈痛である。Brownは彼の人生の目的が達成されなかったもう一つの未来に恐れおののいている。彼は娘のことも知らず、愛されず、満たされずにオーバードーズで死んでいくヴィジョンを見る。「この10年間俺はマジで気が狂いそうだった/目には涙、もうたくさんだ/成功を得られないという考え、俺は死にたいと思っていた」と彼は泣きながら叫ぶ。このデトロイトのMCの栄光から8年たった今聞いても、この曲には心を揺さぶられる。–Sheldon Pearce

152. Miley Cyrus: “Wrecking Ball” (2013)

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2013年、8月25日。Miley CyrusはVMAsでの自身のパフォーマンス中、他の女性の肛門をなめるような仕草をし、フォーム・フィンガーで自慰をし、Robin Thickeにトゥワークをした。彼女は一瞬にして、彼女の中に残っていた「ハンナ・モンタナ」的な純朴さを破壊し尽くし、ものの数分で「アメリカの恋人」から「アメリカの悪夢」へと変身したのだ。その日、彼女は“Wrecking Ball”をリリースし、このほとぼりが冷めたあとでも彼女のキャリアは続いていることを証明した。

Mileyの焼けたタバコのような声にピッタリのこの“Wrecking Ball”は、激しく惹かれたあとにその愛を失うことの苦しみを見事に描いている。この曲は21世紀で最良の失恋ソングの一つであり、この世の終わりまでカラオケ・バーでは傷心した酔っ払いがこの歌を歌い継いでいくだろう。涙ぐむMileyが大きなトンカチを舐め回したり、巨大な鉄球で裸になって回転するこのヴィデオは、来る時代において「2010年代」を想起させるハイライトとして使われるだろう。しかし残念ながら、この楽曲とヴィデオ両方のレガシーは#MeToo時代最大のヴィラン、プロデューサーのDr. Lukeと写真家/監督のTerry Richardsonによって汚されてしまった(言うまでもなくMiley自信の数々の疑惑も、だ)。しかしこの曲のコーラスが耳に入ると、肺を目一杯使って一緒に歌わないでいることは不可能なのだ。–Amy Phillips

151. Gang Gang Dance: “Glass Jar” (2011)

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Animal CollectiveYeah Yeah Yeahsを輩出したニューヨークのアート・ノイズの流れから出現したGang Gang Danceは境界線を曖昧にし、グローバルなステージに上がる段階でホイットニー・ビエンナーレにも参加した。2011年発表の『Eye Contact』の1曲目であり、11分半の長さを持つ“Glass Jar”は前奏曲であり、序曲であり、バンガーでもある。この他にもたくさんの曲がそうであるが、この曲も2002年にチャイナタウンの屋上で雷に打たれて亡くなった、バンドメイトのNathan Maddoxに捧げられていて、彼らのキャリアの次の段階へとつながるドアである。最初に漂うようなスポークンワードから完全体のグルーヴへのゆったりとしたシフトがあって、続いてドラマのクラシカルな感覚をもっと降り注ぐシンセが現れる。半分を少し超えたところにならないと、ドラムは決まったパターンに落ち着かない。サンプル、引用、そして芸術的なディテールがこの“Glass Jar”を覆っているが、その目的地はブルックリン式のドロップであり、世界中のダンスフロアでもそれだとわかるのだ。–Jesse Jarnow

Part 11: 150位〜146位

Pitchforkが選ぶテン年代ベスト・アルバム200 Part 2: 190位〜181位

Part 1: 200位〜191位

190. Huerco S.: For Those of You Who Have Never (and Also Those Who Have) (2016)

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Huerco S.はダンス・ミュージックの特徴(ビート、ベースライン、前に進んでいく駆動性)を消し去ったテクノを作り始めた。その引き算のプロセスはこのほぼ無色透明のアンビエント音楽のアルバム、『For Those of You Who Have Never (and Also Those Who Have)』に結実している。シンセサイザーの荒い質感の断片が空虚な核を中心に回転し、腐食した磁気テープに記録されたウィンド・チャイムくらい存在感は希薄である。しかしそれによってより一層人の心をとらえるのだ。撹拌するようなループがテープヒスのファズになり、まるでベルリン・アンビエント・テクノのパイオニア・Pasic Channelのローファイなカセット・ダブを聴いているような感覚になる。ベルの音とブリキのようなシンセのリフが、ディレイ・ペダルの鏡の間をよろめき歩いていく。これらの空気のような断片を記憶の中に留めるのはほとんど不可能だが、このディスクが回っている限りそれは代えがたい、包み込むような聴取体験なのである。–Philip Sherburne

189. Miranda Lambert: The Weight of These Wings (2016)

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この年代の前半、Miranda Lambertは一連のラジオ・ヒットを持つカントリー界のスーパースターであり、「The Voice」にも出演し、同胞・Blake Sheltonとの絵に描いたような完璧な結婚も果たした。しかし二人は2015年に離婚し、その別れによって彼女はよりダークで、より実存主義的な道を選ぶことになる。野心的なダブル・アルバム『The Weight of These Wings』はめちゃくちゃになった人間関係についての偉大な伝統を受け継いでいる。Tom Petty『Wildflowers』のような気概があり、Bruce Springsteen『Tunnel of Love』のような不安定さがある。それらの要素がLambertの焼け付くような、素朴な魅力に包まれているのだ。松明のようなバラードやハイウェイ・アンセムが深夜のジャムセッションのような生々しく、実直なライヴ・バンドと共に演奏される。Lambertにとって救済は安いサングラスを買うこと、深夜一人でバーで過ごすこと、自分で自分の運命をコントロールできると知っていることによって達成される。言い伝えられていることによれば、彼女はこの作品についての最初のインタヴューでSheltonの新しいパートナー・Gwen Stefaniについて訊かれ、電話を切ったのちこの作品についての取材は一切受け付けないと決めたという。「この作品を聴けばわかる」と彼女は言った。この音楽が全て物語っているのだ。–Sam Sodomsky

188. Pusha-T: Daytona (2018)

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兄と組んでいたデュオ・Clipseの解散後、Pusha-Tはこの10年をソロ・ラッパーとしての足場を築こうと努力を続けてきた。“Mercy”や“Numbers on the Board”のヴァースなど、彼はいくつかの成功を経験したが、自分自身が設定した基準に達していないリリースもあった。『Daytona』こそが、スターとしてのPushaが完全に実現された作品である。Clipseの『Hell Hath No Fury』でファンたちが恋に落ちたドラッグ・ディール・ラップは健在で、さらに彼はこの作品で新たにヴィランの人格を得た。Kanye Westによって全面プロデュースされたこの『Daytona』は、Drakeを標的にし、今世紀最大のラップ・ビーフへと展開していったことで有名な、隅から隅までスリル満点の“Infrared”で幕を閉じる。しかし、『Daytona』を覆う様々なドラマや物語がある中でも、浮き上がってくるのは音楽そのものである。–Alphonse Pierre

187. Iceage: Beyondless (2018)

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四肢を振り乱し、髪を汗ばませながら、IceageのフロントマンElias Bender Rønnenfeltは我々の眼前で成長した。彼はこの10年が始まる時(「the Next Great Punk Band」と囃し立てられた頃)にはたったの18歳で、4枚のアルバムと数え切れないほどのショウを経て、その要求に応えられるほどの作品を作り上げた。この四人組の最新作である『Beyondless』で、彼らはとどまることを知らない野心で再びサウンドを拡張し、とち狂ったバイオリン、安酒場のピアノ、そして初めての試みとしてゲスト・ヴォーカリストSky Ferreiraを迎え入れた。永遠に苦悶し続けているRønnenfeltはキャバレー・キラー、“Showtime”で自身の暗い哲学の一例を提示する。これはハンサムな若いシンガーがステージ上で自殺する物語である。酔っ払ったようなドラムがバンドを綱で引っ張っていくこの曲で、彼はマイクに向かって唸り、彼をインディー界の隠れた憧れの的に引っ張り上げた、この極めて公な稼業に真正面から向き合っている。これは最新にして最良のIceageである。少しロマンティックだけれど、これまで通り猛烈におどけてみせる。–Noah Yoo

186. Various Artists: Mono No Aware (2017)

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PANの代表Bill Kouligasによって編纂されたこのコンピレーション『Mono No Aware』は、ストリーミングの時代において「アンビエント音楽」が何を意味するのかの国民投票であり、このジャンル における期待の新人たちを紹介する入門書である。一度聴いてすぐに目立つのはYves Tumor “Limerance” の繊細なシンセと真実のおしゃべりである。しかし合計80分近いこの16曲が収められたこのコンピは、曲がり角ごとに仕掛け扉がおいてあるびっくりハウスのようなものだ。ある扉を開ければMalibu “Held” の吐息混じりの囁きと氷のような漂流に出会い。また違う扉を開けるとKouligas “VXOMEG” が激しいスコールからぼんやりとしたドローンに変形するのを聴く。謎めいていて、じっくりとその謎が明らかになっていく。『Mono No Aware』は、何でも大胆に言い切ってしまいがちなこの時代において、日々の機微を大事にしようという主張として存在する。–Marc Hogan

185. Hailu Mergia: Lala Belu (2018)

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殆ど知られていなかったような作品のリイシューが目立ったこの10年だったが、それはリスナーを本来知り得なかったような音楽に導いてくれるYouTubeアルゴリズム機能をレーベルがフォローしていたことによるところが大きい。しかしMP3ブログからレーベルになったAwesome Tapes From Africaはその流行の逆を行き、真の宝石を探し出すためにフィジカル作品をコツコツと掘り漁った。鍵盤奏者/作曲家であるHailu Mergiaは母国エチオピアでは70年代のスターだったが、ワシントンDCに移り住み、タクシードライバーになった。2013年にエチオピア北部にある観光客に人気のスポット、バハルダールで古いテープが見つかったことがきっかけで、Mergiaは西側の世界で評価を受け、何十年ぶりかになるこの新作『Lala Belu』でそのキャリアは完成した。Mergiaは今でもピアノ、アコーディオンシンセサイザーの間を忙しく動き回り、彼のメロディー・センスは鋭く、魅惑的である。熱気を帯びた、Mergiaが舵をとるジャズ・トリオは焦げ付くように熱く、一心同体な実態である。そんな彼らが鳴らす『Lalu Belu』は郷愁を誘うトリップによってではなく、誇らしげに現在の音を鳴らすことによって我々を驚かせたのである。–Andy Beta

184. Soccer Mommy: Clean (2018)

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 『Clean』はきれいな空気をひと吸いすることであり、同時にそれはあなたを息切れさせてしまう。ナッシュヴィルシンガー・ソングライター、Sophie Allisonは2018年にあって、宅録からキャリアをスタートしほろ苦いインディー・ポップを作っていた唯一のアーティストではないが、それでも彼女は自分のやり方で、びっくりさせるような技術でそれをやってのけた。Allisonが二十歳のときにリリースされたこれらの繰り返し聴きたくなるような楽曲群は、90年代インディー・ロックのトゲのある暗さを持っているが、アイロニックな距離感の代わりに素朴な脆弱性と明るいメロディーが顔を覗かせる。鋭い目つきと会話のような歌い方は昔のTaylor Swiftのようだが、そこにはもっと実生活の混乱が描かれている。最初の3曲に夢中になるのは簡単だ。ドリーミーなバラード“Still Clean”で描かれる人間関係の機能障害、渦を巻くようなアンセム“Cool”で登場人物が持つ不動の心、そして何より「こいつやりやがったな」と舌を巻くようなStoogeオマージュ“Your Dog”。しかし残りの楽曲も同様に驚異的だ。Allisonが「日曜の朝に神を見つけた、君の横に寝転がっていた」と歌い上げる、抑制されたフィナーレ“Wildflowers”は安堵のため息であり、それでもなおあなたは空気を求めてあえぐだろう。–Marc Hogan

183. Elysia Crampton: American Drift (2015)

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 Elysia Cramptonの実験的なエレクトロニック・ミュージックは、思いがけない場所にある個人的な真実を掘り起こす。E+E名義での初期の作品は、Justin Bieberなどのポップ・ヒットをエディットすることによってその中にある崇高で異質なものを見つけ出すことで注目を集めた。Cramptonが自身の名前で初めてリリースしたこの『American Drift』は4曲入り30分の中にクランク、トラップ、クンビア、スポークンワード、クリケット、そして鳴り響くラジオ局のサウンドロゴを一緒くたにしたセットである。この作品を形作ったアイデアを学ぶと、この『American Drift』は深く染み渡る。このボリヴィア系アメリカ人のプロデューサーはこのアルバムを「養子にとられた故郷であるヴァージニア州の歴史、黒人であること、そして植民地主義に関する調査である」と説明している。万人に受けるエレクトロニック・ダンス・ミュージック(EDM)のバブルが弾けようとしていたこの時、この極めて個人主義的であるアプローチによってCramptonは次世代の背教者として知られるようになるのである。–Marc Hogan

182. G.L.O.S.S.: Trans Day of Revenge (2016)

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 “T.D.O.R.”とは通常“Trans Day of Remembrance(トランスジェンダー追悼の日)”、コミュニティ内の暴力の犠牲者に敬意を払う日を表す。ワシントンを拠点とするハードコア・バンド、G.L.O.S.S.は2016年の解散前にリリースした唯一のEPにおいて、そのRを“revenge”に反転させた(そもそもG.L.O.S.S.というのも“Girls Living Outside Society's Shit(社会のクソの外で暮らす女の子たち)”という意味で、同じくらい大胆である)。この『Trans Day of Revenge』で、G.L.O.S.S.はトランスジェンダーの女性の人生を「控えめの悲劇の物語」に閉じ込めてしまう文化的な言葉の綾を罵倒する。リード・シンガー・Sadie Switchbladeの興奮して光り輝く悲痛な叫び声は彼女に「黙れ」「おとなしくしろ」「自分の番を待て」と命じる者たちを徹底的に攻撃する。冒頭、ドラムのタイフーンが到来する寸前、ギターの歪んだ雄たけびに向かって「平和が死と置き換え可能な言葉である時/我々は暴力にチャンスを与える」と彼女は叫ぶ。家父長制の暴力に対し光るほどに牙を尖らせるというライオット・ガールの伝統を引き継ぎながら、G.L.O.S.S.はその短い時間の間にまばゆいほどの炎を放ち、純粋で正しい怒りを残して去っていった。–Sasha Geffen

181. Jamila Woods: LEGACY! LEGACY! (2019)

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このセカンドアルバムで、R&BシンガーのJamila Woodsは過去を覗き込むことで現在と向き合っている。一曲一曲が彼女のインスピレーションの源となった人物に捧げられていて、その多くが有色人種の女性である。彼女が直接それらの人物の目線から言葉を紡いでいるものもあるが、それよりもWoods自身の人生に当てはめて作られているものが多い。彼女はEartha Kittの確固たる自信、Frida Kahloのロマンティックな関係性におけるバランス感覚を憑依させる。Zora Neale Hurston は彼女に、「いろんな自分があっていい」ということを思い出させる。様々なテクストや思想家からの引用して作り上げたこの『LEGACY! LEGACY!』はそれを聞くとなんだか難解そうだが、実際はハチミツのようにとろとろである。Woodsの声はリッチで柔らかく、感情に関する真実に根ざしたこと作品はそれに親しみやすさと即時性を持たせている。–Vrinda Jagota

Part 3: 180位〜171位

Pitchforkが選ぶテン年代ベスト・ソング200 Part 9: 160位〜156位

Part 8: 165位〜161位

160. Odd Future: “Oldie” (2012)

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“Oldie”はマトリョーシカで、一番内側のご褒美はあの伝説のサモアへの「亡命」以来初めてEarl Sweatshirtが姿を現したということだ。『The OF Tape』の最後を飾るこの曲にはクルー全員(Frankですら)が参加しラップしているが、Earlのこの1ヴァースが全てと言っていい。これは入り組んだ40小節のエクササイズであり、Tumblrを読み漁り彼の初期の作品に触れていたものなら知っていたことを改めて証明した。小節から小節へ、Earlはこの世代を代表する才能であり、ハイプにも影響されない。数年後、彼は自身のアルバム『I Don’t Like Shit, I Don’t Go Outside』で、この常に真で有り続けた命題を述べている。「もしその曲に俺が参加していれば、みんな俺のヴァースまでスキップするのさ」–Paul A. Thompson

159. Katy B: “Katy on a Mission” (2010)

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Katy on a Mission”は、プロデューサー・Bengaの楽曲“Man on a Misson”として始まった。しかしこのKaty Bのリメイクがイギリスでトップ5入りを果たしたことが決定打となり、タイトルにもある“Man”は追い出されてしまった。そしてこの若いロンドンのシンガーはアンダーグラウンドのダンス・ミュージックの顔となっただけではなく、ダンス・ポップ一般の鏡となった。Katyは特に優れた歌手でもなければおてんば娘でもない、そのへんにいる女の子であり、そのことが彼女のヴォーカルに親しみやすい率直さと思慕を吹き込んでいる。この“Katy on a Mission”で、彼女は落ち着いたシンガー(彼女はBengaのトラックに合わせてらくらくと緩急をつけている)であり、オーディエンスの代理人でもある。彼女はクールな自信と、ストロボライトの点滅の速さに対する完全なる降伏の間を行ったり来たりしながら、まるで手を差し伸べてダンスフロアに誘うようにリスナーを巻き込んでいく。–Katherine St. Asaph

158. Waka Flocka Flame: “Hard in da Paint” (2010)

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Waka Flocka Flameはその純然たる騒々しさのイメージを払拭するために賢明にトライしたが、彼のデビュー作『Flockaveli』(2010)には実は多彩な魅力が込められていた。悪意と陽気の両方ともに彼はすんなりと馴染む。彼は目の前にある物質をとことん楽しむし、その一方でより良くなり得た自分の人生について嘆いたりもする。彼の人気爆発に一役買った、Lex Lugerプロデュースによる威嚇射撃、“Hard in da Paint“にはこれら全てのよくあるモードが含まれているが、同時に全く唯一無二にも感じられる。最初に彼はメインの女だけではなくガールフレンドも愛人もいることを自慢するが、最後に彼は「弟が死んだ時、俺は『学校なんかくそくらえだ』って言ったんだ」と認める。これは互いに相反する衝動の間の緊張感が高まっていくような「人間の二分法」のようなものではない。大事なのは、これらの出来事がすべて一瞬のうちに起こっているということなのだ。–Paul A. Thompson

157. Beyoncé: “1+1” (2011)

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この“1+1”をライヴでパフォーマンスする時、彼女はよくひざまずく。神々しい愛の性質について歌ったバラードを歌うのにはうってつけの体勢である。録音ヴァージョンでは、彼女の声は控えめにも様々な要素に縁取られている—Prince風のギター・ライン、ゴスペル風のオルガン、そしてチャイムの揺らめく音—そのためBeyが優しいファルセットを放つ前に原始的な叫び声を上げる時、そこには彼女のヴォーカルの純粋な力から気をそらしてしまうものが多少存在している。

この曲の構造はシンプルである。Beyoncéは何事かについて—数学や銃、もしくは戦争について—あまりよく知らないことを認め、その後素早く彼女のパートナーへの深い忠誠心へと転回する。彼の強さと永続性に安心感を見出す。その結果生まれるメッセージは美しく、半ばスピリチュアルやものである: 愛を信じよ、さすれば人生のいかなる不安においてもそれはあなたを支え、導いてくれるだろう。–Michelle Kim

156. Girl Unit: “Wut” (2010)

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“Wut”をこれほどの推進力のあるエネルギーの突風たらしめているのは、緊張と緩和の巧みな操作と、その一見超次元的に見えるテクスチャーの利用である。808を使用したラップのインストゥルメンタルを下地とし、聴くものをニヤッとさせるヴォイス・サンプル、不安定なシンセ、そしていちいちいいタイミングで鳴らされるエアホーンを敷き詰めたこの“Wut”はイギリスのこの10年のクラブ・シーンから現れたもっとも威勢のいいピークタイム・トラックの一つである。これはいわゆる「踊らずにいるのが不可能な曲」の一つであり、クラブシーンとヒップホップの蜜月が実を結んだ一例である。–Ruth Saxelby

Part 10: 155位〜151位

Pitchforkが選ぶテン年代ベスト・ソング200 Part 8: 165位〜161位

Part 7: 170位〜166位

165. Jessica Pratt: “Back, Baby” (2014)

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Jessica Prattの2作目『On Your Own Love Again』には、まるで家の中で吹雪を待つような人を孤独にする力がある。その他の靄のかかったような収録曲の中で、この“Back, Baby”はまるでオールディーズのラジオ・スタンダードのような親しみやすいメロディーを持ち、最も明瞭にメッセージを伝達する。変わっていて、悲しく、少しだけ歪んだPrattの節回しは、世界を迎え入れるのではなく立ち退かせることの方に関心があることを感じさせる。ナイロン弦のギターが爪弾かれる中、彼女は上下に揺れるリフレインと言葉にならないコーラスを行ったり来たりする。彼女の声は、そこで控えめに述べられている提示を嘘であると証明する激しさによって縫い込まれている。「時々、雨よ降れと祈ったりする」と彼女が歌うのは太陽がブラインドから差し込んで来た時である。しかし彼女が最もアップビートな時でさえ、そこにはひとさじの悲しみがあり、やまない嵐はないということがわかっている。–Sam Sodomsky

164. Andrés: “New for U” (2012)

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「Andrésの“New for U”にはそれほどの価値がない」と言うことは間違いではないかも知れないが、それは的を得た意見であるわけでもない。シンプルなツールはいつだって最も効果的だということを、デトロイトのDJはこの曲で証明している。美しいストリングのメロディをメインの装飾として使いながら、“New for U”はシンフォニック・ディスコとハウス・ミュージックの境界線にまたがって立ってみせる。ときおり見せるそのくたびれた雰囲気も相まって、この曲はまるでもっと優れたDJが展開するようにプレイさせるようにあらかじめ書かれていたようであり、そのピークはわかりやすく提示されている。かつてSlum VillageのDJを努めていたAndrésはこの10年でかなりの量の音楽をリリースしてきたが、このトラックが持つ抑制された力に敵うものは一つもない。–Matthew Schnipper

163. Davido: “Fall” (2017)

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2017年以前から、ナイジェリアのアフロポップ・シンガーであるDavidoはアフリカを代表するアーティストとしての地位を確立していたが、この“Fall”は彼を世界的なスターへと押し上げた。この曲のソフトなメロディとDavidoのトリッキーなカリスマ性を好きになってしまうことを誰が責められるだろうか?歌詞の一語一句にはめまいがするような大胆さと脆弱さが込められている。「遊び人にはもうなりたくないんだ」と彼はピッチを上げて懇願する。2010年代の後半にはアフロポップは爆発的に人気になり、数え切れないほどのアーティストが流行に乗ろうと試みた。“Fall”はナイジェリアの音楽が西洋文化への影響を広げ続ける手段となり、その過程で世界的なアンセムとなったのだ。–Alphonse Pierre

162. Chance the Rapper: “No Problem” [ft. 2 Chainz and Lil Wayne] (2016)

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Chance the Rapper『Coloring Book』からの最もド派手なシングルである“No Problem”は、まるで誕生日パーティーで飾られるリボンのように、隅から隅までゴスペルのサンプルをまとっている。フックにおけるChanceの甲高い笑い声からスーパースターのゲストによる目がくらむほどの掛け合いまで、この曲は子供のような楽しさで溢れんばかりである。2 Chainzが素早く無遠慮なパンチをかますのに対し、Weezyはじっくりと、このトラックの中でベストのフレックスをデリバリーする、「時計なんてどうでもいい、俺は新しい腕を買う」。しかしこれらの鐘や笛の音はこれらのMCが背中に隠し持つ鋭いナイフを覆い隠すことはできない。「もし俺を止めようとするレーベルがまた出てきたら、ロビーにドレッドの黒人を送り込んでやる」。これは笑顔で放たれた脅迫であり、インディペンデントの誇りに捧げたこの喜びの歌に確固たる決意を込めている。–Madison Bloom

161. Vybz Kartel: “Clarks” [ft. Popcaan and Gaza Slim] (2010)

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目がくらくらするほどのシングル群、ピース・コンサート、そしてジャマイカの総理大臣・Bruce Goldingに導かれて開かれた会合を経て、ダンスホール・アイコンのMavadoとの苦々しいライバル関係を解消してから数カ月後、Vybz Kartelは昔ながらのやり方に戻り、ファッション・アンセムをリリースすることにした。そのトピックは最もクラシックなもので、ちゃんとしたものを着て、靴をきれいに保つことだ。Kartelは“Mad Collab”のリディム上で陽気で愉快である。自身のファッションの粋を小出しにしたり(「俺は昔から父親のマネをしてきた」)、ワラビーの衛生学について説明したり(「歯ブラシは早くホコリを落とせ」)、全体のルックをスタイリングしたり(「本当のバッドマンは短パンなんか履かない」)。彼はまた自分の弟子の新人、Popcanをトラックに招き入れ、彼は「イギリスの女王はYardieが好きに決まってる」というラインでジャマイカ人がイギリスの靴メーカーUptown Yardieを愛していること、そしてそれはイギリスへのジャマイカ移民を反映していることを称えている。そして何より、“Clarks”はKartelが自分の靴箱をレップするチャンスを与えた。彼が2010年にThe Guardian誌に語ったところによると、「俺はClarkを50足以上持っている。アメリカにある週の数より多いんだ」そうだ。–Julianne Escobedo Shepherd

Part 9: 160位〜156位